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第10話「設定説明しましょうか Part1」

 二朱(にあ)町長である明日川(あしたがわ)堂々(どうどう)の邸宅は、さすがに島を束ねる長だけに、いまのところ島内で見かけたどの家よりも大きなものだった。ヒノキとステンレスで組み立てられた高さ180センチほどの塀が、通り一帯を全て取り囲んでいる。おそらくその敷地は500坪(=およそ1600平方メートル)くらいあるだろう。門から玄関までの、およそ50メートルほどある石畳の道を進む間に、暗くてよく見えない上に、あまり手入れが行き届いていないのか、草木が繁った庭園がある。かすかに水の音がした。お寺や神社でしか見たことがない石灯篭が3つ(これって、単位はなんだろうか)あって、その灯りが小さな池を取り囲んでいる事に気づいた。やはり鯉でも飼っているのだろうか。

 観光地にある武家屋敷のような大きい2階建ての木造和風建築。目が滲むほど煌々(こうこう)とした橙色の光に照らされた立派な横開きの扉の前で、小恋ちゃんが僕たちを出迎えるために立っていた。白いブラウスは昼間のものとは違っていて、黒のロングスカートをはいている。化粧もし直したようで、大人っぽく…別人のようだった。

「皆さん、お疲れのところおいで頂き、ありがとうございます」

 彼女は丁寧にお辞儀して、僕たちもそれに(なら)って挨拶を交わした。なんだか神妙な雰囲気だ。完全に飲まれてしまっているかのように、僕はもちろん綾里(あやり)さんや雲妻(くもづま)も大人しい。(たま)ちゃんは平然としているようだが、まあ、はしゃぐよりはずっといい。

 僕たちを車で送り、ここまで案内してくれた初老の男が小恋ちゃんに一礼し、彼女も「ご苦労様でした」と頭を下げた。僕たちに対してよりも角度が小さいし、目上の人にかける言葉じゃない。初老の男は道を戻って行った。これだけの広い敷地だ。きっと別の門があって、数台分の駐車スペースもあるだろうが、彼は僕たちの用事が終わるまで、このお屋敷に戻ってくることはないのだろう。

 あの浮遊する複数の円柱…マエマエ様を皆が見たことで、僕と小恋ちゃんの逢瀬(おうせ)(…ではないが)は、雲妻と綾里さんを含めた事情説明会に変更された。まあ仕方がない。しかしホテルの一室を借りて行うはずだったものが、小恋ちゃんの自宅、つまりは昼間に会った老人、明日川堂々氏の邸宅での食事会となった事に、戸惑いを覚えずにはいられなかった。事の重大さ…東京都とはいえ、誰も知らないような辺境の小島に未知のテクノロジーが存在している、という状況を(かんが)みると、町長による説明は当然の事と考えられるかも知れない。だがこの状況にどうにも現実感がない。なぜあんなものがあるんだ? あの異人たちはどこから来たんだ? そしてそれらが、なぜこの島でしか知られていないんだ? いくらでも湧いて出る疑問の数々よりも、なぜ僕がリゾートに訪れた田舎の島で、その町長と食事を一緒にするはめになっているのだ?…そっちの方に気を取られている。

 僕の賃貸マンションよりもはるかに広い玄関で、僕のスニーカー(一応人気モデルなんだけれども)よりもはるかに高級そうな本革のスリッパに履き替え、(まぶ)しいくらい照り輝くヒノキの廊下を静かに進み、通された部屋は、まるで銀座や赤坂にある一流料亭の一番広い個室のようだった…もっとも、そんな所へ行ったことはないが。

 大きな黒い長方形のテーブルと、飾り彫りが施されたイスが4脚ずつ対面にして配置されている。いずれも高級そうだ。内装はやはり和風で、同じテーブルがあと3卓は置ける程広く、3方を囲むクリーム色の壁紙に汚れは微塵もない。奥の障子戸が開いていて、その向こうにあるガラス戸を通して、ライトに照らされた玉砂利や植木で構成された小さな庭園が見えた。さらにその奥は竹柵で(さえぎ)らている。まだ新しそうな青々とした畳を、スリッパを履いたまま踏む事に違和感があった。

 昼間の服装のまま来てしまったことを後悔した。雲妻もそうだが、僕よりは適している。綾里さんはさすが女性だ、きちんと着替えていた。襟付き、くるぶし丈の薄紫色のワンピース、花柄模様で大人っぽく、かつ清楚だ。髪もアップにしていて、くっきりとしたアーモンド型の両目を出している。雲ちゃんもまたハーフパンツは昼間と同じものだが、上着は白いシャツと水色のベストに変わっていた。ちょっとシャレた、よそ行きの服かな?

