差し迫る危機
屋内の訓練所にて魔導隊の魔力操作訓練に付き合っていたテトは、急遽タテロットに呼び出され、王宮内にある会議室に来ていた。人払いがされており、護衛の代わりにフランタンが部屋の前に立っている。
二人には広すぎる大理石のテーブルの上に、タテロットは調査団から送られて来た報告書を並べた。
テトは、立ったまま数枚を手に取り中身に目を通すと、眉間に皺を寄せた。
調査団とは、隠密行動の訓練を受けた者で構成された、口周辺の魔物の状況を探るための組織だ。常に3つほどの調査団が国境周辺の探索を行っているのだが、タテロットの指示で年明けからは倍の6つに増やされていた。
大規模掃討作戦を実行するために、なるべく多くの情報が必要だったからだ。
調査団からの報告を元に専門家が魔物の動向を想定し、それに合わせて隊の編成及び配置を決定するはずであった。
だが、新たに3つの調査団を派遣してから4か月が経っても音沙汰が無く、調査団の生存は絶望的かと思われていた。
そんな時、ようやく第二調査団からの報告が王宮に届いたのだ。
だが、そこに書かれていた内容は専門家たちの予想を遥かに超える、非常に厳しいものであった。
「テトラス、どう思う?」
タテロットは、報告書から顔を上げたテトに尋ねた。その声はひどく単調で、なんの感情も込められていなかった。
「スタンピードか…このままでは一瞬で食い尽くされるだろうな。」
同じようにテトの声にも感情がなかった。
どこか他人事のような、まだ現実として受け止められていないような、そんな乾いた声音であった。
報告書には、スタンピードが発生し、大量の魔物が王国と同じ方角を目指していること、一週間もしない内に王国に辿り着くであろうという見立てが記載してあった。
専門家の予測では、スタンピードが起こる確率は五分五分且つどんなに早くても来年だろうとされていた。そのため、それが早まる可能性を考慮した上で今夏の決行としていたのだ。
「時間がないな…」
テトは、窓の外を眺めて深く息を吐いた。
一瞬だけ目を閉じ、自身の魔力の残滓を辿る。確かに彼女がそこにいることに、今度は安堵の息をついた。
「お前の考えにはまだ反対だが、魔物に攻め入られると知って黙って待つことは出来ん。迎え撃つしか選択肢はないだろう。」
「僕には僕の正義があるからね。共同戦線といこうか。当初の作戦通りでいいね?」
「ああ。」
テトは不承不承に頷いた。
そんな彼のことを、タテロットは穏やかな笑顔で眺めている。
タテロットの作戦はこうだ。
均等に二分した戦力を西と東の国境付近に布陣し、そこの結界を部分的に解除する。そして、結界の綻びを狙って雪崩れ込んでくるであろう魔物達をテトとタテロットを中心に、正面から迎え撃つという至極単純なものだ。
鳥族の魔物はすり抜けて市街地に向かってしまう可能性が高いが、その点は考慮しないことになっている。高速飛行する魔物を地上から仕留めるなど不可能に近い。つまり、多少の犠牲には目を瞑るということになる。
非力な人達を切り捨てる今回の作戦に、テトは最後まで反対していたが、結局覆せないまま、作戦の決行が決まってしまった。
この時、テトの大魔法はほぼ完成していた。
後はきっかけさえあれば発動させられる状態であった。あと数ヶ月平和な時間があれば完成させられたであろう大魔法に、テトは悔しくして堪らなかった。
子どもの時に見つけた、曽祖父の手記に書いてあった魔力を増幅させる禁忌の大魔法。
この存在を知ってから、テトはこの魔法の実現のために時間と精神の全てを捧げて来た。
己の精神に魔力を溶け込ませた上で、制限をかける。その制限が外れた時に魔力が増幅すると言われている。
魔法の研究に没頭したテトは、ある日、この禁忌の魔法を二段回で自分に付与すれば更に魔力量を増やせるという仮説に辿り着いた。
10年もの年月をかけてようやく手に入れたこの国を救う唯一の方法。
アレスと出会って、一気に現実味を増した大魔法。
それなのに、彼の決意と想いを嘲笑うかのように急に活発化した魔物達。王国滅亡の危機はすぐそこに迫っている。
テトは、悔しさと自分の不甲斐なさで頭がおかしくなりそうだった。
それでも自分が動かなければこの国に未来はない。何もかも願ったこととは違うものになってしまったが、もう後戻りは出来なかった。立ち止まっている時間すらない。
『ならばせめて、彼女がこの先もずっと幸せに暮らしていけるように。』
その願いを心の拠り所に、テトはなんとか自分の精神を保っていた。




