アレスのお勤め
王宮敷地内の最奥に位置する王族専用の居住区域、その更に奥に最近新たな建物が建てられていた。
それは四方を石壁で囲われた無機質な見た目をしており、はた目からは分からないが陽の光を取り入れるため上部は丸くくり抜かれ極めて透明度の高い特別仕様のガラスがあてがわれている。
この建物には、大規模掃討作戦の戦果として大量に入手した魔石を用いて対人用の結界が複数張り巡らされていた。
何人たりとも入らせはしないと設計者の執着が見て取れるようであった。
そんな引くほど守られている建物の中に、アレスの姿があった。
彼女は入り口から続く両側を人工池に囲まれた一本道を歩き、その先にあるガゼボへと向かっている。池には蓮の花が咲いており、なんとも神秘的な雰囲気が漂っていた。
ガゼボの周りは季節の花で埋め尽くされ花畑のようになっており、丸く開いた天井から輝くほどの陽光が降り注ぐ。
アレスの姿に気付いたフィオナがガゼボの柱から顔を出して笑顔で手を振る。
「フィオナせんせっ…フィオナ王妃殿下に拝謁賜る機会を頂戴して至極恐悦に…」
「もうっアレスさんったら!それ毎回やるんだから。いつも通りでいいわよ。ふふふ。」
「では、お言葉に甘えて!」
正式にこの国の王妃となったフィオナに許可をもらったアレスは、照れ笑いをしながら慣れた足取りでお茶の用意されている席に着く。
テーブルの上には2人では食べきれないほどの菓子が所狭しと並んでいた。
「私こんなんでお給金頂いていいんですかね….ん!何これこれおいしいっ」
「いいのよ。私が貴女を必要としているんだから。それに、これはタテロットの私金だから問題ないわよ。」
フィオナは嬉しそうに微笑みながら優雅な所作でティーカップに口を付ける。
髪を綺麗に結い上げ、王族専用の生地で作られたドレスを身に纏っていることも相まって以前とは別人のような気品と品格に溢れていた。
「それなら問題ないですね!…それにしてもフィオナ先生…もうどこからどう見ても立派なお妃様ですね。本当に素敵です…!!」
「…ありがとう。子どもの頃から厳しい家庭教師の先生を当てがわれていてね、不覚にもその時の学びが全力でいきているのよ。不覚にも、ね…」
フィオナは遠い目をして頬に手を当てため息をついている。
アレスには彼女が何に対してそのような顔をしているのか分からなかったが、とりあえず近くにあったチョコをフィオナのプレートの上に置いてみた。
フィオナがため息をついたのはタテロットが原因だ。
王妃教育に追われる日々が続く中、心配してきた彼にも今と同じような話をした時、『ああ。あの先生は優秀だし、君とも合っていたからね。』そうしれっと言い放ったのだ。
違和感しか覚えなかったフィオナが問い詰めたところ、いつか王妃に迎え入れようとそのレベルに合った教師が派遣されるために裏で手を回していたことを自白した。
そのついでにとばかりに、彼女にきた縁談に横槍を入れて片っ端から潰していたこと、職場を王宮近くになるよう仕向けたこと、その職場に護衛を忍ばせていたこと、など知りたくなかった事実を色々と聞かされてしまったのだ。
そんなに昔から目を付けられていたのかと思うと愛が深いと喜ぶ前に恐怖に戦慄してしまうのが普通だ。
「(愛が重いと)お互い大変よね…」
独り言のようにポツリと言葉を落としたフィオナ。
考えないようにしていたことを芋蔓式に思い出してしまった彼女の顔は、憂いに染まっている。
「大丈夫ですよ。新たな国王陛下王妃殿下の元、好きに選べる時代が始まったのですから。私たちの未来は幸せいっぱいです。」
真っ直ぐな瞳で言い切ったアレスに、フィオナは目を見開いた。
彼女の言葉に、自分が最優先すべきことを思い出したのだ。
「ありがとう、アレスさん…貴女は本当に強くて優しい人だわ。」
「優しいのかは自分じゃ分かりませんけど…でも私にはこのネックレスがあるから、強さなら誰にも負けませんよ。」
アレスは当たり前のように胸元で輝く緑色の石をぎゅっと握りしめた。
「これさえあればタテロット国王陛下にだって負けませんから!夫婦喧嘩の時は加勢しに行きますね!」
「ふふふ。それは心強いわ。私は最強の味方を手にしたわね。」
二人きりの空間で気安く話してくれるアレスに、フィオナは気付けば久しぶりに大きな口を開け声を出して笑っていた。
とりとめのない会話をしてお茶と菓子を楽しんだ後、アレスはまた来ると言って帰って行った。
「楽しめたかい?」
フィオナが椅子に座ったまま余韻に浸っていると、不意に声を掛けられた。
目を瞑っていても分かる、それはタテロットであった。
「ええ、とても。」
フィオナはにこやかな顔と弾むような声で答えた。
幸せそうなオーラを全開にするフィオナに、タテロットは後ろから軽く抱きしめた。
「た、タテロット様?」
「妬けるな。僕だってフィオナのことを笑顔にしたいのに。アレス嬢ばかりズルいんだけど。」
拗ねた声を出したタテロットは抱きしめたままフィオナの首元に顔を埋めた。
首に彼の髪がかかり、そのくすぐったさにフィオナは僅かに身を捩る。
「さっきだって、彼女の前には僕のことをタテロットって止んでくれたのに、今は様付けしてくるし…」
「そ、そんなことは…というかいつから話を聞いてっ」
「今すぐ僕のことを名前で呼んで。君の声で名を呼んで欲しい。でないと嫉妬心に焼かれて死んでしまいそう。」
首元に埋めた顔を僅かに上げ、掠れ声で希ってくるタテロット。
耳に息が当たり、甘さのある声が鼓膜から全身に伝わり、フィオナは酩酊しそうなほど眩暈がした。
「ねぇ、フィオナ…?」
僅かに肩を震わせて硬直し、頬を赤く染めるフィオナに追い討ちをかけるように囁いてくるタテロット。
彼は恍惚とした表情で、自分の言葉に翻弄されるフィオナのことを愛おしそうに見つめている。
「た、タテロット…」
「ああ物凄くしあわせ」
聞き逃してしまいそうなほどの小ささで呟かれた言葉をしっかりと拾い上げたタテロットは、歓喜のあまり力強くフィオナのことを抱きしめた。
「愛している、フィオナ。君より大切なものなどこの僕の中には何一つ存在しない。だからどうか、一生僕とともにあってくれ。」
恥ずかしさで真っ赤になったフィオナは言葉を発せず、タテロットの腕の中で僅かに頷いて見せた。
「次は君の口から、『愛してる』が聞きたいな。」
「はっ!!?」
更にレベルの高いことをさらっと要求してきたタテロットに、フィオナは思わず王妃らしからぬ素の声が出た。
顔を上げた彼女と目を合わせるように正面に回り込み、タテロットがにっこりと微笑み掛ける。
「安心して。それ以上に僕も言葉で君に気持ちを伝え続けるから。君に求めるだけなんてしないよ。」
「…も、もう十分です。。」
「ん?聞こえないなぁ。ふふふ。」
顔を赤くして潤んだ瞳で目を逸らすフィオナのことを、タテロットは至極幸せそうな顔で見つめ続けていた。