 小恋ちゃんに促されて、僕は一番奥の席…上座に座ってしまった。お客さん扱いをしてくれているとしても、町長がまだ来ていない状況で、先に僕が座ってしまっていいはずがない。せめて雲妻さんが、と思ったのだが、奴は僕の隣席に腰をおろし、綾里さんがその隣に座って珠ちゃんを膝上に乗せてしまった。そして「珠ちゃん用のイスを取ってきます」と言って小恋ちゃんがいなくなってしまい、席替えを提案するタイミングを失ってしまった。せめて町長が来たらすぐに立とう、と心構えをしておく事しかできなかった。…こういう緊張は…仕事以外ではごめんだ。

 小恋ちゃんがイスをもって戻ってくるとすぐ後に、昼間に出会った時と同じ格好をした町長と、若い男がひとり入室した。僕はすぐに立ちあがったが、雲妻さんと綾里さんがゆっくりと立つ様子を見て、なんだか自分が情けなくなった。余裕の表情で座ったままの珠ちゃんが羨ましかった。

「本日はお招きありがとうございます」

 悠然(ゆうぜん)と雲妻が言った。こいつ、ちっとも(ひる)んでいる感じがしないぞ。

 町長は表情を崩して、「まあまあ、そんなに(かしこ)まらないで。どうぞ座ってください。すぐに料理を運ばせますから。まずは何か飲み物ですな、何がいいですか?」と気さくに言った。

 僕と雲妻はとりあえずといった感じでビールを、綾里さんは冷たいお茶を、珠ちゃんにはオレンジジュースをお願いしていた。

 小恋ちゃんが若い男に対して、僕の対面に座るよう促す身ぶりをしたが、男は断り、末席(綾里さんと珠ちゃんの対面位置)に座った。

「お前が説明するんだろう? そこに座りなさい」と町長が指示した通り、小恋ちゃんが僕の対面に座った。ほっとした。小恋ちゃんと向き合う事に喜んだというよりも、町長やよく知らない男との対面を回避できた事に安堵したんだ。

 小恋ちゃんはまず正面にいる僕の顔を見据えて、それから雲妻、綾里さんの顔へ視線を動かした。以降はそれをランダムで変えていった。時折珠ちゃんの方に向けていたのは、おそらくオアシスタイムを挿入していたのだろう。彼女はほとんど食事をとらないまま、長い時間話し続けた。


 大筋のところは僕のマンガ脳が推測したとおりの物だった。異人たちはやはり異世界人であって、マエマエ様と言うのは、異世界人のスーパーテクノロジー、もしくは彼らの世界においても超自然的な存在であるという事。そして近年、この島の所有や権利をめぐり、日本人(あくまで二朱島(にあじま)の住民という範囲においてのものだが)と異世界人との間で、まだ諍い程度のものではあるが、幾度も紛争が起きてしまっているのだという。

 彼らとマエマエ様はずっと昔、はっきりとした事は不明だが、少なくとも町長が生まれる前からこの二朱島に存在していた。ちなみに異人たちの言葉でも、この島は ‶ニア″と発音されるのだ。そしてそれ故にこの島の起源が、日本なのか異世界なのかで対立している理由のひとつとなっている、というのだ。

「地球上の、日本の領海にあるのだから、当然日本じゃないでしょうか」

 当然の意見を雲妻が言ったのだが、それを強く否定したのが、町長の隣に座っていた若い男であった。彼は女性向けの漫画やアニメに出てくるような、美女と見紛うほどの美形、痩身の青年で、それこそファンタジーか欧米のショービジネス界から抜け出てきたような美しい銀髪と、澄んだ青い目をした異人だった。なのに服装は青い作業衣…そう、彼は島に到着した時、突堤で僕たちをチェックした男たちの一人だった。

