その後の話11
彼女の手を取りアレスの私室に押し入ったテトは、後ろ手にドアを閉めるとアレスのことを抱き締めるように正面から腕を回して来た。
「…っ」
眼前に迫るテトの顔に、首筋に触れる彼の体温に、アレスの心拍数は急上昇した。高鳴る胸の鼓動に耐えきれず、ぎゅっと強く瞼を閉じたアレス。
ー カチャリッ
「え?」
聞き慣れない音と共に心地良かった体温が自分から離れていく。その代わりに、首元に慣れ親しんだ重みが付与されていた。
そっと胸元に手を伸ばして手に取ると、それは今まで身につけていたものと同じ緑色に輝く石であった。
だが、前回の『鎖のついた石』ではなく、それは精巧な金色の花のレリーフに縁取られており、立派なアクセサリーと化している。
「前に渡したものは私が使ってしまったからな。その代わりだ。前のと同じだけの効力がある。これからはこれを肌身離さず身につけていて欲しい。必ずアレスのことを守ってくれる。」
再び自分の色を身につけたアレスを目にしたテトは、目尻を下げて幸福そうに微笑んだ。
「これって、いつも私のことを守ってくれたやつだ…でもどうして?テトの魔力はもう……」
アレスは最後まで言い切れずに言葉を止めた。テトの心情を思うと、軽々しく口には出来なかった。
そんな心優しい彼女を慮るように、テトはアレスの頭を優しく撫でた。
「私の魔力が近いうちに枯渇することは分かっていたからな。その時にアレスのことを守れなくなってしまっては私の心が耐えられない。それで、魔力量の絶頂期に予め予備を用意していたのだ。」
「近いうちに枯渇する…って?」
テトは不安がるアレスのことを軽く抱きしめると、彼女の手を取りソファーに座らせた。安心させるように腰に手を回して抱き寄せる。
「これは私にとってはもう過去の話だが、魔法使いは魔力の行使とともに寿命を短くしてしまうことがある。通常であれば命尽きるまで魔力を使うなどあり得ないが、この国では結界の維持に大量の魔力を必要としていた。それなのに魔法使いの数が少ない。そんな状況から、王命で魔法使いは王家の一員となりその命尽きるまで魔力を使い続けることが義務とされていたのだ。」
「ちょっと待って…理解できないんだけど……国のために魔法使いを囲って彼らの命を削っていたってこと?それが強制されてたって…」
「だが、それももう過去の話だ。私はそんな不毛なことを続けたくなくてあの大魔法の研究に心血を注いでいたのだ。アレスのおかげで、これから生まれる魔法使いの未来は安泰だ。だからそんな顔をするな。」
目に涙を溜め唇を噛み締めているアレスの頬を優しく撫で、涙を拭うように瞼にキスをした。
「これからって…テトは?今のテトは大丈夫なの??早死にしちゃうの?」
「アレスが側にいてくれる限り私がこの命を終わらせることはない。必ず最期の最期まで側にいることを誓おう。だから安心して私の隣にいて欲しい。この先もずっと。」
「これ…」
アレスは胸元で輝いている緑の石を手に取り持ち上げた。
「この石をテトに返せばテトの寿命が戻るんじゃない?あの時と同じようにテトの魔力も戻るかも。こんな私に使うんじゃなくて、これはテトの命のために…」
泣きそうな顔で話すアレスに、テトは目を細めた。彼女の手の上から優しくそっと緑の石を包み込む。
「これはアレスのものだ。私の一部を君に預けたいんだ。それに、今の私は魔力の容量が極端に少なくなってしまっている。この石から魔力を取り出したところで、これまでのように体内に留めておくことはできない。だからアレス、私の心の安寧のためにこれを持っていて欲しい。」
「でも、テトがいつも側にいてくれれば私のことを守ってくれるでしょ?だったら、万が一の時のためにこの石はテトが持っていた方が…」
「それは、まだあるから問題ない。」
「は…… 今なんて??」
想定とだいぶ違うテトの返答に、アレスの涙は一気に引っ込んだ。思わず半眼でテトのことを見上げてしまう。
「予備は複数用意してある。これから何十年と生きるアレスには一つでは足りないであろうと思ってな。もちろん全てアレスのものだ。」
「…いつの間にそんなことを、、いやそんなことより、用意周到過ぎるというか、やり過ぎじゃない…?魔力が枯渇する危険に晒されながら予備を作る神経が信じらんない………」
「一晩寝ればだいたい魔力は回復するからな。夜中に限界まで魔力を注入するという作業を繰り返しただけだ。アレスのためならそんなこと造作でもない。」
「ありがとう…と言うべきなんだろうけど、なんか怖い。。。。。」
「ん?礼はいらない。私がしたくて勝手にやったことだ。」
「でしょうね…………」
相変わらずの深すぎるテトの愛に、アレスはぐったりとソファーの背に頭を預けた。
隣に寄り添うテトが彼女の頭をそっと自分の肩に乗せる。
「改めて礼を言う。」
「なんで??」
「アレスと出会って愛を知って私は強くなれた。誰かのためにという気持ちがこんなにも自分を強くすることなど知らなかった。ずっと一人でいる方が生産的で楽だと思っていた。しかし、人と距離を置いていた自分が人を愛せることを知った。私のすべてはアレスと出会ったあの日から始まったんだ。君には感謝しても感謝しきれない。」
「そんなこと、私は何もっ…ん」
アレスが否定することを見越していたテトは、彼女の言葉を遮るように口付けをした。
「アレス、愛している。」
強張るアレスの緊張を解くように、テトは彼女の頬に手を添えてもう一度優しく唇を触れさせた。




