その後の話⑥
久しぶりに自室で朝を迎えアレス。
終わりの見えない避難生活からも魔物の脅威からも解放されたというのに、姿見の前に立つその後ろ姿は悲壮感に満ちていた。
そのまま崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
「頭、プリンになってる……………」
姿見で自身の頭部を見たアレスは、髪の色が抜けていることに気づき、ひどくショックを受けていた。
定期的にテトの魔法で伸びた分の髪を染めてもらっていたのだが、彼と会わない日々が続き、最後の魔法付与からだいぶ時間が経っていた。
その結果、根本がすっかり元の色に戻ってしまっていたのだ。
「早くテトに頼んで…あ」
当たり前のようにテトに魔法をお願いしようとしたのだが、彼が魔法を使えないと言っていたことを思い出した。
テトの魔法に助けられたことなんてないって言っちゃったけど、この髪の色は間違いなくテトの魔法のおかげだ………めちゃくちゃ頼ってたわ……
100分の1の魔力ってどの程度なんだろ…
毛染めくらい可能なのかな…
…いやいやいやいやいや
あんなに本人が凹んでいたんだから、魔法は使えなくなったも同然くらいのレベルなんだろうな。さすがに、今のテトにそんなことを聞くのは申し訳ない…
髪はいずれ伸びるから、完全な地毛に戻るまで待とう。はぁ……ミルクティーブラウンなんて、目立つ色にしなきゃ良かった……………いや可愛いけどさ…
…コンコンコンッ
「アレス、起きてるか?良かったら朝食を共に…」
「あ、うん!今行くっ!」
アレスは髪色のことは一旦忘れることにし、迎えに来たテトともに、ダイニングへと向かった。
「お、美味しい………」
久しぶりの出来立ての食事に、アレスは頬を抑えて目を閉じた。口の中いっぱいに広がるバターの香りに全神経を集中させている。
その後も一口ずつ感動して咀嚼していくアレスに、テトは心配そうな顔を向けた。
「避難先での食事はひどかったのか…」
どれだけ不憫な姿を想像したのか、テトは今にも泣きそうな顔をしている。
「いや、そんなひどいってこともなかったけど…でもやっぱり、こうして一緒に食べると余計に美味しいよね。」
「…ああそうだな。」
自分との食事を心から喜んでくれているアレスの姿に、テトは一拍遅れて返事を返した。耳が赤くなっている。
お腹がはち切れそうになるほど食事を楽しんだアレスは、案の定食べ過ぎで椅子から立ち上がることが出来ず、そのまま食休みをしていた。
単なる食べ過ぎだというのに、テトは医者を呼ぶか?と顔を青くしてアレスの心配をしている。
「テトラス様」
テトがアレスの隣に座り、彼女の背中を摩ったり水を飲ませたり甲斐甲斐しく世話を焼いていると、使用人の一人が銀のトレーに置いた手紙を運んで来た。
テトがそれを手にした瞬間、チリッと紙の焼ける音と焦げた匂いがした。
「ちょ、ちょっとーーー!!紙燃えてるっ!火事火事火事っ!!!」
「ああすまない。つい癖で。」
慌てふためくアレスとは対照的に、テトは何てことのないように答えると、ふっと息を吹きかけて鎮火した。
「いやいやいやいや。もらった手紙を燃やすって一体どんな癖だよ………………おかしいでしょ……」
「王宮の紋章を見るとどうしてもあの腹の立つ顔が浮かんでな。無意識に防衛本能が働いてしまうのだ。」
「防衛本能って、それ攻撃本能の間違いでしょ……って、あれ…今のって魔法…だよね?使えるの…?」
「魔物を焼き殺すことはもう無理だが、紙一枚焼くくらいなら造作でもない。」
「え…じゃあもしかしてひょっとすると、髪の色変えるのも出来たりするの…?」
「ああ、そう言えば最近やってあげられてなかったな。また同じ色で良いか?」
「う、そ…………テト大好きっ!」
嬉しさが大爆発したアレスは、すぐ隣にいたテトに勢いよく抱き付いた。
テトは動じることなくしっかりと受け止め、彼女の身体に腕を回した。
「私も、心から愛している。」
自分の身体に抱きついてきたアレスのことを幸せそうに見下ろすと、そのままゆっくりと顔を近づけてくる。
「ちょっと待ってっ!!まだ朝だし、使用人の人達も見てるし、ご飯食べたばかりだし、だから今はその…」
昨日の車内とは違い、眩しいほどに初夏の日差しが降り注ぐ広々としたダイニング。その光に照らされ、神々しいほどに整った顔のテトが宝石のような輝く瞳で自分のことを見てくる。
こんな状況、とてもじゃないが、アレスには耐えられなかった。
顔を赤くしながら一生懸命言い訳を並べるアレスを見て、テトはふっと小さく笑うと目を細めた。
「分かった。では、寝支度を終えて灯りを消した二人きりの部屋で改めて迫ることにしよう。」
「そういうことじゃないーーーーーー!!」
アレスの要望に全て応えたつもりだったのに、違うと言われたテトは困った顔で幸せそうに笑っていた。




