【番外編】給料日
「テトー!!これで何か美味しいものを食べに行こう!!」
帰宅するや否や、テトの部屋に殴り込む勢いで突入してきたのはアレスだった。掲げた彼女の手には、重量感のある皮袋が握られていた。
キラキラとした瞳を向ける彼女に、真面目な顔をしたテトが眉を寄せる。
「それはアレスが働いて得た金だろう?手を付けずに取っておけばいい。夕飯くらいいつだって私が…」
「テト…」
本を閉じて顔を上げたテトを、可哀想なものを見る目で見つめるアレス。
「私、男の人は稼いでなんぼ!とかそういう固定概念無いから気にしなくていいんだよ。今生活してるお金だって、貯金切り崩してるんでしょ?無理しないで。」
「なんでこうも話が通じないんだ…」
テトが文字通り頭を抱えた。
彼女になんと言えば、自分がこの国有数の稼ぎ手であることが伝わるのか…宝石の山でもプレゼントするかと考えたこともあったが、自棄になっていると勘違いされそうでやめた。
彼が苦悩する脇で、アレスは勝手にクローゼットを開け、とても楽しそうな表情でテトの外出着を選んでいた。
まぁ彼女が幸せならこんな勘違いなど些細なことか…
アレスの横顔を見つめるテト。その顔はひどく甘やかであった。
「ねぇ、真っ黒ばかりで碌な服が無いんだけど。というか、全部おんなじじゃん!」
吊るされている服を眺めていたアレスが驚愕の声を上げた。
それもそのはず、ずっと外套を羽織って外出していたため、ちょっとしたお出かけに着ていける服がないのだ。
煌びやかな正装の横に並ぶ何着もの同色同形の服達…それを見てふと考える素振りをしたアレスが悲しげに息を吐く。
「自分の服を犠牲にしてたんだね…私の衣食を捻出するために…」
「だからなんでそうなるんだ…。私はちゃんと稼いでいると何度言えば…」
心底呆れたテトが堪らず言い返すが、アレスは何も言わず慈愛に満ちた表情で頷いている。真面目に話を聞いていない。
「そうだな。」
しばらく沈黙した後、不適な笑みを浮かべたテトがゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ええと、私も用意があるから一度自分の部屋に…」
なんとなく嫌な予感がして後ずさろうとするアレス。だが、目の色の変わったテトが彼女を逃すわけがない。
長い足で一気に距離を詰め、彼女の腰を抱く。
「ひゃあっ!!」
急なスキンシップに、アレスが悲鳴に似た声を上げる。身を捩って逃げようとしたが、彼の腕の力が強く、びくともしない。
「て、てと!?ちょっと一回落ち着いて!ごめんお金のこと言い過ぎたってば!」
「別に構わない。」
腰に回した腕で抱え込むようにして、アレスのことを抱きしめる。彼女の耳に唇を寄せ、刹那げに息を吐いた。
「いっ!!」
耳元を刺激され、ぞわぞわとした感覚が全身に走る。この状況の恥ずかしさと物理的なくすぐったさで、アレスは羞恥心に襲われる。
「私は金がないのだろう?」
「あ…うん。気にしてることをほんとこめん。」
「だから、金以外の方法でアレスに返そうと思うんだが。」
「お金以外って?……っ!!」
次の瞬間、アレスが頭で理解するより早く唇を覆われてしまった。
舌で唇をなぞられ、驚いて声を上げそうになった隙に中まで侵入してくる。狭い空間の中、ひとつひとつを確かめるように丁寧に舌が這う。
「んっ」
思わず声が出てしまい、アレスの顔が真っ赤に染まる。そのタイミングで唇を離したテトが至近距離で彼女の顔を覗き込んできた。
ただでさえ美しい顔面から、隠しきれない色気が漂う。
「金がないなら、身体で払えと昔から言うだろう?」
「お、おお、お代は結構ですぅ………!!」
妙に艶かしい声で言われ、気が動転したアレスが全力で固辞する。この場から逃れようとするが、彼の力は強まる一方だ。
「アレスが言い出したことだろう?私に稼ぎがないって。」
「言っ…………てない!!!」
「嘘はいかん。」
「ひゃっあああああああ!」
嘘をついた罰だと言わんばかりに、テトの舌がアレスの首筋を上から下へと這う。熱を帯びた妙な感触に、彼女の全神経が悲鳴を上げる。
ちょっと待って!!こんなテト初めてなんだけど!揶揄い過ぎた!??このまま行くと大変なことになりそう…ま、まさか本当に朝までとか……
・・・。
まだ無理いいいいいぃ!!心の準備がああああっ!冗談を言って申し訳ありませんでした!って今更そんなこと言える雰囲気じゃないよぉぉ。
自分の不甲斐なさに視界が馴染んでいく。少し性格の悪いことをしてしまったと、アレスの瞳に反省の色が浮かぶ。
「………悪い。」
その時、突如としてテトの拘束が緩んだ。不思議に思ったアレスが半歩距離とって彼のことを見上げる。
テトはそっぽを向き、手のひらで顔の下半分を覆い隠していた。
「テト…?」
「これ以上そんな瞳で見つめないで欲しい…………寝室に連れ込みたくなる。」
「は?……………はあああああああ!!?」
テトの言葉を理解するのに数秒かかったアレスが大声を上げた。高速で後ろに下がり、部屋の隅まで逃げる。
怯えた彼女に、テトが大変申し訳なさそうな顔を向けた。
「少し揶揄うつもりだったんだがアレスが可愛過ぎてつい歯止めが…いや、このまま勢いで行くのも良いかと思ったのだが、寝室に香を焚いたりキャンドルを灯したり香油を用意したり花弁を散らしたり…準備に色々と時間が…その間にアレスの熱が冷めてしまったらと思うと…」
「ストーーーーーーップ!!!」
つらつらとリアル過ぎる事情を話し始めたテトに、真っ赤になったアレスが声を張り上げて待ったを掛けた。
「そういうのいいから!恥ずかしくなるから言わないでっ!!!!」
「恥ずかしいだけなのか…?」
「だけって…恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよ!!」
「嫌じゃないなら良かった…至急用意する。」
「ちょっとおおおおおおおっ!!!」
給料日に外へ食事に行くはずが、とんでもないスイッチを押してしまったアレス。
緊急事態だと言わんばかりに勢いよく部屋を飛び出したテトを止める術もなく、呆然とした顔で見送る。
「理性が焼き切れるかと…危うかったな。」
ドアを閉めた途端に力が抜け、へなへなとその場に座り込んでしまったテト。
その後冷静になった彼が邪な気持ちを捨て去り、外へ行く用意をして再度部屋を訪れたことは言うまでもない。
お読みいただきありがとうございます!
また気が向いたら、番外編を投稿しようと思います(´∀`)




