第19話「Ready for 異世界転移」
ゆらゆら揺れていた星屑はもう見えなくなった。僕らは二朱島に近づくにつれ、徐々に海中深く潜っていったからだ。戦闘機の轟音は間を空けて二度聞こえたが、その後は遠ざかっていったまま戻ってこなかった。保安庁や海自まで出動する事態になっていないだろうか、と少し心配したが、すぐにそれは杞憂だと理解した。メェメェ達はさっきまで何ら気にかける事なく、二朱島の上空をアクロバティックに飛び回っていたのだ。つまり二朱島の領域内(領海がどこまでなのかは知らないが)では何が起きようが、異世界の超テクノロジーによる、もしくはメェメェが発するジャマーのようなものがあって、外部から探知する事はできない、という事なのだろう。
異世界の領海内に入ったのか、深海にいるような奇怪な形状をした生物が、急にたくさん現れはじめた。夜なのになぜ見えるのかというと、各々が青色や黄、緑、赤といった蛍光色を自ら発していたからだ。島に来てから丸2日が過ぎて、さんざん魔訶不思議な体験をしてきたが、ここに至ってこれほど神秘的で、美しく、不気味な光景を拝むことになるとは思わなかった。(この後さらに更新を続けていく事になるのだが…)
蛍光色の海洋生物たちは水晶のような球形のものであったり、気色悪い節足動物のように連なった形のものであったり、魚の骨が泳いでいるように見えるものであったり、花が開いて、萎むのを繰り返しているようなものであったりと、今朝、島の南西側で見たものとは違うものばかりだったと思う…いやそれとも、これらは夜の姿なのだろうか。
暗闇でほとんど蛍光色しか見えなかったため、またそれまでも夜空に光線がビュンビュンと飛び交っている光景ばかりを見ていたせいだろうか、ここはデジタル空間で、いつしか自分という存在がデジタル変換されていたんじゃないだろうか、という気持ちになっていた。二朱島は、いやメェメェもクゥクゥも、もしくは小恋ちゃんや雲妻たちも、全てはデジタルの世界だった…そんなオチの方が簡単だったろうな。
「この状況が信じられねえか?」メェメェはいくらか声の大きさを戻していたが、僕は念のため小さな声のまま「いえ、いい加減慣れてきました」と返した。
「大した適応能力だ、それでこそ見込んだ甲斐があるってもんだ」
さっき ‟ハズレくじ“ 呼ばわりしたくせに…。
「戦場って言ってましたけれど、それはどういう意味ですか?」
「言葉通りだ」
「何か、競技とか試合とかという意味では…」
あるわけない、‟人を殺す” と言っていたんだ。そしてこの地球上に現在ある戦争に、彼らが介入しているはずがない…つまり、
「あなた方の故郷…異世界では、武力戦争が行われているという事ですか?」
「そうだ」
「そんな事、知らされていませんでした」
「こっちの世界の人間で、知っているヤツはほとんどいねえよ」
ほとんど?…町長は知っているのか? 小恋ちゃんは?
「なぜ僕らが連れていかれるんですか? 僕らは2日前に島を訪れた、ただの観光客なんですよ」
「まあ、それが理由のひとつでもある。 島の住民を俺たちの戦争に巻き込んじまうと、きっとうるさく言う奴らがたくさんいるからな。しかし、さっきも言ったがクゥクゥどもじゃ無理なんだよ。お前たちの世界で言う、博愛主義者ってヤツだ。まあ最近はいくらか意識が変わってきたようだがな。それでも全然足りねえ。今のままじゃあ、殺し合いに勝てるはずねえんだ」
「理屈が全然わかりません… だいたい、僕らには何の力もないです。戦うったって、さっきみたいにメェメェ様がやるんでしょう?」
そもそもそんな博愛主義者たちが住む世界で、どうして戦争が起きるんだ?
