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【本編完結】異世界転移したので、まずはそれっぽい名前を名乗るところから始めようと思います。  作者: いか人参
本編

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噂の真相


暖かな春の訪れを感じさせる野いちごの香りが店内に広がった。

テーブルの上に、湯気が昇るティーカップが二つ並んでいる。ティースプーンの上にはスノーボールが乗り、瓶に入った蜂蜜も置いてある。



店の閉店時間まで1時間以上残っていたが、客が来ないことを理由に今日はもう店じまいをすることにした。

閉店作業を終えた後、奥の部屋でジュリアが紅茶を淹れてくれ、少し話をすることになったのだ。



「さっきは変なところを見せてごめんなさいね。」


ジュリアは恥ずかしそうに笑うと、紅茶を一口啜った。



「いいえ!その…ダミが慌てていたことと、この街に人が少ないことと何か関係があるのでしょうか…さっき、噂のせいって言ってたのが気になって…」


聞きたくても聞けなかったことを、アレスはこのタイミングしかないと思い、勇気を出してジュリアに尋ねた。

きっとこの件にテトも深く関わっているのだろうと思うと、どうしようもなく胸がざわついた。



「何も知らないのは怖いものね…私も全てを把握しているわけじゃないのだけど、ダミアンぼっ…ダミアン様から聞いた話をアレスさんにも伝えるわね。」


ジュリアはアレスの覚悟を確認するように彼女の目を見た。アレスは目を逸らすことなく大きく頷き、話の続きを待った。



「この国は周辺に蔓延る魔物を一掃することを決断したらしいわ。王命で、戦力となる人達は王都に集められているそうよ。」


「え………」


アレスは予想もしていなかったことに言葉を失った。

テトと一緒にいた時に見た、とてつもなく巨体な魔物の姿が脳裏に蘇る。あの時に感じた言いようのない恐怖が心を埋め尽くし、目の前が真っ暗になった。



「ダミアン様はね、ここは次期に魔物が攻めてくるから、郊外にあるレジトリス領に避難するように言ってくれたのよ。でも私悩んでいてね、今日は返事を出来なかったわ。」


ジュリアはふふっと悲しそうな顔で笑うと、紅茶を口に運んだ。



「え……どうして…だって、逃げないといけないんでしょう?」


「うちは親が一代限りの男爵位を賜っているだけで、貴族なんて立派なものではないのよ。ダミアン様の家に仕えているから、こうして目にかけてもらえているだけなの。本来は平民と大差無いわ。だからね、こうやってダミアン様から声をかけてもらえたらだけで幸せなことなの。これ以上、私なんかのために彼の手を煩わせるわけにはいかないわ。」


「でもきっと、ダミはジュリアさんのことを…」


「別にね今すぐどうこうなる話では無いし、国も避難計画を立てているはずだから、私はそれに従うわ。私が特別扱いされる理由はないの。彼には彼にしか出来ないことがあるから。」


「そんな…」


いつもの彼女らしくない、決意のこもった意思のある瞳に、アレスは言葉が続かなかった。

本当は、『そんなことない。ダミはジュリアさんのことが大好きだから無事でいて欲しいだけで、それを素直に受け取れば良いじゃない!』と大きな声で叫びたかった。


とてもじゃないが、そんなことを言える雰囲気では無かった。



「怖がらせてしまってごめんなさい…アレスさんは大丈夫よ。ロワール様がついているわ。しばらくはお互い大変かもしれないけれど、国が落ち着いたらまたこうして一緒にお茶をしてくれるかしら?」


ジュリアはいつもの穏やかな表情でにっこりと笑いかけてきた。そこには、憂いも嘆きも恐怖も強がりも無く、普段の彼女そのものであった。



「もちろんです!私、ジュリアさんのこと大好きです!!」


結局何も言えなかったアレスは、彼女の選択を肯定する代わりに、精一杯の愛を伝えた。

アレスからの真っ直ぐな言葉に、ジュリアは思わず笑い声を上げた。嬉しさに口元が緩んでいる。



「まぁ、嬉しいわ。私もアレスさんのこと大好きよ。」


「あの…絶対にまた会えますよね…」


「当たり前じゃない!ふふ、こんな今生の別みたいなことを言っているけれど、明日からも普通に店を開けるわよ。だから、これからもよろしくね。」


「はいっ!!」



ジュリアはアレスの元気な返事に目を細めるとお代わりの紅茶を注いだ。そのついでに、内緒ねと唇に指を当てながら店に並んでいた菓子の封を開けてテーブルの上に並べた。



「そう言えば、フィオナ先生は今どうしてるんだろう…先生もレジトリス領にいるのかな…」


しばらく顔を見ていないフィオナのことを思い出したアレス。不安そうにティーカップを両手で掴んでいる。



「フィオナ様は、王宮にいると聞いているわ。彼女は魔道具に詳しくて、微量だけど魔力もあるらしいから、今回の件で国に貢献しているのだと思うわ。」


「そう、なんですね…」


自分が何も知らないうちに、皆それぞれの役目を果たしていたことに、アレスはきゅっと胸が締め付けられた。


きっとテトも今は重要な時期で、邸に戻ってくるだけでも大変なのかもしれない、それなのに…自分は彼のことをどれだけ理解しようとしていただろうか…いつもと違うことにどれだけ気付いてあげられただろうか。どうしたら彼の力になれただろう…


いつもテトにもらってばかりだ…

私こそ、テトの手を煩わせてる…




「アレスさん」

「ごめんなさい!なんでも…」


つい闇落ちしていたアレスは、ジュリアの言葉で我に返った。



「ロワール様が来ているわよ。」

「へ……??」


突然の言葉に意味が分からず、ジュリアの視線の先に目をやると、そこには本当にテトが立っていた。

風魔法でやってきたのだろう。彼の周りには微風が吹いていた。




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