お迎え
「申し遅れました。わたくしは、王立騎士団副団長ケイン・シュルトナーと申します。」
「王立騎士団…?」
アレスは、軍服姿の男の言葉に首を傾げた。
一方ジュリアは、片手で口元を覆い、バレないようにため息を吐いた。
『そんな立派な肩書きがあるなら、それを先に言いなさいよ…!!』
言葉にできない声は、ため息と共に吐き出し、隠し持っていたナイフは男から見えないようにそっと背中の後ろにある棚に隠した。
「はい、我々はタテロット王太子殿下が直接指揮なさる騎士団にございます。此度は、王太子殿下の御用命にて、アレス様をお迎えに上がりました。」
シュルトナー副団長は、これまでの非礼を詫びるように、深く丁寧に騎士の礼を取った。
「え…………… 私何かやらかしましたか……」
いきなりのタテロットからの呼び出しに、アレスの顔は真っ青だ。思い当たることはなくはないが、国の騎士団を動かすことはしてないはず…と必死に己の記憶を振り返ったが特に思い浮かばない。
アレスはとりあえず、隣に立つジュリアの肩に両手をかけ、さっと彼女の後ろに身を隠した。ジュリアは自分の後ろに隠れるアレスの頭をぽんぽんと優しく撫でてあげた。
「いえ、我々は、アレス様の身を王宮で保護するように仰せつかっており、その件で参りました。既にご存知かと思いますが、ここは間もなく戦場と化します。王宮の地下深くに避難所がございますので、しばらくの間、そちらに身を寄せて頂くこととなります。」
シュルトナー副団長は事務連絡のように淡々と述べると、後ろに控えていた部下に目配せをし、ドアを開けさせた。今すぐに店を出るという意味らしい。
「え…?避難??でもそれならジュリアさんも一緒に…」
「申し訳ございません。お連れするように言われたのはアレス様のみにございます。他の方をお連れすることは出来ません。」
部下共々頭を下げ、形だけの謝罪をした。
「え、でも、それじゃジュリアさんは…」
アレスの問いに誰からも返事はなかった。
その代わり、にっこりと微笑んだジュリアが両手でアレスの手を包み込むように握った。
「私のことは大丈夫よ。店の後片付けもあるし。それが落ち着いたらレジトリス家にお世話になるつもりだから。」
アレスのことを安心させるように嘘をつくと、更に笑みを深めた。
アレスの大好きな、いつだって穏やかなジュリアの笑顔。それなのに、今は彼女の笑顔を見ると泣きそうな気持ちになる。アレスは、ぎゅっと唇を強く噛み締めた。
「だから、アレスさんは王宮へ行きなさい。大丈夫、きっとまたすぐ会えるわ。」
ふふっとジュリアはいつもの笑顔を見せた。
「わか、分かりました…」
ジュリアの精一杯の強がりと優しさに、アレスはもう何も言えなかった。瞼の裏に溜まった涙を制服の袖で拭った。
「落ち着いたら必ず迎えに行きます!私が迎えにいくまでどうかご無事で!ジュリアさん、大好きです!!」
アレスは一息で言い切ると、少し赤くなった瞳で真っ直ぐにジュリアのことを見つめた。
「まぁ、まるでプロポーズのようね。ありがとう、アレスさん。私も大好きよ。」
この時、ジュリアは初めて泣きそうな顔で笑った。
***
アレスは王立騎士団の紋章の入った馬車に揺られ、王宮に向かっていた。
迎えに来たシュルトナー副団長と他の部下は護衛として騎馬で馬車に追走している。
一人きりの馬車の中、アレスはぼんやりと外を眺めた。
いつもは魔法ランプでキラキラと輝く街並みも、今は明かり一つ見当たらず闇に飲まれていた。大規模掃討作戦に向け、魔力の使用制限が厳しくなり、生活から魔法が消えたのだ。
それは王宮も同じであった。
つい数ヶ月前にテトと訪れた時には、煌めく異世界そのものだった王宮を象徴するレリーフの入った豪奢な門も、今はただの暗闇でしかない。
アレスは、建物があるであろう方向の暗闇を見つめながら、テトと初めて王宮を訪れた時のことを思い出していた。
豪華絢爛なダンスホール、華々しく着飾った人々、そして、テトと踊った初めてのダンス。何もかもが輝いていて満たされていて、それはどうしようもなく幸せな時間だったと気付かされた。
「テト、どうしてるかな…」
言いようのない寂しさに襲われたアレスは、馬車の中で一人呟いた。