「人間を殺すのはあくまでも人間でなければならん。それが俺たち、マエマエが殺人兵器として機能するための、絶対条件なんだよ」
「兵器? じゃあやはり、メェメェ様はロボットとか、その…機械なんですか?」
「…違う、お前たちの言葉で説明するために使っただけだ」
「人を殺すって、具体的にどうやって?」
「お前らは引き金を引くだけだ、簡単だ」
僕は握ったままの光球(いつの間にかスノードームのような細かな光が消えていて、ただの球になっていた)を撫でるように手を動かしたが、脈打つような定期的な鼓動を感じるだけで、視点は一切動かなかった。機能をほとんど止めているというのは確かだった。前方スクリーン以外の全方位の景色が消えて、暗闇に閉じ込められたような圧迫感が戻った。あくまでも主導権はメェメェ様にあって、僕にはなかった。
「僕らはただの一般人ですよ。そういう人間が必要なら、それこそ傭兵や、犯罪者なんかにお願いすれば…」
「金や快楽のために人を殺すような奴らを乗せられるものかっ! そういうのとは意味が違うんだよ」
「だからって、どうして僕らが…」
「今は長ったらしく説明している余裕はねえ、どうせ納得しねえだろうしな」
「じゃあ後で…」
「ああ、後でな」
「後っていつ…」 戦場に行ってからじゃ遅いよ、と気づいたのだが、眼前のスクリーンが埋まってしまったのを見て、小さな悲鳴をあげると共に気を逸らせてしまった。
多種多量の生物が、メェメェの外殻に張り付いていた。互いが発する蛍光色で照らされて、それぞれの奇怪な体を2~3秒ほど僕に見せつけてから、それらは次々に剝がれていった。メェメェ自身が振り払ったわけではなく、急いで逃げたのだ。
その後すぐに僕らは魚群に囲まれた。防音、さらに防振の機能まで止められていたのか、ドドドド…と機関銃のように連続した衝突音と共に、透明のシートも激しく揺れ動いた。スクリーンいっぱいの大量の魚が、(おそらく前方だけじゃなく、全方向から)メェメェと僕を集団で食いつくそうとするかのような勢いで、何度も繰り返して頭をぶつけていたのだ。
「うわわわっ」 僕は思わず嘆きの声をあげた。そんな僕に呆れたように、
メェメェが「ふんっ」と鼻を鳴らした(どこに鼻があるんだよ?)。すると魚群はたちまち消えてしまった。スクリーン上では一瞬で手前に…メェメェの体内に吸い込まれたように見えたのだが。
僕が驚いたままでいると、いきなり膝の上に魚が一匹落ちてきた。最初それが何かわからず、恐怖で慌てふためき、甲高い悲鳴をあげてしまうと、メェメェは笑いが混じったような声で「お前も喰うか?」と言った。
「ちょっ、やめてください!」と怒鳴ると、さらに大声で笑いやがったのだが、その後2人とも思い出して、揃って「シーッ」と声を落とした。
「…あの、これ、要りません」と静かに言った後、魚はズボンに臭いと滑りを残して、吊り上げられたように消えた(体内のどこかに吸い込まれたのか、外に放り出されたのかは知らない)。ふつうの魚らしい魚だった…たぶんキロメだったと思うが、噛り付くわけにもいかないし、お土産に持って帰る事も思いつかなかった。
言葉通り、メェメェは魚を喰ったのだろう。カンペンがメェメェ様のためにキロメを獲ったと言っていたし、単位が人なんだから魚くらい喰うさ。…もう深く考えるのはやめにした。
その後は他の生物を視認する事はなかった。外にも内にも走っていた光のラインまで消えていたので、まさに暗闇の中だった。