 彼は自身と種族の名前を言ったが、それは僕たちがうまく聞き取れるものではなかった。彼の名前は「スァ、ド…ガ、ルン?」種族(つまり僕らで言う「人間」「地球人」を意味するものとして)は「クゥ…ジャ…クゥ…オ?」

「私の事はサドル、種の事はクゥクゥと呼んでください」

 そう丁寧な日本語で話した男は、すごく真面目な表情をしている。真正面に座っている綾里さんが少し照れているように見えた。ああ…そりゃあこんなきれいな男、生で見た事なかったろうな。 サドル?…なんだか苛ついた。

 彼が主張した内容…島の所有をめぐるクゥクゥ側の根拠は、彼らの住む世界は、我々のように地球という、ひとつの惑星内にあるものと大きく違い、様々な世界に多岐に広がっているものだという。それは、僕たち地球人で言うところのワームホールのようなもの…地理的にも次元的にも離れた異世界をつなぐルート…で繋がれた多種世界であり、この二朱島はその世界のごくごく一部のもの、というのだ。ワームホールだなんて、いくつか学説はあるようだが、今のところは単なる空想の産物、フィクションだ。しかしそう言って否定したところで意味はない。彼はあくまで地球人側においての例えとして、ワームホールという言葉を使っただけの事で、詳細は大きく違うところがあるだろう。

「では、あなた方はこの地球にある二朱島を含む他の幾多の星、もしくはそれらの一部分を領土とする、我々にとっては異星人という事でしょうか?」

 こんな会話にまともに対応できるのは、僕たち側では雲妻しかいなかった。

「そうとも言えますが、いくつもの星と言われると過大な評価となりますし、あなた方の世界で言う太陽系や銀河系で範囲を限定されると、過小となるかも知れません」

 こんなの、ついていけるはずがない。

「その辺のところは、わしらがどれだけ考えてもしようがない。とにかく、この島は二つの世界の住人が領域を分け合い、共生しておるという事だ」そう言った後、町長はビールをもう数本持ってくるよう、配膳をしてくれているふくよかな中年女性に頼んだ。

 テーブルの上には前菜が並んでいる。山菜と鶏肉の白酢和え、海老しんじょ、そして知らない小さな貝を、おそらく網焼きしたもの…コリコリとした歯ごたえが心地よく、磯の香りが濃厚でビールに合う。序盤にして少し飲み過ぎたかも知れない。

「分け合ったという記録はありません。あくまでもニアは我々の領土であり、地球…日本人には善意で以て居住を許可していると認識しております。領土は島周辺の近海を含むものとします」

「またそれを言うか! いくら揉めてもしようがないだろう」 呆れたように言ってから町長は僕たちに向き直し、口調を穏やかに戻して話を続けた。小恋ちゃんは今は祖父の出番だとばかりに、押し黙っている。

「私がまだそこの坊ちゃんくらいの年のころ、まだ敗戦後の、占領されとった時代でな。この島はひどく貧しくて、それこそ飯の一粒も、一片の野菜くずさえ食えない日もあったくらいだった」

 …という事は、おそらく八十は超えているわけだ。顔にはしわが何十本も刻まれているが表情は豊かで、快活な話しぶりだ。体型は隣の異世界人よりもさらに短躯かつスマートだが、背すじはピンとまっすぐ伸びていて、弱々しさはまったくない。十は若く見えるな。

「そんな島だからアメリカさんはおろか、本土からも存在を無視されとってな。配給もなにもありゃしなかった。まあもっとも、わしらもそれをいいことに長い間、税金を支払っとらんかったんだがの」

 とんでもない事を話しているな。

「貧しいとはいっても、誰も飢え死ぬほどまでには至らんかった。あの時代ならそれは大変ありがたかった事なんじゃ。…この島は、神さんに守られとったからの」

「神さま…ですか」雲妻はわかっているのに、敢えて問うたのだろう。

「島ではずっと昔から(まつ)られてたんだに。メェメェ様、メェメェ様言うてみんな念仏唱えたり、十字を切ったりして節操はなかったがの、み~んな信じとった。無理もないだに、わしが子供の頃この目で見た時にそう思った。空に浮いとんだに、いかい土管がよ。そりゃあメェメェ様だ、神さんだ、言われたらよ、信じないわけにいかんだに」

