危機
鬱蒼とした森林の中、防護服や漆黒のマント姿の者が隊列を組み、皆同じ方向を向いて微動だにしない。
本来なら人が寄りつかないであろう場所に、数千人規模の人が集まっている様子はかなり異様な光景だ。
周囲に生き物の気配はなく、辺りは静まり返っている。時折吹く風が葉を揺らす音しか聞こえない。
そんな中、ザクリと硬い靴底で土を踏みしめる音が聞こえた。気付いた者は皆一斉に背筋を伸ばした。数千人の視線が1人の男に集中する。
「明朝、ここにある結界を解く。」
目の前に整列する王国騎士団と魔導隊に向けて、テトが言葉を発した。
いよいよ始まる魔物達との決戦に、騎士や隊員達は息を呑んだ。皆緊張した面持ちでいる。
ここには、テトが指揮する魔導隊とそれを後方支援する騎士団がいる。
タテロットと二分した戦力だ。つまり、フリーデン王国は約1万5千人で魔物の大群を迎え撃つつもりなのだ。これがどれほど無謀な賭けであるか皆分かってはいたが、代替え案が無い今抗議の声を上げる者はいなかった。
「明日の日の出前には、魔道具の追加輸送が完了する予定だ。その補填完了を合図として作戦を開始する。作戦開始までの間、私が結界間際で魔力を放ち魔物を引き付け、結界を解除した後一網打尽にする。私は飛行する魔物の羽を狙う。ここを突破されて王都に行かれては被害が甚大になるからな。地に落ちた魔物は魔導隊が仕留めろ。」
「はっ」
テトの言葉に、魔導隊第三隊の隊長が踵を鳴らして敬礼をした。
「魔導隊の後ろは、レジトリス家に任せる。魔導隊が取り逃がした小物を魔剣で貫け。再生能力を持つ魔物もいるから決して油断はするな。お前達が最後の砦だ。一匹足りとも逃すな。全て切り伏せろ。」
「はっ」
レジトリス家代表として、ダミも同じように踵を鳴らして敬礼をした。
普段見せることのない、どこまでも真っ直ぐな目をしたひどく真剣な横顔であった。
「騎士団は、魔道具の補充及び負傷者の運搬と救護を任せる。魔物には通常の剣技では太刀打ち出来ん。戦闘は避けるように。微量でも魔力を持つ者がいれば、奴らの餌になるだけだ。足手纏いにだけはなるなよ。」
「「「「 はっ 」」」」
騎士団は一糸乱れぬ動きで、取り出した剣を空に向かって構え、忠誠心を示した。脅すようなテトの言葉に動揺する者は1人もいなかった。
時が来るまで休息を取るように命じられた隊員達は、魔物の襲撃に備え輪番で休むことにした。
歩くことも困難なほど茂っている森の中、何人かが地上に飛び出した木の根っこに腰を下ろしている。
周囲の緊張が高まる中、テトは1人結界の前にいた。
瞑目してアレスのことを想うと、あの石が王宮にあることを確認し、安堵の息をつく。
覚悟を決めて目を開けたテトは、魔力を小さな粒に変換して辺りに散らした。いくら人よりも魔力量が多いと言っても、決戦の前に無駄遣いはしたくない。
最低限の魔力を用いて、国境周囲に彷徨く魔物達を誘き寄せる餌とした。
魔力の餌をばら撒いて数分、あっという間に魔物達が集まってきた。
だが、事前にテトが強化した結界は破られることはなかった。
魔物達は、目の前に大量の餌があるにも関わらず手を出せない状況に苛立ち、咆哮した。結界のおかげで実害は無いが、魔物から溢れ出る禍々しいほどの魔力に大気が揺れている。
テトは、魔物の威圧に動揺することもなく、ある程度引き付けた後は、適当に魔力の粒を浮かべてその場を後にした。
「あれ、結界持つのかよ…」
戻ってきたテトに、ダミが嫌そうな顔で声を掛けてきた。離れていても聞こえる魔物の鳴き声や咆哮に顔色を悪くしている。
「どうだろうな…」
テトはダミと目を合わせることなく言葉を発した。
どこから取り出したのか、テトの手には分厚い魔法書があり、そこに記載してある魔法式を必死に読み込んでいる。
「お前、そんな無責任なことを…」
「ここには魔力を持つものが大勢いる。遅かれ早かれ、魔物が大量に押し寄せてくることだろう。もしそうなれば、決行を早めるだけだ。それ以外に選択肢はない。」
テトは当然だとばかりに、低い声で無表情に言い切った。
「ああもう、分かったよ!俺も覚悟を決めればいいんだろ!」
ダミは自分の髪を乱暴に掻き乱すと、八つ当たりのように足元にあった石を蹴り飛ばした。
ジュリアにまた会いに行くと言ったのにも関わらず、結局実現出来ないままに前線に駆り出されてしまったため、覚悟を決めきれずにいたのだ。
「日の出までまだ時間がある。お前も休むといい。ここは私が見ておく。」
テトは漆黒の外套を翻し、魔物が押し寄せる結界付近まで戻っていった。
日の出まであと1時間ほどになった頃、異変が起きた。
単体では結界を突破できないと判断した魔物が、他の魔物と共闘をし始めたのだ。本来ならば獲物を狩るための協力など決してしないのだが、大きな魔力を目の前に、餌を得るために知恵を振り絞ったようだ。
火属性の魔物が一斉に、一点集中で炎を放ってきた。それだけなら結界で防げたのだが、他の魔物も意図に気付いて斬撃や突進などの物理攻撃を同じ箇所に加えてきた。全身に纏う魔力の影響で、魔物が放つ物理攻撃には魔力が付与されている。そのため、残念なことに結界に対して効果覿面であった。
ーあと数撃で突破される。
そのことにいち早く気付いたテトは、皆を守るため防御壁を最大出力で展開し、声を張り上げた。
「各員!配置につけっーーーー!!!」
その瞬間、目を開けていられないほどの強い光と、鼓膜が破れそうなほどの衝撃音ともに結界が雲散した。
障壁が無くなった今、魔物の大群が一気に押し寄せてきた。




