第13話「くもトーク」
続けて読んでくださっている方、ありがとうございます。
この話からはじめての方、途中からでは全然面白くありません。
いつの間にか空は灰色で埋まっていた。光量の落ちた太陽下のアースカラーの数々は、よく言えば落ち着いた、悪く言えば地味な景色に変化していた。
工場建物から外に出て少し歩くと、すぐ向かいに漁港が見えた。全長が15~20メートルほどの小~中規模漁船(20トン級くらいだろうか)が30艘ほど、2~3人しか乗れないようなボートが10艇ほど整然と並んで停泊している。どれも船体が白と青、白と青緑のツートンカラーの平凡なもので、遠洋漁業に出るような大型船はないようだ。きっと沿岸でしか行われていないのだろう。
磯の香りに、かすかにアンモニア臭のような悪臭が混じっている。死んだ魚の匂いだろう。ふつうの、日本中、世界中様々なところで見られる…平和な景色だった。
雲妻がその匂いを全身で味わうような伸びと、深呼吸をした。僕はそんな気になれなかった。
「雲妻さんは、この島に移住されるつもりですか?」
「そう簡単に決められる事ではございませんね。わたしにも仕事が、それに一応家庭もありますから」
「そう…ですよね」
「しかし、そういうしがらみがなかったならば、二つ返事をしてしまったかも知れません。
いや、しがらみは言い過ぎですね。仕事も家庭も、それがどれだけ窮屈なものだとしても、わたしにとって大切なものであることは確かです。きっと簾藤さんも同じなのでしょう。
…しかし、綾里さんには綾里さんの事情があります。どちらが正しいか判別しようとする事は、ずばりナンセンスでしょう」
「…その通りです」
波の音がかすかに聞こえるだけで、とても静かだ。雲妻のただでさえよく通る声が、くっきりと心に響いた。
「でも…そうですね。 わたしは検討する事については、やぶさかではございません」
「雲妻さんは公務員だから…」
「どういう意味です?」
「かなり特殊な環境ですけれど、貴重な資源があって、それを調整し、大きな予算を得て、町を発展させていく…そういう行政に、多少は興味があるんじゃないですか?」
まあ、公務員にもいろいろあるが… 雲妻はどういう仕事をしているのだろうか。
「なるほど、この島でも公務員を務めるという事ですか。確かに、それも面白そうではあります」
僕は思わず、少し笑ってしまった。これくらい軽い気持ちでいられたら良かったのに。
「じゃあ、もしも島に移住したら、何をするおつもりなんですか?」
「何をする? う~ん、まだよく考えていなかったですね。確かに…島の発展と安全のために真面目に力を尽くす、という方向も、ありと言えばありですね。いやあ、よくぞそこに気づかせてくださいました」
「気づくも何も、町長や小恋さんはそれを望んでいるわけでしょう?」
「そうでしたね。 そして島は…日本人側は二つに分かれているのでしょう。つまり町長や小恋さんたちと、それに対抗する勢力」
「あの…乱暴な男達ですかね」
「当然、彼らを束ねる者がいます。それも相応の実力者でしょう。島で最も収益をあげる産業は、きっと漁業なのでしょうから」
「…キロメですか」
「ずば抜けているでしょうね。まだその効能がどれほどのモノなのか詳しく知りませんが、天然ものなら1尾1億円でも納得の価格じゃないでしょうか。 いやあ…2億? それとも3億? それ以上の価値とされても不思議じゃない」
「そこまで…ですかね」
「お金も権力も、健康と長命あってのものでしょうから。それに…その他の魚介類も味が良く、栄養価も普通より高いという事ならば、漁獲量の少なさをカバーできる単価を設定できるでしょう。昨日フェリーが停泊していた突堤には、トラックが10台以上停まっておりましたし、きっとその後にも運ばれてきたでしょう」
「でも、すべてを束ねているのは町長さんじゃないでしょうか?」
「ええ、権力の中枢はやはり町長を筆頭とする、明日川家の方々だと思います。ああ、あくまでマエマエ様やクゥクゥの方々を別と考えた場合の話ですが…。こういう田舎では、大昔からの宗主といった方がいて、ずっと実権を握っているものです。どんな歴史があったかは知りませんが、もしかしたら地主…島主と言えるほどなのかも知れません。漁業権を所有しているのも、きっと明日川家だと思われます」
「じゃあなぜ…」
