全速力
『アレテト様、どうぞこちらにお乗りになって下さいませ。』
『我はここで良い。極限まで集中力を高める必要がある。』
『しかし、いくらなんでも荷台にいらっしゃるのは…』
『我に構うな。先を急げ。』
『はっ!』
男二人とこのようなやり取りをしたアレスは、一人荷台に座っていた。
こんなキャラずっとやり続けるなんて私には無理だ…一人にしてもらえなかったらどうしようかと思ったわ…
でも、これでひとまず第一関門突破。後は、現地でテトに会えるかどうか。無事だと良いんだけど…
自ら戦地に赴くなんて、私の顔見たらテト怒るかな…きっと怒るよね…でも後悔したままじゃいられない。自分にとってそれは、ただ死ぬよりもつらい。一生会えないかもしれないのに、今無茶をしないでいつ無茶をするんだって思う。
前の世界ではこんなこと考えたこともなかったな…家族ともそんなに仲良くなかったし、友達もいなかったし、話すのは会社の同僚くらいだったから。今思えば、誰かに大切にされた経験がなかったせいで、自分以上に大切な人がいなかったのかもしれない。だからこそ、あんなにも大事にしてくれて真っ直ぐに思いを向けてくれるテトに惹かれたんだろうな。いつも強気なのに、変なところで弱くて私に気を遣って、でも誰よりも頼りになる私の大切な人。
ああやっぱり、私はテトのことが好きだ。
こんな時に自分本位だとは分かってるけど、今伝えなきゃって本能が叫んでる気がする。
想いを伝えた後のことなんて何ひとつ考えてないけど、とにかくテト達の邪魔にだけはならないようにしよう。私が目の前で死んだらきっとテトが悲しむ。これだけは何がなんでも回避したい。もしもの時は、どうか彼と同じタイミングで…神様、お願いします。
予定時刻よりもだいぶ前に王宮を出立したため、夜明け前に目的地に着くことが出来た。
ぬかるんだ道で馬車が止まると、男が声をかけてきた。
「アレテト様、到着しました。足元にお気をつけ下さい。」
アレスは、差し出された手を借りて地面に降り立つと、辺り一帯に広がる血の匂いにむせた。何かが焼けこげたような匂いも混ざっている。
まだ暗くてよく見えないが、何かの肉片のようなものが草木に混じって地面の上に散らばっていた。
「…うっ!!」
アレスはえずきそうになるのを必死に抑え込んだ。ここで弱さを見せるわけにはいかず、唇を強く噛み締めた。口内に鉄の味が広がる。
「危ないっ!!!!!!」
男の声に振り向くと、猛スピードで魔物が突進して来た。真っ直ぐにアレスのことを狙っている。狙われていると気付いた時には既に眼前に迫っていた。
「!!」
噛み切られる!そう思った瞬間、目を閉じて顔を庇うように腕で覆ったが、アレスに触れる直前、緑色の石が煌めき、魔物を数十メートルほど吹き飛ばした。
「これが、アレテト様のお力…」
脱力した男の声が聞こえたが、構っている暇はなかった。
アレスは、魔物の肉片を避けながら前に進んだ。慌てた男達も支援物資である魔道具を手に、アレスのことを追いかけた。
奥に行けば行くほど、鼻をつく匂いがキツくなる。魔力を持たないアレスでも分かるほど重苦しい空気が漂っていた。
先ほどまでとは明らかに違う雰囲気に、アレスの額に汗が滲む。緊張と不安と焦燥感で、どんどん歩くスピードが早くなり、気付いたら走り出していた。
前に進む間も、アレスのことを目掛けてひっきりなしに魔物が襲いかかって来る。今の所全て弾き飛ばせていたが、その飛距離はどんどん短かくなっており、魔物のレベルが上がっていることが伺える。
「はぁ…はぁ…このままじゃ…はぁ…ジリ貧…だ…」
アレスは息を切らしながらも前へ進み続けた。
魔物の脅威を目の当たりにしてもなお、歩みを止めることは無かった。
「隊長っー!!!!!」
倒れている人影に気付いた男が走って駆け寄った。
彼は、魔力切れ寸前のようだった。顔は真っ白で痙攣を起こしている。一刻の猶予もないと悟った男は、魔道具を取り出して隊長の手を握り、自分の身体を媒体にして魔力を注ぎ込んだ。しばらく経つと、ほんの僅かに血の気が戻った。
「サ…ルド…?」
目を開けた隊長は、自分の手を必死に握り締める男の名を呼んだ。
「そうです!俺です!こんなところでくたばらないでください!!ほら、魔道具をかき集めてきましたから!!」
「それ…は…ありが…たい……早く…ロワール様へ…」
「ロワール!!?どこ!!」
突如発せられたテト名に、アレスは彼の前に膝をついて大声で居場所を尋ねた。
アレスの声に応えるかのように、緑の石がキラリと輝いた。
「それ…は…ロワール様…の…魔力…早く…それを彼に…」
アレスの胸元で光る、強力なテトの魔力に隊長は目を見開いた。今すぐここにある魔力を彼に戻してほしいと上手く声を出せない代わりに、必死の形相でアレスの腕にしがみつく。
「早く居場所を!」
「その…石が…導いて…くれ…る…はやく…」
隊長が緑の石に手を翳すと、ふわりと浮遊して強い光を放った。その光は、ただ一点を示していた。
「よく分からないけど、テトがピンチってこと?なら、早くテトの元へいかないと!!これをテトに渡せばいいのね!!」
アレスは立ち上がってスカートの裾を掴むと、光が指し示す方向へ全速力で走り出した。