どの辺を潜行しているのか分からないが、それもまた考えても仕方がない。あと10分ほど経っても、スクリーンに何も映らないようだったら質問してみよう。それまでは今考えられることを考えるしかない。 異世界の戦争の内容は…メェメェからの説明を待つしかないとして、それは明日の午前中までに終わる仕事(?)なのだろうか…そこまで簡単じゃないだろう、ならば、明日僕は本土へ帰る事はできないというわけだ。となると延泊は確定だ。まだ小恋ちゃんに断っていないが大丈夫だろうか? フェリーはキャンセルになるが、もし僕一人のために準備されているとしたら、とんでもない迷惑をかける事になるぞ。やはり今晩中にどこかで一度電話させてもらわなければ…。ちょっと待てよ。それよりも…さっきの二朱島上空でのメェメェ同士の追跡劇は、住民たちには気づかれていなかったのだろうか。たぶんメェメェ達は町や居住地付近を避けて飛んでいたのだろうが…。
僕たちが珠ちゃんを探し始めてからどれくらい経っただろう。あまりにもあまりな冒険の連続だったので、丸1日くらい経ったような疲労具合だが…実際は60~90分くらいだろうか。小恋ちゃんはもう綾里さんのメッセージを聞いたのだろうか。その場合はきっとまた捜索が行われて、僕がホテルに残したメモも確認されて、でも僕らがどこにもいないから騒ぎが広がって、そしてそれはクゥクゥ達の耳にも入ったんじゃないだろうか。そんな中、カンペンが乗ったメェメェ様が3人のメェメェたちを追ってきて、そしてその後に自衛隊機が二朱島近辺を飛んだ……もしかしたら、かなりの大事になっているのかも。
10分が経過する前に、メェメェは海から上がった。やや明るくなったのは、月や星の光が戻っただけではなく、遠くからわずかに届いていた照明塔の光のおかげだった。さらに全方位にも景色が映って、もっと明るくなった。どうやら二朱島の海岸に戻ったようだ。暗闇に目が慣れていたせいもあって、夜でも景色を認識する事ができた。
「気配はない、大丈夫そうだ。どうやら逃げ切ったようだ」
「それで…どうやって異世界に行くんです?」
「こっちだ」
メェメェはゆっくり宙に上がった。‟逃げ切った“ と言ったが、その移動はかなり遅く、慎重を期していた。僕もそれに合わせるように周囲を確かめた。球を触っても視点は動かなかったため、代わりに頭をあちこちに振った。
前面にごつごつとした岩壁が映った。展望用エレベーターから見ているように、上から下へと流れていった。ここは…今朝僕が溺れた南西側にある岬の周辺なのだろうか、と思ったが、まだ正確な位置はわかっていなかった。
右に見えた岩壁と空の景色に違和感を覚え、目を凝らしてみると、湾曲している事に気づいた。透明の円柱がすぐ隣にいたのだ。
「と、隣にいます!」
「騒ぐな、仲間だ」
「あ…」
少しだけ鏡面の精度を落としたかのように、隣のメェメェがうっすら白い体を見せた。そんな事をしてくれても、僕にはまったくメェメェの区別なんてつかないのだが…。
綾里さんと珠ちゃんが乗った方だろうか、それとも雲妻の方だろうか。そういえば、綾里さんとは少しだけ話して様子が分かったが、雲妻とはあれっきりだ。嬉々としてメェメェに乗り込んだあの男は、あの後僕と同様に宇宙に行って、帰って、そしてメェメェ様とのチェイスを繰り広げたであろう過程を経て、いまどういう気持ちなのだろうか。なにを考えているのだろうか。
「あの…あちらのメェメェ様は、さっき話をしたメェメェ様ですか?」
「違う、あっちは本体にマークされていたからな、そう簡単に振り切れていないだろう。なあに、あいつは俺たちの中じゃもっとも成長が早い。きっとうまい事やるさ」
そんな情報はどうでもいいんだよ。
「隣のメェメェ様と、いえ、中にいる人とコンタクトを取ることはできませんか? さっきみたいに、ちっちゃい通信用? のメェメェ様を使って」
メェメェはまた一度舌打ちをしてから、
「…ああいう小技は、まだやり方がわからねえんだよ」と言った。
「え?」 できないの?
「その内できるようになる! 時間の問題だ」
なんだこいつ、ちょっと苛ついているじゃないか…。ずっと思っていたけれど、あまりに人間臭くないか?
