第24話「小恋襲来 Part 1」
タイトルでネタバレ
いつか一緒に本土のカラオケに行くことを約束して、ニーナさんにさよならを言った。サドルと車を運転してくれた男性のクゥクゥ(結局名前を聞くタイミングを逃したまま)はそのまま残って、まだニーナさんと相談するらしい。そのため、僕はカンペンとオロ、ザッサ、クルミン ― クゥクゥの若い兵士たちと一緒に戻る事になった。
別れる前にサドルが僕に近寄り、他に聞こえないよう小さめの声で話した。
「カンペンは…オロ達もそうです。彼女たちは幼いころに近しい者が無残に死んでいった姿を見ておりますので、戦う事に前のめりになっています。しかし、勇ましい事を言っていても…皆まだ若く、カンペンに至ってはまだ子供です。 戦場になど行くべきではありません」
「それはそうですが…」
「ええ、それは私たちの問題であって、あなたには…関係ありません」
サドルは深くため息をついた。
「わたし達大人がマエマエ様に認めて頂けるならば、 若者たちを行かせはしないでしょう」
すぐ傍に簾藤メェメェとカンペンメェメェがいる。サドルの言葉はきっと聞こえているだろう。
「何人が行く予定なのですか?」
「ニアには18名が残る予定です。…ニーナさんとわたしを含めて」
という事は、50名余りが戦場に赴くわけだ。 メェメェに乗らなくても、あのブラックホールを通る事ができるのか。
「サドルさんは残るのですか?」
「ええ 卑怯でしょう? さんざん偉そうなことを言っておきながら…」
「いえそんな、 きっと、責任あるお立場でしょうから…」
全員が行ってしまうわけにはいかないだろう。ニアは…こっちの世界は避難地として大切に保持する必要があるのだ。
「いいえ、わたしは28歳です。 大人にはその年齢の分の責任があります。 そのためにも、勝手な事を言っているのは重々承知しておりますが、あなた方のご協力を願わざるを得ません」
僕は熱を出したかのように、額を右の手の平で押さえた。 そんな事言われても…
「まだ…もうしばらく時間があります。どうか、よくお考え下さい」
サドルは頭を少し下げて、数秒間そのままにした。
…よしてくれ、あんただって僕より年下なんだ。
僕はカンペンを見た。またオロと何か言い争っている。ザッサとクルミンが楽しそうにその様子を見ている。他にも…トイレに連れて行ってくれた、タオルを貸してくれた、食事を用意してくれた、着替えを用意してくれた、パンをよそって、コーヒーを注いでくれた…彼らも、彼女たちも、 戦場に行くのだろうか。
「サドルさん、他の、もう2人のマエマエ様の事ですが…」
それぞれに雲妻と幸塚親子が乗った事は、もう説明済みだった。
「戻られておりません」 サドルはまた深くため息をついた。
「どうして… もう逃げ続ける理由はないんじゃ…」
「わかりません」
灯台から姿を消したといっても、異世界での顛末はあの2人にも伝わっているだろう。(幸塚メェメェの分身体は一緒に戦ったわけだし…) ならば簾藤メェメェと同様に、自分たちの未成熟な能力だけでは戦争に勝てない、変異体に適わないと理解したはずだ。
まさか怒られるから帰ってこない、ってわけでもないだろうし、子供じゃないんだから。 …一番年上でも1歳半だと聞いたな。 おそらく幸塚メェメェが年長じゃないだろうか、もっとも成長していた、能力が高かったように見えたし。 次が…オロが ‶1年をかけた“ と言っていたから簾藤メェメェだろう。そして雲妻メェメェが生まれたばかり。変わり者だと言っていたな… 年齢や性別(?)によって、性格や考え方に大きな違いがあるのだろうか。
「マエマエ様のお考えは、私などには計り知れないでしょう。 しかし…常に我々、クゥクゥのために尽くしてくださいます。 それを信じてお待ちするしかありません」
しかし、大昔には…人を殺しまくっていたんだろう?