「かといって、町長や小恋さんが漁を行っているわけじゃないでしょう。取り仕切る人物が他にいて、そしてそれは明日川家の人間ではないのかも知れません」
でなければ小恋ちゃん達と対立しないか…いや、同家でも対立構造はあるかも知れない、会社に派閥争いがあるように…。
「その…漁を取り仕切っている人物とその周辺が、町長と、それからクゥクゥと対立しているという事ですか」
「小恋さんが穏健派を増やしたい、とおっしゃっていましたね。つまり自分たちの味方を増やしたい、という意味でしょう。一応この島も国の法律に、民主主義に則っているとしたら、町長は選挙で選ばれるでしょうから」
「でも、いくらそうだとしても、異世界人…クゥクゥとメェメェ(この名称を使うと力が抜ける)が応じなければ、強硬派はなにもできないじゃないですか」
「それはそうでしょう。しかし、実際のところ対応が甘いですよね。昨日のあの程度の事では…殺さないまでも、大ケガをさせるくらいの事をしなければ、あの手の男達には却って逆効果です。まあ今後も引かないでしょう」
「でも、本気で怒らせたらどうなるか…敵いっこない」
「それも、今のところわかりませんからね。異世界の力が一体どれほどのものか。得体の知れないものに脅えるのは当然ですが、今のところ大した実害はないのでしょう」
「しかし長年の間、島の人間を外敵から守っていたわけでしょう。その力で…」
サドルの…昨晩の僕たちに対する冷淡な態度と、それとは真逆の今日の鷹美さんへの態度。メェメェに乗っていた少女の攻撃的な言動、男たちを吹っ飛ばした…でも、小恋ちゃんにはてんで頭が上がらない。おそらく穏健派の住民たちと、牧場やこの養殖場、フェリーへの搬出入、他のところでも一緒に働いているんだ、島の発展と、住民の生活の向上のために…。メェメェとクゥクゥは、態度とは裏腹にかなり友好的なんだ。きっと争いを可能な限り避けるのだろう。そこにつけ込まれる可能性は、十分にある。
「まあ、いつか小恋さんたちが詳しく教えてくださる時を、待つしかないですね」
「…僕は、わからないまま帰ることになります」
「本当に、帰ってしまわれるのですか?」
「…ええ」
「帰ってからも、お仕事を続けながらゆっくりお考えになるというのは? たまに島に訪れになったらどうです?」
「無理ですよ、仕事で手一杯になります。東京から離れてしまいますし」
「…本音ですかね?」
「え?」
横に並んで会話を続けていたが、雲妻が顔だけでなく、体ごとこちらを向いた。僕は少し怯みながらも、同様にして向き合った。改めて見ると、雲妻はすごく逞しい体つきをしている。スポーツやトレーニングを続けていないと、30ではキープできない体型だ。
「簾藤さん、あなたのお好きなアニメや漫画、いえ、この際映画でも小説でもなんでもいいです。フィクションの世界でもっともお好きなものはなんですか?」
「はい?」
「熱中された事のある作品、それも、人生におけるバイブルになっているようなものはございませんか?」
「いや、特にそこまでのものは…」
「本当ですか? あなたは、オタクではないんですか?」
「いえ、その…前に言った通り、それなりに好きですけれど、雲妻さんほどじゃありませんよ。 なぜ今そんな話を?」
「う~ん」雲妻は首をかしげた。
「確かにさっき申し上げました通り、わたしにとっても仕事や家庭は大切です。しかしこの…二朱島の存在、異世界と繋がっているかもしれないワンダーな舞台とそこに立った我々の配置、小恋さんや綾里さんという美女ヒロインたち、マエマエ様という神秘的なコア、島の資源を狙うフィクサー等、これらは普通ではどれほど望んでも得られない奇跡的な、そして ‟血沸き肉躍る設定“ ではありませんか?」
「せ、設定って…、これは現実ですから、アニメや漫画みたいに都合よくいくわけじゃない」
「もちろんわかっています。でもだからこそ、わたしたちの判断、行動でどういうジャンルに発展するかという…予想できないワクワクがあります! 楽しい事、悲しい事、恐ろしい事、不条理な事、腹立たしい事、醜い事、そして感動! このフィクションのような現実の世界で、その配分を選択できるのは私たち、キャラクターなのですよ! 私たちの言動によって、物語は愉快なファンタジーになるか、謀略渦巻く政争サスペンスになるか、それとも命のかかった、恐ろしい戦争アクションになるか… ああ、まだ非日常ラブコメに復帰できる可能性も残っているかも知れないですよ? いえもしかしたら、その全部を網羅できるのかも!」