「じゃあ、あっちのメェメェ様の方から通信をお願いできませんか?」
「あいつもできねえんじゃねえかな、それにあいつ無口で、ちょっと変わった奴だからな~」
なんだよそれ、変わり者のメェメェなんて知らないよ。
「後にしろ後に、もうすぐ着く」
岬の頂上を超えた後、浮遊したままゆっくり陸に近づいていった。繁った芝が広がっていて、崖から50mほど奥まった位置に、またしても白い円柱形のものがあった。しかしメェメェではない。メェメェよりもずっと、何倍も大きな建物…それは灯台だった。きちんとてっぺんにレンズが設置されていて、回転しながら白い光を水平に投射していた。
南東の岬か? 確か突堤近くの砂浜から、この灯台を見た事がある。
高さは25mくらい、直径が5m以上あった。しかし周囲には他に建造物はなく、電源装置やコントロール室が設置されているような場所が見当たらない。 駐車場も、ここまで来るための道すらなかった。当然人もいなかった。
出入口がかなり大きい、人間用のサイズではなく、確実にメェメェ用のものだった。その証拠に、メェメェが近づいただけで自動で片開きの黒い扉が前に開いて、中から白い光が漏れ出た。鍵がかかっていなくても、こんな大きくて重そうな扉は、人力で開けられるはずがない、と思った。つまり、この灯台は見せかけであって…
「ここが…異世界への出入り口?」
返答しないまま、メェメェは2人ともさっさと中に入ってしまった。もちろん乗ったままの僕と雲妻も一緒だ。
ちょ、ちょっと待って! そんな、どこでもドアじゃないんだから…
開口部はうす黄色の光のカーテンのようなもので覆われていた。それは外気を一切中に入れないためのバリア、かつ除菌スプレーのようなものらしい。そこを通り抜けた後、扉はさっさと閉まった。内部は光源が見当たらないのに眩しいくらい明るく、それまでずっと暗い所にいたから、2秒間ほどホワイトアウトしてしまうくらいだった。異世界の技術なのか、継ぎ目がまったくない白い内壁が、外側と同じほぼ真円の形状で周囲をすべて取り囲んでいた。床面積は20㎡くらいで、なにもない…がらんどうだ。骨組みもなければ、上に行くための階段もなかった。外からは見えていたいくつかの窓は、内側にはひとつもなく、天井も塞がっている。全方位を白で埋め尽くされているせいで、僕らより先に中に入って、頭上に浮かんでいた雲妻メェメェの体が、鏡面になっているのか、それともそのまま白いボディカラーを現わしているのか、判別がつかなかった。
もしかして、ただの集合場所なのかな? それとも、メェメェ専用のトイレだったりして…
雲妻メェメェがさらに上昇していくと、僕らもまたゆっくり後を追った。
「あの、ここで一体何をするんですか?」
「お前の言った通り、ここが異世界への入り口だ」
「え、でも…何もありませんが」
「そんなに気安いもんじゃねえんだよ、見つけるのも大変だし、行くのはもっと大変だ」
「それは、どういう意味ですか?」
「何もかも命がけって事だ」
ほぼ天井付近まで上がった雲妻メェメェが、白い体をさらに輝かせた。せっかく目が少し慣れてきていたのに、またホワイトアウトしてしまい、僕は思わず目を瞑った。
「こら! お前も手伝え」
「はい?」
「目を開けて探せ、どこかに穴がある!」
「穴?」
「異世界に繋がる穴だ、針の耳よりもずっと小さい」
「そんなのどうやって…」
「さっきまでやっていただろ? 俺を通せば、お前は視点をいくらでも増やすことができる。こんなに狭い範囲なら、すべてを見渡すことができるはずだ」
僕はおそるおそる両目を開けたが、やはり眩しすぎて目を細めてしまった。
「操作しろ、眩しいならば輝度を勝手に調整しろ、この空間内のありとあらゆる粒子はすべて一定に管理している。俺たち以外の異物を探すんだ。ごくごく小さな、それこそ素粒子レベルのものだが、必ず見つけられる。深く考えるな、ただ信じて、集中しろ……」
その後も何かごちゃごちゃうるさく指示されたが、僕は素直に従い、集中した。全能感を呼び起こすことに、快感を覚えていたからだろう。