簾藤メェメェの腰は、まだ赤く汚れたままだった。
ザッサが運転し、僕が助手席に、カンペンとオロがクルミンを間に挟んで後部座席に座った。(サドル達には後ほど別の車が迎えに来るらしい)
未熟なのか、それとも単に能天気なのか、彼らは僕に目隠しをするわけでもなく、道中の景色を晒した。カンペンは来るときに自分がファスナーを開けた間仕切りの存在を、まったく気にかけていない様子だった。(忘れている?) とは言っても、林の中を縫うように走り、川の上を渡り、崖をゆっくり下る道筋など覚えられるはずがない。僕は美しい自然の中を滑走するローラーコースターを、ただ楽しんだ。
ザッサは一番年上…24歳だった。オロは21歳、クルミンは23歳。皆年齢相応か、もう少し若く見える。
隣に座るザッサは僕を気遣うように、気さくに何度も話しかけてくれた。僕の仕事…営業職の話なんて、お金を稼ぐ、他人よりも富を得るという概念がない彼らにとっては、まるで理解できない事だろうに。少々愚痴と卑下が混ざった僕のつまらない話を、男でも惚れ惚れするようなイケメンは楽しそうに聞いていた。
カンペンとオロは飽きもせず、また(異世界の言語で)言い争いをしていた。オロの方が4つもお姉さんのはずだが、ちっともそういうふうに見えない。表情が豊かで、顔を赤くして怒ったり、呆れたように眉を下げたり、いじわるそうな笑顔をしたり…でも実はカンペンを心配しているように思えた。言葉はさっぱりわからないのに、カンペンが戦争に行くことを止めようとしている。彼女たちの間に挟まれているクルミンは左右に顔をふって、どちらの意見にもうんうん、と頷いていた。 彼はきっと、左右二人とも戦争に行かない事を願っている。…僕にはそう見えた。ほんの短い時間で、カンペン以外のクゥクゥにも親しみを覚えてしまった。どうにもこうにも…また拭えそうにない。
「僕がマエマエ様の乗り手に…補佐をするとして、みんなと一緒に、うまく戦えるのかな…」
そう小さめの声で言うと、車中は十数秒間、沈黙で満たされた。
「簾藤さん…」と、心配そうにカンペンが呟いた。
「僕はその、ただのサラリーマンだから、戦う訓練なんてした事ありません。マエマエ様に乗るだけだとしても、昨晩はわけもわからず言われるがままにしていただけで… 何をどうすればいいかなんて、戦い方なんてわかっていないし、足をひっぱるだけになるのかも…」
「大丈夫です」と、ザッサが優しく言った。「マエマエ様のお導きがございます」
そこまで信用する気になれないよ…。
「もちろん、何も準備せず戦場にお連れするなんて事はございません。しっかりと作戦をたてております。もっとも簾藤さん、そしてもしも他の日本人の方々の参入が叶うならば、各々のマエマエ様の成長度や能力を分析した上で、多くを立て直す事になりますが…」
「ごめん、まだ決めたわけでは…」
「当然です。 もしよろしければ明日にでも、私たちの訓練の様子をご覧頂いて、作戦の概要や、他にも多くの説明を聞いて頂きたいのですが…」
「それがいいです!」とオロが大声を出した。
「私たちの訓練、そして戦闘能力をご覧になれば、不安に思っていらっしゃることも解消されると思います!」
「解消、とまでは無理だと思うけれど…」と言ったクルミンを、オロが睨んだ。
「闇雲に戦場に突っ込もうとしているわけではない、という事は知っておいて頂きたい。ぜひお願いします」
もっとも兵士らしい容貌のクルミンの言葉には、少し説得力を感じた。
「はい、それじゃあ、ぜひ…」
それほど乗り気じゃなさそうな僕の言葉に、オロは爛々と目を輝かせた。
せめてカンペンと彼女は戦場に行かせたくない…。僕はザッサやクルミン、そしてサドルと心を通じ合わせたのかも知れない。
元校舎…と思われるクゥクゥ達の共同宿舎に帰った。僕とカンペンを降ろし、ザッサ達はそのまま車で各々の職場へ移動するそうだ。 彼らは別の宿舎に住んでいる。 そこには戦闘訓練の設備があり、異世界に帰る予定の兵士たちが住み、共同生活を送っているそうだ。 カンペンは普段はこっちの…おそらく <居残り組>の多くが住む宿舎で暮らしているのだが、たまに訓練所で数日生活する事もあるらしい。彼女には島に住む日本人のお年寄りの生活援助や雑務に加え、マエマエ様の付き添いという仕事もあるため、規則正しい、厳格なスケジュール管理が伴う訓練所で毎日暮らすのは、色々と不都合が多いらしい。
「それでは明日、準備しておきますので、必ずお出で下さい!」
強い意気込みが混じったオロの言葉に、ぼくは黙ったまま頷いた。
「カンペン、あなたもちゃんと来なさいよ」
「わかっています!」
手を振るザッサとクルミンの笑顔を見て、ほっとひと息ついた。