「いったい何の話をしてるんですか!」
「はい、わたしにもよくわかっておりません! ただ私の中で、自分が漫画やアニメの主人公、いえ、脇役でも十分です! 主要な登場人物のひとりになれるかも知れない、という期待感が膨れ上がっているのです! わたしは…日常アニメやリアルな社会人ドラマもいいのですが、やはりできる事なら今の自分から遠く離れた世界で、剣や魔法、ロボットでもなんでも…いやあ、そんなものはどうでもいいんです! ただ懸命に、心が燃えるような疾風怒濤の物語の中で、自分を出し切って戦ってみたい、生きてみたい、と思っているのです! わたしは結構、自分が生まれる前の古いアニメが好きでしてね、作画崩壊なんて生易しいものじゃない個性的すぎる絵柄や、勢い重視のアニメーションで血と汗と涙を画面からまき散らかしているような作品が…」
「ちょっ、ちょっと…もういいです! わけがわからない」
止めた後、雲妻がせき込んだ。つられて、大して話していない僕まで息が荒くなった。
「まさか、紛争に参加してみたい、と言ってるんですか?」
「とんでもない! わたしは平和主義者です。しかし、もしもそうなってしまった場合、そこに自分が立っていた場合、自身の信じる道理に従い、戦う覚悟は持ちたいものです」
「やっぱりあんたはまともじゃない」
「そんな事ありませんよ。わたしも悩んでいるんですから」
「根本が違います。僕はフィクションの主人公になりたいなんて思っていない」
「そうなのですか? それが疑わしいのです。どうも初めて会話した時から、わたしと同類の感じがするんですが」
冗談じゃない!「全然違います!」
「まあまあ、落ち着いてください。わたしはなにも簾藤さんを責めているつもりはないのです。ただ過剰な表現で話しているだけです。キャラなんです。しかし、本音を申し上げているつもりです。そして、そんな事を言っておきながら、この半分異世界とでもいうような難解な、常識の通じない設定に立ち向かう自信がない、という本音も確かに持っております。この点は簾藤さんも同じなのでしょう?」
「ええまあ、そこは…」
「ようは怖いんです。わたしも、あなたも。いろいろと文句はありますが、それでも日常という安全圏から離れる勇気がない」
「…それは、昨晩話した通りです」
「町長さんや、さっき綾里さんもおっしゃっていましたが、いつでも、どこにいても、生活が脅かされる危険、命の危険は常にあります。それは確かですね。それでも確率的に少しでも安全な場所を求めてしまう。この島…いえ、こんな異世界なんて比べ物にならないほど危険で悲惨な場所、問題は、この地球上の至るところに実存する事を知っていますが、我関せず、と目を逸らせて日々やり過ごしているわけです」
「…そりゃそうでしょう」 偽善者ぶるつもりはないぞ。
「ええ、そりゃそうなんです。しかし、いつかそういったものが我々にもふりかかる、という危惧も確かにあるのではないですか? なにせ我々の人生は、順当に行けばあと40年から50年もあるのですよ? それを考えると、この島の現状なんて ‟ぬるい“ と言わざるを得ないでしょう。きっと…愉快なファンタジーになる確率が一番高いのではないでしょうか」
雲妻は、昨晩町長が話したことを繰り返しているのだ。町長よりも優しく、よりわかりやすく、より魅力的に…
「まあ、気にしないでください。もしも簾藤さんがわたしと同じで、心に秘めたる思いがあって、それをこの島で、異世界で、一緒に解放する事ができたなら楽しいでしょうなあ、と思ったのです」
僕を誘ってくれているのだ。
「さあ、そろそろ戻りましょうか」
この…異世界が半分混じった島で生活する事と、左遷された土地であてのない営業先を求めて働く事を、天秤にかけている自分が現れた。環境、食事、収入、女子、友人の面では島が優勢だ。仕事については、先の見えないもの同士で互角かも知れない。便利さや安心、家族はやはり本土だろう。なんだか、海外移住と同程度に思えてきた。
工場内に戻った途端、下卑た大声が聞こえた。
「ちょっと話しただけじゃねえか! 何が悪いんじゃ!」
おそらくあいつらだ…どこから入った?