「マエマエ様です」 次第に大声と方言になっていた町長をたしなめるようにサドルが、

「町長、興奮しないで」続けて小恋ちゃんが久々に喋った。

 町長は声量を落としてなお続けた。「不作や不漁が続いた時、メェメェ様にお願いすると魚が浜に打ち上げられていたり、山菜がたくさん生えたところまで山道(さんどう)ができていたりしたんじゃ。もちろんわしらも豊作になった時には米や野菜をお供えさせてもらった。滅多な事じゃお目にかかれなんだメェメェ様が、年に二度三度わしらの前に姿を見せてくれるようになったころ、その周囲にわしらと同じような、だが髪の色や目の色が違う人の姿が見られるようになった。神様には、お世話をするものがついておったんだ」

「つまり、それがサドルさんたち異世界人という事ですか。それまではずっとお隠れになっていたんですか?」

「私たちの先達です。私たちの寿命は皆さんとそう違いはありません。隠れていたというよりも、不在が多かったのだと思います。あえて(かかわ)りを持つ必要もなかったでしょうし」

「ではなぜ、今はこうしておられるのですか?」

「わかりません。すべてはマエマエ様のお導きです。私たちはマエマエ様のご意思に従うことに、生きる意味を見出しているのです」

「我々でいう、宗教ですかね?」

「信じる対象が実存する点において、明確に違う所があると思いますが。そう思ってもらって構いません。もしもあなた方でいうところの開祖、つまりイエスや釈迦、ムハンマドといった人物が実際に現われて、水をワインに変えたり、悪魔の放った矢を花びらに変えたり、空に浮かぶ月を二つに割って、また戻したりするのをその目で見た時、どうなるでしょうか? …まあ、マエマエ様でも月を割る事ができるかどうかはわかりませんが」

「なるほど…平伏してしまうかも知れませんね。町長様がおっしゃる通り、多種の世界…様々な星であろうが違う次元であろうが、どうせ知りませんし、理解できるはずもございません…が、疑ったところで私たちにはどうしようもありません。その上でお聞きしてみたいのですが、あなた方の数ある世界のひとつ、もしくはいくつかと、この島は今繋がっているのでしょうか?」

「…ノーコメントです」 サドルは水を一口飲んだ。

「さっき不在が多かった、とおっしゃいましたね。この島からあなた方…クゥクゥでしたかね、その世界、つまり私たち地球人にとっての異世界へ行くことはできるのでしょうか?」

「ノーコメントです」

「サドルさん達は生まれた時からずっとこの島で暮らしているのですか? それとも異世界から越されて来たのですか?」

「あなたは、まだそれを知る立場におられません」

「島におられるクゥクゥの人数は? 単位は(ひと)でよろしいのでしょうか?」

「70余名です。人で結構です」

「クゥクゥと地球人はほぼ同じ外見をしていると見受けられますが…もしも私たちがその、クゥクゥと同じ方法で…ワームホールのようなものを通って異世界に行ったとして、そこで生きられるのでしょうか?」

 …呆れたな。こいつ、本気で異世界に行きたいと思っているのか。

「ノーコメントです」

「雲妻さん、どうかやめてください。それらにお答えする事はできません」

 小恋ちゃんが少し声を荒げて言った。

「…失礼しました。なにせ異世界は私の憧れでございまして、つい興奮してしまいました。

それでは…最後にもうひとつだけ尋ねさせてください。マエマエ様は、おひとりなのでしょうか? ああ、単位は人でよろしいのでしょうか?」

「人で結構です」

 答えはそっちだけか…。

 町長が、明日川堂々が大笑いした。その笑いは十数秒間続いて、僕らは呆気にとられた。正面に座る雲妻の顔をみつめて、

「君、なかなか頼もしいな」と言った。



第11話「設定説明しましょうか Part2」は3月25日掲載予定

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[良い点] それ程多くの作品を読んだわけではありませんが…こんな異世界もの見たことがない! [一言] 雲妻さん、さすが見込んだ男だ。頼もしい。
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