宿舎の玄関まで約100メートル程ある土の地面(校庭か運動場だったんじゃないだろうか)をカンペンと歩いた。いくつかタイヤの跡があって、それは建物の左、北側にある駐車スペースから続いていた。車はもう1台も残っていない。おそらくほとんどの人が働きに出て行ったのだろう。隅の方にいずれも古そうな自転車が3台と、白と黒のツートンカラーのオフロードバイクが1台(ヘルメットをネットで後部座席に固定している)、そしてあの…リアカーがあった。
潮の香りが届いている…なんとなくだが、ここは島の西側、ニアファンタジーホテルからそう離れていないだろう、と思った。
背が低くて華奢な異世界の少女が、その美貌に似つかわしくない地味な大きめの青い作業服を着て、ゆるふわの金髪を後ろで結ったポニーテールをリズミカルに揺らしながら、僕のすぐ左を歩いている。隣に立ってみると…子供にしか見えないな。 妹どころか、もはや娘に思えてしまう。 僕はなんだかんだ言っても多分…オタクだ。アニメや漫画、イラストの2次元ヒロインをかわいい、美人だと思ってしまうし、そこに性的な欲望を抱いてしまう事も多くある(…まあ2次元に親しみ過ぎた50代以下の日本人男性は、ほとんどがそうだろうが)。 ロリコンの要素も間違いなく持っているだろう。しかしこうして3次元で、アニメに出てくるような美少女JKヒロインと出会い、そして彼女の特殊な…かなり厳しい背景と無垢な性格を知ってしまった後では、 そんな邪な気持ちはまったく持てないでいた。 僕はそんな自分に安心しつつも、どこか忸怩たる思いもあった。
雲妻だったならどうしただろう。ヤツなら吹っ切れて、何もかもをかなぐり捨てて主人公になれるんじゃないだろうか…。いや、意外にまともなところもあるしな…。
「本当に、よろしいんですか?」
ふいにカンペンが尋ねた。
「え?」
「このままだと、なし崩し的に巻き込まれてしまいますよ」
「うん、 そうなんだけれど…」
僕は立ち止まって、前方にある建物を見た。2階建ての焦げ茶色の木造建築、赤い屋根があって、白い窓枠と大きな窓硝子がたくさん並んでいる。ちょうど真ん中に同じ赤い屋根の玄関ポーチがあって、その奥にある扉は外に向けて開いたままだった。自分が子供の頃に通った学校とは全然違うけれど、すごく懐かしい気持ちになれる。かなり古い、重要文化財になりそうなくらい貴重なものだと思う。中はきれいにリフォームされていたし、おそらく十分な補強も施されているだろう。この島の日本人とクゥクゥが協力して、大切に保存し、使用しているのだ。
これからもずっと、カンペン達のような良い子、若い人達が、邪魔される事なくこの島で平和に暮らしていって欲しい。そんなふうに思う自分を、‟妄想” とか ‟偽善” とか言って否定したくなかった。
「君たちの力になれれば、って… 今そう思っているのは本音なんだと思う。でもたくさんの人を攻撃したり、殺したりするのは… もう無理だと思う」
「あの… 簾藤さん」
カンペンは僕の前に立って、小さな顔を向けた。 眩しいくらいに明るい黄緑色の虹彩が、僕の運命を見通す水晶のように見えた。
「オロさんの言う通り、私はうかつでした。簾藤さんとマエマエ様が助けてくださらなかったら、死んじゃっていたかも知れません。 命を救ってくださって、ありがとうございました」
「いやそれは、僕…らが勝手に異世界に行ってしまったのがそもそもなんだから… 助けられたのはこっちだよ」
「本音を言いますと、わたしも人を殺す自信なんてありません。わたしだけじゃなく、オロさんも、みんなも、きっと同じ気持ちだと思います」
「それは…そうだろうね」 それが正しいことだと思うよ。
「怖いっていう気持ちもありますが、理解できない、っていう気持ちも多くあります。殺してしまっては何も残らない。その後その命は何も生み出すことができず、ただ消えちゃうだけです。あまりにも無駄ですよね」
「うん、でも…」
「何です?」
「先に他の人の命を奪った罪を犯しているわけでしょ? ならばその報いって事だよ」
「それはわかりますが、そもそも人が人の命を奪うという行為を無意味、それ以上に損失と考える私たちには、どうにも理解が追いつかないようです。無駄な行為の償いのために、さらに無駄を重ねるわけでしょう?」
「僕らの世界では、 残念ながら人を殺す、排除するという行為は無駄とは考えられていないんだ。それによって利益を得るなんていう…ひどい理由が多くある。だから報復としての殺人も必要になっちゃうんだろう。 皆の、地球人の精神がクゥクゥのような境地にまで至れば、戦争も死刑もなくなるんだろうけれどね」
「いえ、我々の故郷でも、結果的になくなりませんでした」