「気やすく女性の体にさわんじゃねえってんだ! お客さんなんだぞ! いらん事してねえで、さっさと仕事をすませて帰れ!」 鷹美さんの声だ…やはり彼女も気が強いようだ。
その後も続く怒声の数に、男たちは数人いることが予想された。僕と雲妻は急いで階段をあがった。反対側のプールサイドで、5人の男たち(昨日と同じようなラフな格好で、後ろ姿からでも柄が悪いとわかる)が鷹美さんと綾里さん、珠ちゃんを取り囲んでいる。僕たちは走った。まだキロメの効能は維持されている、喧嘩になったってかまうものか。
「相手にされねぇからって僻んでんじゃねえぞ!」
「また今度遊んでやるからよ、今日はひっこんでろよ」
昨日と同様の、人をからかうようなガヤと笑い声が聞こえる。まったく、どうしてこういう下品な輩はどこにでもいるんだろうか。島から追い出してしまえばいいのに。
「いいから早く帰れ、男同士で仲良くイチャイチャやってろ」
「ああ! なんだとこの野郎」
「野郎じゃねえよ。 まったく、いつも仲良く連れ立って絡んできやがって、お前らできてんだろ? この島もジェンダー社会を取り入れていかなきゃならんからな、応援してやるよ」
…なんか、鷹美さんの方が強いな。
「ぶっ殺すぞ、てめえ」
ひとりが鷹美さんの胸倉をつかもうとした時、僕が間に身を入れた。
「なんだてめぇ!」
…絶対それを言うだろうな、と思った。
雲妻が僕の隣に立ち、「まあまあまあ皆さん、どうかそう興奮なさらないで、平和的にいきましょう」と言いながら、制止するように両掌を前に出した。
「なんだてめぇ!」
別の男が言った。なぜわざわざ同じセリフを被せる?
「どうかトラブルはご勘弁ください。わたしたちはただ観光させて頂いているだけです。目障りならばすぐに退散しますので」
「雲妻さん、いいんですよ。こんな奴ら無視して」と鷹美さんが言った。
「まあまあ、事を荒立てる必要はありません」
「俺たちは他のところを案内してやろうと、親切心で言っただけだ!」
「嘘つけ! 強引にお嬢さんの肩を掴んだろうが! それもお子さんのいる前で」
なんて失礼な真似を…。綾里さんを見ると、彼女は珠ちゃんをだっこして後ろを向いて…震えていた。彼女は島に移住しようと考えているんだぞ、それなのに怖がらせるなんて!
目の前に立つ男(鷹美さんの胸倉をつかもうとしていた奴)が、僕の目つきに気づいた。
「あ? なんだコラ」
こいつ、確か昨日もいたな。町長に暴言を吐いていた姿を見た。前の方にいたから、海には落ちなかった奴だ。大柄で色黒、威圧を目的とした髪型(頭頂部だけ残して刈り上げたミリタリーカット)と剃り込みを入れた眉、目尻の下がった細い目とパンパンに膨れた皮膚…他の奴らも似たような顔だ。苦手だ、そして大嫌いだ。だが…なんだか勝てそうな気がする。今こいつの腹を思いっきり殴ってやると、おそらくうずくまって動けなくなるほどのダメージを与えられそうだ。右腕の血流がそう伝えてくれている。でも…こいつも最近天然キロメを食っていたらどうしよう。
「やめましょう、ね」 雲妻が僕と男の間に割って入った。
「簾藤さんもどうか落ち着いてください。そうだ、他のところを案内してくださるんですって? では、わたしを連れて行ってください。ぜひお願いします」
男が雲妻を押しのけて僕に顔を近づけようとした。こうまでなって今更引けるかよ。僕は昨日からの苛立ちのせいもあって、普段では考えられないほど好戦的になっていた。
「おい、やめぇ!」
工場全体に響くほどの大声がして、輩たちは体の構えを解いた。声の方向…左を向くと、長身の男がひとり大股で、しかも速足でこちらに向かっていた。
「そっち見てみろ! お前ら、ぶっとばされるぞ!」
