窮地とハッタリ
「閉所暗所恐怖症じゃなくて良かった…」
暗くて狭い馬車の中、アレスは1人呟いた。
彼女は今大きな木箱の間に挟まれ体育座りをしている。
先ほど耳にした男達の会話からこの馬車がテトの元に向かうと知ったアレスは、見つからないように荷台に乗り込み、出発時刻まで息を潜めることにしたのだ。
日没まであと4時間ちょっとか…長いな…とは言えずっと緊張していても仕方ないし、とりあえず寝て気を紛らわせようかな。
えっと、この箱をこっちに移動して、これに背中を預けて、ここに足を伸ばす、っと。うんうん、いい感じじゃん。これなら寝ても身体痛くならなそうだ。向かうのは戦地、今のうちに英気を養っておこう。
色々考え出すと不安と恐怖で吐きそうになるけど、今は、テトに会って気持ちを伝えることだけを考えよう。喧嘩別れのままこの国が滅んでしまったら死んでも死に切れない。大丈夫、こういうのって意外に見つからずに過ごせるパターンが多いし。私の人生だもん、何とかなるよ。
昨日は環境の変化であまり眠れなかったアレスは、目を閉じるとすぐに眠りについた。
「おい、こんなところに女連れ込んで何してんだよ!」
「はぁ!?そんなことやってねぇよ。」
「じゃあ誰だよ、この女…」
ん……人の声??誰だろう……というか、ここはどこ??なんか暗いし、ちょっとカビ臭い…えーと、私は何やってたんだっけ………
男達の声でアレスが目を覚ました。
ゆっくりと目を開け、自分のことを不審そうに見てくる2人の男の顔が目に入った。
え…誰この人たち………声はどこかで聞いたことあるような……
「おいお前、ここで何をしている。」
「あ」
あああああああああああああ!!!!!!!荷台に忍び込んでたのバレたああああああああ!!!何でバレたのさ!!!普通こういうのって、ハラハラしながらも最後まで見つからずに済むってもんじゃない!!?小説の主人公とかさ、そうやってピンチを切り抜けて…………いや、私ただの異世界人だった…どっかの主人公みたいなヒロイン力なんて無かったわ…はは、これどうしよう。詰んだかも…
「おい、話を聞いているのか。答えないのなら、今すぐ衛兵に突き出してやる。」
先ほどよりも一段低い声となり、その声は怒気をはらんでいた。手は帯刀している剣にかけられ、言い訳を聞いてくれそうな雰囲気は一切ない。
どうしようどうしようどうしよう…でもここで諦めたらテトに会えないまま私の人生が終わるかもしれない。命の終わりが突然やってくることなんて、自分が一番よく分かっている。
…だから、ここで引くわけにはいかない。
話を聞いてくれなそうだから、情に訴えかけることは効果がなさそう。一か八か、前線で役立つ人間のフリをして切り抜けてやる。異世界で魔物との戦闘に役立つと言ったらもうアレしかないでしょう!!
アレスは軽く目を閉じて息を吐くと、強い意志を宿した瞳で男を見返した。
いきなり変わった彼女の雰囲気に、男達の間に動揺した空気が感じられた。
「我は聖女アレテト、この国の厄災の根源を断つために参った。今すぐ、テトラス・ロワールの元に我を連れて行け。これは天啓だ。」
普段よりも低く、圧を感じさせる口調で大仰に手を翳しながら言い放った。
「「は…………セイジョって何だ?」」
男二人は見知らぬ単語に首を傾げた。
はあああああああああああ!!?嘘でしょ!!ここは魔物が蔓延る異世界でしょ!魔法もあるファンタジーでしょ!聖女の一人や二人いるでしょうに!!!瘴気を浄化するのは聖女のお役目でしょ!!なんで知らないんだよ!!!こんなになり切ったのに恥ずかしいったらありゃしない!!
いやでも、なりきってしまった手前もう後戻りは出来ない…こうなったら、力技で押し通してやる。もう知らん!!
「そこのお前、我に向かって石を投げてみろ。剣で刺しても構わない。我の持つ力を証明してやる。」
「いやそれはさすがに…」
「ならば、我の言うことを信じるか?」
男二人は顔を見合わせ、困った顔をした。
いくら不審者とは言え、無抵抗の相手に斬りつけることなど出来なかった。
「はっ、怖気付いたか。」
ワザと馬鹿にしたように鼻で笑い、男達を煽った。アレスの嘲笑に、片方の男がキレて声を荒げた。
「どうなっても知らねえぞ!!」
「ああ、構わん。」
男は足元に落ちていた手のひらほどの石を拾い上げ、振りかぶった。
その瞬間、アレスは目を閉じて胸の前で両手を組んだ。聖女っぽい雰囲気を出すためと、単純に向かってくる石にビビりそうで怖かったためだ。
「挑発に乗るなって!」
隣の男が肩を掴んで制止してきたが、時すでに遅し。結構な勢いでアレスに向かって石が投げつけられた。
目を閉じ、避ける素振りが全くないアレスに、二人は顔面蒼白になる。
「「……おいっ!!」」
このままでは本当にぶつかってしまうと、思わず声が出た。
その声に反応することなく、アレスは目を閉じたまま微動だにしない。
『ぶつかる…………!!!!』
男達がそう思った瞬間、アレスにぶつかるはずだった石は物凄い速さで弾き飛ばされ、投げた男の頬を掠めた。紙で切ったような赤い線から血が滲む。
「……嘘だろ。」
頬の傷を手で拭い、目の前で起きたことを信じられない気持ちでアレスのことを見た。
「これが聖女の力だ。どんな攻撃も無効化し、魔物を浄化して塵と化す。この国に残された猶予はごく僅かだ。早く我を連れてゆけ。」
真剣な眼差しで力強く言い切ったが、内心は冷や汗が止まらなかった。
よ、よかったーーーーー!!!擦り傷程度で済んだ。また過剰防衛だったらどうしようかとヒヤヒヤしたわ……。
「これほんとかよ…魔物にも効くって、そんなことあり得るか?」
「…正直、自分達では判断できない。でも、」
「ああ、上は皆前線に出てるから聞く相手がいねぇな。」
「なら仕方ないか。」
「ああ、仕方ないな。」
二人は、アレサの前に跪くと胸に片手を当て、恭しく頭を下げた。
「アレテト様、先程のご無礼をお赦しください。そしてどうかそのお力で我が国をお救いください。」
「我は当初からそのつもりだ。今は時間が惜しい。早く連れてゆけ。」
「「はっ」」
なんか盛大に勘違いされてるけど…いや、そう仕向けたのは自分なんだけどさ、でもテトの元に連れて行ってもらえるからいいか。お兄さん達、ありがとう!!そして、後でちゃんと説明するから今は許してほしい。土下座でも何でもしますとも、ええ。
アレスは、なりふり構わない大嘘で窮地を脱することに成功したことに安堵し、嘘をついたことに対する代償のことなど考えていなかった。




