ダミアンの気遣い
御者が気付くよりも先に、自らの手で勢い良くドアを開け、転がるように馬車に乗り込んで来た。
その異常さに、車内に待機していた男が瞬時に反応して立ち上がり、懐から取り出した魔道具を構えた。構えの姿勢を崩さぬまま、窓の外を鋭い眼光で睨み付ける。
物々しい雰囲気に、外に待機していた御者にも緊張が走った。
「ダミアン様、よくぞご無事で。魔物の気配は感じられませんが…気配を消すものもいると聞きます。ここはまず、私が外の様子を見て参りましょう。ふふふ、久しぶりの獲物に腕がなりますな。ダミアン様は、私が合図するまで中で待機を。」
ダミアンのことを庇うように馬車のドアの前に構えた高齢の男は、見た目に似合わず交戦的な態度を示し、目は不敵に笑っている。
魔道具を腰の高さに構えたまま、意気揚々と外に出て行こうとする男の肩をダミが掴んだ。
「おい、ランクリフ。ちょっと待て…俺はただ急いで戻ってきただけだって…そう生き急ぐなよ…本当にお前は血の気が多いんだから。」
疲れたように車内の座席に腰を下ろした。そのすぐ隣で、ランクリフは残念そうに肩を落としていた。
「…平和が一番ですな。」
「それ、絶対に思ってないだろ…」
いくつになっても血の気の多い自分の家の執事に、ダミはため息をついた。
ランクリフは高齢で体力は無いが、魔力持ちであり剣技の才もあるため、今夏の作戦に向け、ダミと行動を共にすることになったのだ。
「王宮に戻るで宜しいでしょうか。」
「ああ。」
ランクリフの掛け声でゆっくりと馬車が動き出した。
タテロットが秘密裏に進めてきた今回の大規模掃討作戦について、主要人員となる者達には既に先触れが出されていた。
ダミも大まかに作戦内容を聞き、ランクリフと共にテトの指揮する軍に参加することが決定していた。もちろん、拒否権などは無かったのだが。
そして、今回の従軍に納得した者もそうでない者も、来月には皆王宮に招集される予定である。体調管理という名のもと、貴重な戦力が外に逃げ出さないよう軟禁生活を強いるためだ。
『一度王宮入りすれば、いつ家に戻れるかどうか分からぬ。今のうちに別れの挨拶を済ませておけ。』
与えられた一ヶ月間という短い時間には、暗にこのような意味が込められていた。
だが、元よりテトと運命を共にするつもりだったダミにはなんの迷いも不安もなかった。
彼は、既に王宮内に滞在しており、家族と過ごす時間よりも、今できる準備に尽力していた。
唯一の心残りであったジュリアにだけ、自由に動ける今のうちに会いに行っていたのだった。
「ダミアン」
王宮内の自分に与えられた居室に向かう途中、廊下で馴染みのある声に名を呼ばれた。馴染みはあるが、滅多に自分の名を口にしない彼の声に、ダミは驚いて振り返った。
「テトラスから俺に話しかけてくるなんて珍しいじゃん。なんか急用でも…ひぃっ!!」
名を呼ばれただけでも驚いたのに、テトの顔を見たダミはさらに驚いて悲鳴まで上げてしまった。
赤い絨毯が敷かれ、壁には高そうな絵画が並び、大きな窓から西陽が差し込む、そんな高貴な雰囲気を醸し出す王宮の廊下に、間抜けな声が響いた。
「お、お前、どうしたんだよ、、その顔!!真っ青…というか、もう真っ白じゃん。目の下のクマも酷いし。…それでも顔がいいとなんとかなるもんだな。」
言葉にしているうちに落ち着いたのか、変なところに感心したダミは、顎に手を当てひとりでうんうんと頷いている。
「お前、ジュリアの店に行っていたのだろう?その…アレスは元気にしていたか…?」
「は……………………」
ダミは、普段嫌味なくらい何一つ動じない男がもじもじしている姿に、ドン引きしていた。
いや、元気も何も…お前ら一緒に住んでんじゃん。それをどうして赤の他人の俺に聞くんだよ…馬鹿なの??
どうせしょもないことで痴話喧嘩でもしたんだろう。それか…コイツがなんにも言ってやらないからアレス嬢に愛想を尽かされたとか?うん、あり得るな。
ほんとにこれだから碌に恋愛をしてこなかった坊ちゃんは…こんなこと俺に聞いている暇があんなら、すぐにでも顔を見に行けよ。上手く言葉を紡げないのなら、黙って抱きしめればいいのに。
本当に、この顔が良いだけ男は……世話が焼ける。
「ああ、アレス嬢か…」
ダミはワザと途中で言葉を区切り、何かを堪えるようなな顔をした。もちろん、ダミ渾身の演技である。
そんなことにも気付かないほど切羽詰まっている今のテトは、緊張した面持ちで次の言葉を待った。未だ嘗て見たことのないほど、真剣にダミの言葉に耳を傾けている。
「本人には言うなって止められたんだけど、酷い顔をしてた。あれは、相当泣いたんだろうな…なぁ、テトラス、お前」
「アレス…っ!!」
『お前、言いたいことはきちんと言葉にしろよ。今躊躇して次に会えなかったらどうする?後悔するのはお前だ。俺は、お前にもお前の大切な人にも笑顔でいてもらいたいんだ。』
と、肩を叩きながらカッコつけて言ってやろうと思っていたのだが、テトは最後まで聞かずに風のように、いや、風魔法で本物の風に乗り一瞬で消え去っていった。
「お前な…最後までやらせろよ…」
行き場のなくした彼の手は、仕方なく自分の髪を弄んだ。テトが残していった心地よい微風が頬を撫でた。




