その後の話17
王宮には何度も足を運んでおり、勝手知っている場所だったが、そんな彼女でもここ王族の居住エリアに該当する建物には初めて足を踏み入れる。
他の建物とは比べ物にならない数の衛兵が建物を取り囲んでおり、物々しい雰囲気を醸し出していた。
フィオナを先導している騎士が衛兵に何か伝えると、彼らは一斉に頭を下げて素早く道を開けた。衛兵達が帯刀している剣の重みで金属音が響く。
私はなんて場所に来てしまったのかしら…
あまりに違う世界の場所に、フィオナは眩暈がしながらもなんとか気力でアルカイックスマイルを浮かべ、案内役の騎士の後に続いた。
何度か角を曲がった先、天井まで続く大きな両扉の前に辿り着いた。
慎重なノックの後、騎士が大袈裟なほど大きな両開きのドアをゆっくりと開ける。
促されたフィオナが一歩中に足を踏み入れると、騎士は深く頭を下げた状態で外側から扉を閉めた。
フィオナが部屋の中に目を向けると、そこにははにかんだ笑顔を見せるタテロットの姿があった。
部屋の入り口で足を止める彼女の元へ行くと、慣れた手付きでエスコートをする。
そして、ベルベット地のひどく触り心地の良いソファーに誘導する。
極度の緊張で声を出せず、フィオナはタテロットにされるがまま、ぽすりとソファーに座った。
「いきなり悪かったね。」
謝罪の言葉と共に紅茶を差し出して来たタテロット。
フィオナが緊張で固まっているうちにさっと用意してくれたらしい。
目の前の黄金に輝く水面と鼻を掠める高貴な花の香りに、ようやく意識を取り戻したフィオナ。
「た、タテロット王太子殿下、ご尊顔を拝謁賜り至極光栄に存じます。」
慌てて立ち上がると、カーテシーと共に挨拶の言葉を口にした。
「ふふふ。普段は皆に省略させている挨拶だけれど、君に言われるのはまた格別だな。」
口元に指を当て、優雅に微笑むタテロット。
少し伏せた瞼は長いまつ毛が際立ち、うっとりとした表情で潤んだ青い瞳が輝く。
その麗しい姿に、フィオナは思わず見惚れてほんのりと頬を赤く染めてしまった。
何一つ受け入れるつもりはなくこの場所へと来たのに、強い意志とは裏腹に青い瞳から目が離せない。
「そのドレス、すごくよく似合っている。君にこそ相応しい。」
恍惚とした表情で見つめてくる青い瞳。
彼女の記憶に残る少年時代のタテロットとは何もかもが違った。もっと自信なさげで寂しげでいつも自分の後をついて来たはずなのに、今は余裕の表情で自分の心を乱してくる。
息をするのも精一杯でいると、タテロットが着席するよう促して来た。
「失礼、致しましたわ。」
フィオナは気を取り直して、優雅な所作でソファーに座り直した。
「本当は、君のことをきちんと口説き落としたかったのだけど。」
タテロットは少しだけ残念そうな顔で立ち上がると、向かい側に座るフィオナの元へと回り込んだ。そして、彼女のすぐそばに跪く。
「…っ!?」
『口説き落とす』
タテロットの口からそんな言葉出ただけでも、心臓が飛び出してしまいそうだったのに、いきなり自分の前に跪いて来たタテロットに、フィオナは言葉を失った。
「フィオナ、僕と結婚して欲しい。君と出会ったあの頃から僕は君の虜だ。どんな時も気高く優しく朗らかに微笑む君が僕の心の支えだったんだ。君がいたからこそ、僕はこの国を愛せた。だから僕はこれからの人生、君と共に歩んでいきたい。どうかこの手を取ってはくれないだろうか。」
自分の目の前に跪き、真剣な眼差しと声音で想いを伝えてくるタテロット。懇願するように顔を下げたまま、真っ直ぐに手を伸ばしてくる。
「で、殿下!おやめ下さいませっ。わたくしにそのような態度をなさるなど………」
ひどく焦った様子のフィオナがタテロットのことを立ち上がらせようと手を伸ばしたが、その手は優しく包み込まれてしまった。
「これは、了承してもらえたということかな?」
都合の良いように解釈したタテロットは、嬉しそうににっこりと微笑んだ。
ものすごい力で自分の手を握ってくるタテロットに、フィオナは顔を引き攣らせた。
「………それは都合が良すぎませんこと?」
「都合が良くて結構。君と共にいられるのなら、どんな経緯になろうと厭わない。だから気にすることはない。」
全く話を聞く気のないタテロットは、フィオナのことをよく分からない理論で丸め込んで来た。
「わたくしが気にします……第一、こんな行き後れの女なんて、王宮の皆様がお認めにならないでしょう。殿下にお似合いになる方はもっと他にいらっしゃいますわ。」
「ああ、それなら問題ない。長年あらゆる縁談を断って来たこの僕だからね、相手を見つけたらとなればそれだけで涙を流して喜ぶだろう。」
「…それは、王宮の皆様も大変でしたわね。」
王宮関係者からそんな愚痴を聞かされたことを思い出したフィオナは遠い目をした。
「フィオナ、これは愛のある政略結婚だと思ってもらえればいい。今は僕の片思いでも、必ず近いうちに君を惚れさせると誓おう。だから安心して僕の手を取って。」
にっこりと微笑んでくるタテロットだが、その手はすでにしっかりかっちりとフィオナの手と繋がれている。
「そんな、無茶苦茶ですわ。いきなり王太子殿下と結婚だなんて、そんなこと…」
「フィオナ」
彼女の言葉を遮るように、低い声で名前を呼んだタテロット。
「僕はもう先が長くないんだ。」
切なく悲しみに塗れた声音で言って来たタテロットの言葉に、フィオナの視界は真っ暗になる。
「そんな……」
あれだけうるさかった胸の鼓動も聞こえなくなり、フィオナは耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。