両手を乗せていた球が、それぞれ再びスノードームのような細かい光を発していた。握ったまま両方の手首を少し外側に回すと、全方位スクリーンに大量のウィンドウが表示され、それぞれ違う映像が映し出された。それらは灯台内が映った様々な角度、サイズの映像で、その中には何やら分析しているような画面が青っぽいものや赤いもの、ワイヤーフレームが映っているもの、高速で拡大を繰り返しているもの等が混じっていた。何も覚えていないが、僕はすべての画面を確認し、その時に限り、それらを理解していたと思う。そしてすべての情報は、言葉を介さずメェメェに伝えられていた。
10分ほど経過して、「見つけた!」と簾藤メェメェが言った。
「やはり前回とは少し位置を変えていやがった。完全に固定させる術はないって事か」
僕には何ら見つけた手応えはなかったが、僕とメェメェ両方の情報を合わせて分析した結果だったのだろう。
大量のウィンドウがすべて消えて、僕の姿勢がフォーマットであろう、少し斜め上を向いた楽な角度に整えられた。その後、全方位スクリーンが向きを変えながら、ゆっくりと下降を始めた。たぶん、メェメェと視点を揃えられていた。
下降は中央付近の位置で止まった。見上げると、雲妻メェメェが発光を止めて、側面を水平にして制止したように浮かんでいた。こちらはきっと底面を上下に向けて、ほぼ垂直の姿勢になっていたと思う。
僕に知らせるように、前スクリーンの中央にひとつだけウィンドウが表示され、それが何十回も、たぶん百回を超えるほどオープンとクローズを繰り返した。映っているものはただのまっ白い画面(黒い枠がなければ区別ができなかった)だが、それはある一点の拡大を繰り返していたのだ。そして百何回目かの拡大画面の中央に、一粒と言っていいほどの、小さな黒い点が表示された。それからもう数回拡大が行われたが、粒という単位を変えられないまま、画面が固定した。
この粒が…異世界への穴、つまりワームホールというわけか。
ウィンドウの中央に十字の照準マークが表示された。白い背景と黒点に重なってもわかりやすいよう、それは赤色で表示されていた。照準は正確に黒点を捉えているように見えた。メェメェ達はマイクロとか、ナノとかピコとかの単位で位置調整をしていたのだろう。
ウィンドウがほんの一瞬暗くなって、また戻ると、黒点が一瞬反応したようにぶれて、わずかに大きくなった。そして今度は暗くならないまま、黒点はまた大きくなった。次はまた一瞬暗くなって… つまり暗くなったときは簾藤メェメェが、ならなかった時は上にいる雲妻メェメェが黒点に対してなんらかの刺激を与えていたのだ。それが交互に繰り返される度に、黒点は大きくなっていった。そしてそれはやがて画面いっぱいまで大きくなって、黒点が球形であることを伝えた。
言葉はなかったが、画面を通してメェメェ達は説明してくれていた。つまり、この黒い球にメェメェからなんらかのエネルギーが注がれると、段々と大きくなっていく。そしてそれがメェメェ達を包み込むほどまで大きくなったとき、異世界への転移が行われるのだ。
どういった科学的な理屈があるのかはわからないし、説明されたところで理解できるはずもない。ここはマンガ脳で適当に補完しつつ、納得するしかないのだ。きっと雲妻もそうしている事だろう。能天気に興奮している事だろう。
僕も人の事は言えなかった。異世界転移… 異世界の戦争… 本当にそんなアニメやゲーム、ラノベみたいな事が、自分の身に起きてしまうのか? 恐怖を超えた感情が沸き上がってしまっている事を、自覚していた。
ウィンドウが消えたが、もう等倍のスクリーン上でも、野球のボールくらいまで大きくなった様子を確認する事ができた。それは黒い炎をまとっているかのように見えた。見た事はないが、まるでブラックホールの誕生のようだ、と思った。
いくらか緊張が解けたのか、メェメェは威勢よく声を発した。
「ようし! いい調子だ。あとは3人が集まれば…」
「あと2分です!」
「なに?」
「2分で着きますので、準備を整えておいてください!」
女メェメェの声だ。そういえば通信メェメェを取り込んだままだった。距離が近づいたから、声が届くようになったのだろうか。
「ちなみにお客さんをお連れしますので、そのつもりでお願いします!」
「客って…」僕が心配そうに言ったが、客が誰かはわかっている。
「派手な事になりそうだ、急ぐぞ!」
僕は強く光球を握ったのだが、視点は固定されたままだった。
次回 第20話「10年」