僕達の右に、いつの間にかサドルが立っていた。胴長を脱いでいて、手を後ろに組んでまっすぐ立っている。険しい表情だ。
「もしも鷹美さんに手を出していたら、養殖の飼糧にしてやるところでした」
むちゃくちゃ怖いことを言う。
「そんな事しちゃダメよ、でも、ありがとね」鷹美さんが笑顔で言った。
サドルはペコリ、と頭を下げた。 金髪少女<小恋 サドル<鷹美…なの?。
「お前よぉ、昨日お前んとこのガキが何をやったか分かってんのかぁ?」
「人手足りなくて困ってんだぞ、こっちは!」
後方にいる男2人がまだいきがって大声を張り上げたが、やってきた長身の男に勢いよく続けて頭をはたかれると、さっと俯き、押し黙った。
「いい加減にしろっつってんだろ!」
他の男たちも大人しくなった。正面のミリタリーカットの男だけが、まだ雲妻の肩越しに僕を睨みつけている。
「すまなかった。明日川のお嬢さんに失礼なことを」
「あたしの事はいいよ、お客さんに謝りな」
「そうだな。皆さん、そしてそこのお嬢さんと坊ちゃんも…どうもすみませんでした。こいつら、お嬢さんみたいな若い美人さんになかなか会う機会がないからよ、つい舞い上がっちまったんだ。ほんと申し訳ない、この通り」
おそらく男たちのリーダーであろう、長身の男が深く頭を下げた。周囲の男たちと同年代か、少し上(40~半ばくらい)だろう。両膝に手をつけて、がに股で頭を下げる姿は、まるで昔のヤクザのようだ。黒い防水服を、上半身部分を脱いで着ている。雲妻に勝るほどもりあがった胸筋が、汚れた白いTシャツをパンパンに引っ張っている。立った短髪と、男っぽいごつごつとした顔つきを見て、ターミネーターを思い出した。こりゃキロメの効能があっても無理だ。
綾里さんが振り向いて、黙ったまま軽く(珠ちゃんを抱いたままなので)頭を下げた。その時ちらっとだけ、僕の顔も見てくれた。
「それじゃあ、これで失礼致します。お前ら、もう荷は全部降ろしたんだろうな?」
男たちはふてくされた様な態度で返事した。
「じゃあさっさと行くぞ。 …ああそうだ、よかったらあんたも一緒に来いよ」
「私ですか?」 雲妻が自分の顔を指さした。
「他を案内してやるってこいつらが言ってただろう、よければそっちの男の人も…どうだい?」
「え~、女は?」と言った男が、また頭をはたかれた。
「女の人や子供にはちと危険だ。若い男なら、まあ大丈夫だろう」
僕と雲妻は目を見合わせた。
「やめときなよ」と鷹美さんが言ったが、ここで引くのはちょっとカッコ悪い。頼りになる男もいるし。
「では、行ってみますか」と雲妻が言った。
「ええ」
「もしもお客さんになんかあったら、ただじゃ済まないよ。わかってんだろうね」
鷹美さんが強い口調で予防線を張ってくれた。
「ああ、もちろん。お前ら、丁重にもてなすんだぞ!」
へい~、男たちの返事は…やはりふてくされている。
心臓の鼓動が早くなってきた。内心は、なんだか大変な事になってしまった、という焦りの気持ちでいっぱいだった。男たちのあとを5、6メートルほど空けてついて行く途中で、不安に耐えきれず、雲妻に尋ねてしまった。
「どこへ連れていかれるんでしょうか」
「まあ、魚釣りじゃないですかね」
「そんなのんびりしたものだといいんですが…」
「丁度いい、強硬派の事を少しは知る機会になるかも知れません」
「へ?」
「町長さんや小恋さんのお話だけを聞いたのでは、あまりに一方的過ぎるでしょう」
「どういう意味です?」
男たちについて工場の裏口らしきところから外に出ると、雲は幾分かばらけて、太陽光が刺していた。しかし、遠くにはどす黒い雨雲が見えた。
つぎ
第14話「メェメェズ」




