アレスの覚悟
『地下深くの避難所』と聞いていたアレスは、体育館のような広いスペースに多くの人が詰め込まれている様子を想像していたのだが、予想とは全く異なっていた。
案内された部屋は、ベッドと簡単なテーブルと椅子のみが置かれた簡素な作りであったが、これはアレスの専用スペースであり、他の者と共用することはない。
いくら個室とは言え、贅を尽くして生きてきた貴族にとっては牢獄同然のような部屋であったが、庶民として生きてきたアレスには何の不満もなく、それどころか、簡素な部屋に親近感を覚えた。
「なんか無駄に落ち着くと思ったら、私の一人暮らしの時と同じくらいの大きさだからか。」
アレスは思わず声に出した。
窓のない部屋のため、魔法ランプが置いてあるが、使用は制限されており、消灯時間が来ると自動で消える仕組みとなっている。
消灯まで残り30分ほど、今日は取り敢えずもらったパンを食べて、与えられた寝巻きに着替え寝ることにした。
………………眠れない。
私はいつまでここにいればいいんだろう。明日とか外に出てもいいのかな。朝誰か来てくれるのかな…いや、国の緊急事態に自分のことをそこまで気にかけてもらえるわけないか。こんな立派な個室で眠れてご飯ももらえるんだから、これ以上求めたらダメだよね。自分のことは自分でなんとかしないと。
みんなどうしてるかな……
結局テトとはちゃんと話を出来ないままここに来ちゃった。こんなことになるなら、あの時、テトが朝私の部屋を訪れてくれた時、逃げなきゃ良かった…当たり前のようにまた会えるって思ってた。この世界では当たり前じゃないのに。
テトに会いたい…
…そういえば、テトは王宮で結界の維持に力を使ってるって前にフィオナ先生が言ってたから、今も王宮内にいたりするのかな…??明日誰かに聞いてみようかな。もう後悔はしたくないし、来るかも分からない明日に期待もしたくない。今出来ることをやらなきゃ。明日やろうは馬鹿野郎ってよく言うもんね!
とにかく今は、テトの顔を見て安心したいな…
テトとの何気ない日常を思い出したアレスは、穏やかな気持ちになり、ようやく眠りにつくことが出来た。
翌朝、アレスの部屋に王宮に仕える侍女が現れ、朝食と公爵邸から運んできたアレスの服が届けられた。
受け取った見慣れた自分の服の束の上に、見慣れた文字で書かれたカードが添えられていることに気付いた。
『必ず迎えに行く』
差出人の名が無くとも分かる、見慣れた少し癖のある筆圧の強い文字。
離れていても気遣ってもらえている安心感と懐かしさと例えようのない込み上げる嬉しさに、アレスはカードを両手で大事に抱えた。
「確かに、プロポーズの言葉みたい。ふふっ。」
アレスは、ジュリアとのやり取りを思い出し、1人で笑みをこぼしていた。
「あ!!!!聞こうと思ってたのに、忘れてたーーー!!!!」
自分の服に着替えてお腹を満たしたアレスは、テトの居場所を聞くつもりだったことを思い出した。
己の不甲斐なさに壁に頭を打ちつけたが、それで過去が変わるわけもなく、今度はベッドの上でぶつけた痛みに悶絶している。
ああもうーーーっ!!!せっかくのチャンスだったのに聞きそびれた!!テトがあんなメッセージカードを入れてくるのが悪いんだ。テトのせいだ。会った時にひと言物申してやろう。
…いや、嘆いていても何も変わらないからとりあえず何か行動しよう。
部屋を出てみようかな。
別に監禁されているわけでもないし、外に出るなってことも言われてない…はず。あれ、言われてたっけ……ま、怒られたらその時は大人しく戻るとして、その注意してきた相手にテトのことを聞こう!うん、我ながら完璧な計画!!!
アレスは静かにドアを開けて、左右を見渡した。同じようなドアが並ぶだけで、人の気配はない。とりあえず、最初に案内された道を辿り外を目指すことにした。
「くっ…久しぶりのシャバは眩しい…」
アレスは降り注ぐ日光に、手をかざして目を細めた。
すんなりと出られた外だが、ここにも人の姿はなかった。守衛がいると思っていたアレスは拍子抜けした。
まぁでも、よくよく考えたら私別に罪人じゃないし、監視される謂れはないんだよね。そりゃ、見張りがいないのも当然か…
にしても、人がいなくてテトのことを聞ける相手がいない…困ったな…戦況も分からないからとりあえず情報が欲しかったんだけど…
うーん…出てきた建物をぐるっと一周まわってみようかな。あまり離れると迷子になりそうだし、かといって戻っても暇だし、落ち着かないし。せっかくの外気、少し散歩していくか。
アレスは、大きな建物の外壁に沿って散策を始めた。
出てきた出入り口の真逆、建物の反対側まで差し掛かると、ようやく人の声が聞こえた。年若い男の声だ。
会話を聞き取れる位置まで近づくと、物陰に身を潜めて息を殺し、まずは様子を伺った。
「これ、どうしてわざわざ夜中に運べって指示されたんだ?魔物が活発化するのは夜だろう?わざわざ危険な時間帯を選ばなくても…」
「それならちゃんと理由があるぞ。この馬車は魔力を動力にしているから、魔力の気配が色濃くなる夜に紛れないと魔物に狙われてしまうのだと。普通の馬車じゃ、国境まで数日掛かってしまうからな。」
「いやそれにしたって、まだ学生の俺たちがこんな任務を負うなんてどんたけ余裕ないんだよ。こんな魔道具の寄せ集め、ロワール様にお運びして何になるんだ。俺たちが戦地に向かったって、足手纏いが増えるだけだろうに。」
「それだけ緊迫した状況なんだろうな…戦況は良くないのだろう。俺たちも覚悟しないとな。」
はっ…今ロワールって言った!??テトに運ぶってどういうこと…??テトは今どこにいるの??前線に出てるの…??
既に魔物と闘っているってこと…??
荷物を運ぶ音が止むと同時に、男二人の足音が遠ざかっていった。
人の気配が消えて気が抜けたアレスは、その場にしゃがみ込んで膝を抱えた。
戦況は良くないって言ってた…
良くないって、負けるってこと?負けるってなに?みんないなくなっちゃうってこと?
そんなの嘘だ…
だって私、テトとまだちゃんと話してない。この世界に来てからずっと、あんなに良くしてもらってるのに、まだ御礼も言ってない。だから最後にもう一度テトに……………いや、それは建前だ。そんなんじゃない。私はまたテトと一緒に過ごしたいんだと思う。
毎日おはようって朝一番に顔を見せてほしい、また一緒にダンスもしたい、テトのエスコートで街にも出掛けたい。
私はテトのことを…
ようやく気付いた自分の気持ちに、アレスは覚悟を決めた。
立ち上がってスカートの土埃を手で払うと、つい先ほどまで男たちが居た場所へと向かった。




