テトの務め
アレスを部屋まで送り届けた後、テトは邸を抜け、王宮のすぐそばに建てられた神殿に向かった。ここは、彼が毎日足を運ばないといけない場所である。
既に10年以上も同じ場所に毎日通う彼の足は、漆黒の闇の中を見えているかのように、澱みなく進んで行った。
大理石で出来た真っ白な階段を足早に上がっていく。しんと静まり返る闇の中、コツコツと彼の足音だけがやけに響いた。
幅の広い階段を上りきった先には、同じく大理石で作られた大きな建物があった。4つの太い石柱で平坦な厚みのある石の屋根を支え、その柱と石壁には巧妙なレリーフが彫られている。
それは、神殿と呼ぶに相応しい、神秘的な美しさを放っていた。
テトは、天井まで続く大きな石の扉の前を素通りし、石柱の陰にある隠し扉から神殿内部へと入っていった。そこから更に、地下へと続く階段を下っていく。
その後、必要以上にあるドアを複数回抜け、ようやく目的の場所に辿り着いた。
毎回辿っている道とはいえ、こうも複雑な経路を毎度通ることにテトは辟易としていた。
最後のドアを抜けた先には、広々とした空間が存在した。
四面を囲む、自身の姿を反射するほど耀く床材には、魔力を増幅させる力を持つ魔石が使われている。
疲れた自身の顔を映す四方八方に、テトは嫌気が差した。
「こんな時間に珍しいね。」
だだっ広い部屋の中央に人の姿があった。
何も無い空間に唯一、この部屋の中心にだけ直方体の形をした台のようなものがあり、その上には光り輝く人の頭ほどの大きさのある水晶玉が浮かんでいる。
声の主は、タテロット・フリーデン、このフリーデン王国の王太子だ。
テトと同世代に見える見た目で、王族の衣装を纏っていた。青い瞳を光輝かせて、その水晶の前に鎮座している。
テトに話しかけながらも、彼の瞳は水晶玉を向いたままだ。
「ああ、今日は野暮用で時間が取れず、こんな時間になってしまった。」
テトは、相手がいることを分かっていたのか、その声に驚く気配はない。
相手が王太子であるにも関わらず、砕けた口調であった。彼も水晶の方へ歩みを進める。
「君が務めよりも優先する用事なんて一体……ん?」
タテロットは途中で言葉を止め、違和感の正体を探るように、すっと目を細めてテトのことを凝視した。
「君…魔力量、かなり増幅してないか?」
青い瞳から輝きが消え、タテロットは目を見開いた。驚きのあまり、わずかに口が開いている。
「制限を解放したからな。まだ一段階だけだが。」
テトは普段通りの口調で答えた。ただの事実として話すテトに対し、タテロットは更に驚愕の表情をした。
「嘘だろ…制限って…あれは冗談ではなかったのか。」
「俺が冗談なんて言うはずないだろう。そんな冗談面白くもない。」
タテロットの言葉を軽く受け流すと、テトは水晶玉の前に立ち、手をかざした。すると、彼のエメラルドグリーンの瞳が光り輝いた。
いつもの倍以上に光り輝くそれに、タテロットは驚きを通り越し、言葉を失った。
「お前、バケモノかよ…」
王子の仮面が剥がれ落ち、タテロットは昔のような言葉遣いに戻っていた。
「私はただ、この国のために出来ることを諦めたくないだけだ。」
「本当に昔から頑固者だね。僕らは短命なんだ。無理せず、魔力を持つ者の務めとして、1人でも多く子を成すことだけを考えればいいものを。まったく…茨の道を行くよねぇ…」
「放っておけ。私が成功したら、お前も解放されるんだ。悪い話ではないだろう?」
「んー、確かにそうかも。じゃあ僕は、正妻と側室候補選びに尽力するから、君は君の方法で頑張ってくれたまえ。」
「本当にお前は…そういうところ昔から変わらないな…」
「お褒めに預かり光栄ですよ。で、話は聞かせてもらうよ?夜は長いからね。」
「はぁ…」
こうして、軽口を言い合いながら二人の夜は更けていった。