まずは見た目から
「これは完全なるコスプレ…」
鏡の前に立ち、くるりと一回転した。
アレスは、朝部屋を訪れた使用人に着替えを手伝ってもらい、中世感溢れるクラシックなデザインのドレスを着ていた。
夜会のドレスほど華美ではないが、屋敷内で着る分には十分に豪華な作りであった。
美しいドレスに身を包んでいるはずの彼女の表情は冴えなかった。
この前の休み、美容院に行っとけば良かった…うぅ、頭のてっぺん、プリンになりかけてる…面倒だからって後回しにしていたツケがこんなところで回ってくるとは…
せっかくこんな可愛いコスプレをさせてもらってるのに、なんて勿体無い…
この世界、毛染めの文化とかあるのかな?後でこっそり使用人の方に聞いてみよう。
「アレス、支度は出来たか?」
ドアの外からテトの声がした。
僅か半日程度の付き合いとは言え、見知らぬ土地で見知った声に、アレスは安堵感を覚えた。
「うん、可愛いドレス着させてもらったよ!」
アレスは扉1枚挟んだ向こう側にいるテトに聞こえるように、スッと息を吸い込み、腹から大きな声を出した。
令嬢なら絶対にしない行為に、テトの笑いが漏れる音が聞こえた。
「入るぞ。」
ゆっくりとドアを開け、テトが部屋の中に入って来た。
昨日の黒ずくめの浮浪者のような恰好とは全く異なり、白のズボンに、首元には瞳の色に合わせた宝石付きのクラバットを結び、その上から刺繍の入ったジャケットを羽織っていた。
輝く金髪とエメラルドグリーンの美しい瞳も相まって、王子様感が一層増していた。
二人は、お互いの装いに目を見張った。
昨日とは違う姿に、しばしの間見つめ合う時間を過ごした。
「すごく、よく似合っている。綺麗だ。」
沈黙を破り、先に声を掛けて来たのはテトだった。アレスの見違えた姿に、照れた笑顔を見せた。
アレスのことを上から下までじっくりと眺めては嬉しそうに微笑むテトの姿に、アレスは段々と恥ずかしくなって来た。
コンビニに行く直前まで時を遡りたい!!!あんな部屋着同然の姿で異世界初日を過ごしただなんて、、、恥ずかし過ぎるーー!!!!
いくらこんな着飾ったって、テトの中では、ジャージ女なんだろうな…まぁいいけど、いいんだけどね…いいんだけどさ…
とりあえず、頭プリン女を早々にどうにかしよう。せっかくそれっぽい名前に変えて、可愛い服を着させてもらってるんだから、せめて髪の毛くらいは自分の力でなんとかしよう。
「昨日は暗くて気付かなかったが、アレスの髪は、不思議な色をしているな。根元と毛先で色が変わっていて美しい。この国では見ない色合いだ。」
テトは、美しい芸術品見るかのような、うっとりとした瞳でアレスの髪を眺めている。
予想だにしなかったテトの言葉に、アレスの表情が凍りついた。
「ちょっと!気にしてるんだから、わざわざ言わないでくれる!?」
アレスは恥ずかしさを通り越し、苛立ちを露わにしてテトに言葉をぶつけた。完全なる八つ当たりだ。
「わ、悪かった…いやでも、私は美しいとそう思っただけなのだが…」
見た目王子様のテトが可哀想になるくらい慌てふためいている。
褒め言葉のつもりだったのに、相手がキレ出したのだから、戸惑うのも当然だ。
「もう…黒髪だけど、髪染めてて、色落ちしちゃって…それを気にしてたの…」
俯いたアレスは、自分のずぼらを認める自白に、涙目になって来た。
「色を変えたいのか…?それくらい、造作でもないぞ。」
「え!?ほんと!!?」
アレスは勢いよく顔を上げてテトのことを見た。雨上がりのようなキラキラとした瞳を彼に向けた。
「…あぁ。元の色は黒だったか?では、黒色に変えればいいか?」
テトはアレスから顔を逸らしながら言った。眩し過ぎる彼女の笑顔を直視することが出来なかったのだ。
すごいっ!!!さすがは魔法使い様!!!魔法って戦いに使うイメージしかなかったけれど、生活に根ざした使い方も出来るんだ…いいなぁ…魔法…うらやま…
黒か…せっかく色を変えてもらうなら、好きな色にしてもらった方が良くない?
美容院じゃ中々思い通りにならないし、明るくし過ぎると髪傷むしさ。魔法ならぱっと無傷に変わりそうじゃない??ダメでも、また違う色に変えて貰えば良いわけだし。
「ミルクティーブラウンでよろしくっ!!」
アレスは、憧れの色をこれまた元気に指定した。
だが、これが何色かなどテトに分かるはずもなく、彼女は似た色のモノを使って懸命に色のイメージを伝えた。
その結果、テトは、彼女のイメージと寸分の狂いなく、髪色を再現することが出来た。