「そうだった…ごめん」
「人口調整以外の目的で人を減らす、という行為が無駄、無益という事を教えるために、いえ、厳しく思い知らせるために、さらに人を殺さなければならない。 これは大いなる矛盾ですよね。これが続く限り、解放されない気がします」
なんかさらっと怖い事を言ったと思うけれど、それはおいといて…
「じゃあ君は、人を殺さないで戦争を終わらせる方法を考えているの?」
「それは…きっと無理でしょう。それに親しい人々を殺された、という過去に今でも強い憤りを感じ、復讐心を抱いているのは事実です。 それでもできる限り感情を抑え、前向きで建設的な行いをしたいと考えています。 そしてそのために、マエマエ様がいらっしゃるのだと思っています」
マエマエ様の存在が戦争の大きな要因になっている気もするけれど。…色々と難しいな。でも戦争を、殺人をある程度否定する考えを維持していく事は、どこの世界でも大事なのだろう。
「なるべく人を殺さない方法で戦争を終わらせるとしたら、その方法は…」
「まっ先に変異体を倒す事です」
「だよね。 でも、そんなにうまくいくかな。 戦力を整えていざ異世界に転移したとして、変異体がどこにいるかもわからないだろうし、敵側のクゥクゥ…ぴ、 ピチラだったっけ? 彼らが襲い掛かってきた時に無抵抗で済ませられるかどうか…」 実際無理だったし…。
「少ないですが、情報はあります」
「情報?」
「私自身は昨晩が10年ぶりの帰郷でしたが、情報収集のため、これまでに数回転移を行っております」
「そうなの?」
「ええ…あ、でも…すみません。 これ以上はお話していいか、わたしには判断が許されておりません」
「…そうか」
「でも… 明日、訓練所で皆と会って頂いて、もしも簾藤さんがその、協力を申し出て下さったなら、すべてお話しする事ができると思います」
少し震えた声、少し潤んだ上目づかい、胸の前に祈るように両手を結んで…
「もしもマエマエ様と簾藤さんが一緒に来てくださるなら、とても …とても頼もしいです」 小さな声で、小麦色の肌でもわかる程に頬を赤く染めて、彼女は言った。
いかん …イチコロだ。
「あ、安全は保証します!…と強くは言えないのですが、でも、全力でお守りします、私の命のかぎり!」
「それじゃあ意味ないよ。僕が…」
急にカンペンがキョロキョロと辺りに頭をふった。なにか聞こえたようなそぶりだ。
「どうしたの?」
「いえ、その、どうしたんでしょう?」と、両腕を組んで考え込むようなポーズをとった。
「さっき一瞬、なにか違和感がありまして、はて…?」
僕も辺りを見渡した。「誰もいないようだけれど…」
「…気のせいですね」
カンペンが僕に向きなおした時、その表情は快活な少女に、子供に戻っていた。…良かった。…あ~ドキドキした。
「さあ、少し休んでください。なにか食べ物を用意しますので、食堂に行きましょう」
校舎…じゃなくて宿舎の中に入って、ワックスで磨かれた木の廊下を歩いている最中も、カンペンは時折首を捻って考え込んでいた。どうにも違和感が拭えないらしい。なにがそんなに気になったのだろう。クゥクゥには何か特別な…第6感的なものがあるのだろうか…。まさか、一瞬だけ(だったはずだ…)よぎってしまった僕の邪な心を感じ取ったんじゃ…なかろうな?
カンペンが食堂の扉を開きながら「さあ、パンがいいですか、ごはんがいいですか、それとも……」と言った。……の事を詳しく聞きたい、と思ったのだが(聞き取れなかった、クゥクゥの主食? どんな食べ物かすごく気になる)、その余裕は直後に霧消した。
カンペンが ‟キャー!“ と、日本人のような悲鳴をあげて僕に抱きついたのだ。
「で、出ました!」
「な、何が?」
「ゴゴ、ゴキ…いえ、コ、コ、コココ…」
窓際に女性が1人立っていた。
窓から差し込んでいた太陽光に目がくらみ、すぐには誰か分からなかったが、セミロングの明るい茶髪と、丸くて大きな黒い目を認識すると同時に、僕もまた、彼女の名前をたどたどしく連呼してしまった。
「き、危険です! 激怒しています! え、エ、エマージェンシー!」
英語が苦手なくせに、カンペンは大きな声で言った。
「おい、いい加減にしろ」
かわいいくせに、どすの効いた声で彼女は言った。
彼女は白いメッシュのジャケットを着て、ジーパンと、厚みのある黒いシューズを履いている。そして黒いフルフェイスのヘルメットを、両手で抱くように持っていた。
クゥクゥの中に、普段バイクに乗っている人はいないらしい。
次回 第25話「小恋襲来 Part 2」
は、7月22日掲載予定です
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