タテロットの独り言
上位貴族からの挨拶を捌き切ったタテロットは、フランタンを引き連れ、休息のために一度会場を退出した。
会場内の出口に戻る道すがら、アレスとテトが楽しそうに踊る様子がタテロットの視界に入った。見ようとしなくても目に入ってしまうくらい、踊っている二人は幸せそうに見えて、輝きを放っていた。
「王族というものは、望めば誰でも妻に迎え入れることが出来ると思っていた。もちろん相手もそう望んでくれた上での話だが。」
タテロットは、テト達を通した部屋とは別の王族専用の控え室で、一際豪奢な椅子に腰掛け、ブランデーをほんの少しだけ加えた紅茶を口にしながらポツリと話し始めた。
護衛はドアの外に配置されており、今この空間にはフランタンと二人きりであった。
部屋の中には、高そうな茶葉の香りに混ざって、年季の入ったブランデーの香りが仄かに漂っている。
「それは事実であったが、あの頃は側室を強要されることまでは考えが至ってなかった。好いた相手と沢山の子をもうければいいと単純に考えていた。若かったな。」
自嘲気味に笑うと、タテロットは紅茶の香りを楽しみながら口元にティーカップを運んだ。その瞳は暗く、淀んでいるように見える。
「好いた相手とそうでない相手、その両方と子を作ることなど、僕には出来ない。そんなことをするくらいなら、僕は、そうでない相手だけを選ぶ方が良いと思ってしまう。このような状況下で相手に想いを告げることなど出来やしない。相手を傷つけるだけだ。でもアイツは違ったんだ。」
タテロットは片手で掴んでいるティーカップにもう片方の手を添え、カップの中に視線を落とした。美しき黄金色の水面に映る、無表情の自分と目が合った。
側に控えるフランタンは、頷きもせずただ静かに彼の独り言に耳を傾けている。
「王宮に入れば、側室を取らねばならないことなど分かっているだろうに、それなのに、たった一人の相手を見つけるためにあれほどの時間と労力を費やして、ようやく想い人が出来て、それでこの先どうするというのか。ようやく見つけた最愛をわざわざ国の事情で一夫多妻に巻き込むなど、僕には到底理解出来ない。」
独り言のように心情を吐露するタテロットに、フランタンは余計な相槌は打たなかった。その代わり、丁寧に紅茶のお代わりを注いだ。
「だから僕は、相手に嫌な思いをさせないよう、相手に我慢させてしまわないよう、余計な気を負わせないよう、この選択をしたんだ。後悔はない。だから、それを勇気がないように言わないで欲しいよね。相手のことを想うからこその判断なのに。」
タテロットの本音に、フランタンは目線を下げるように軽く頷き、肯定の意思を示した。
「大変生意気なことを言わせて頂きますが、それはタテロット様らしい、お優しくて大変ご立派なお考えだと思います。」
タテロットの言い方と声音に、それが本心でないことくらい、フランタンはすぐに見抜いていた。それでも、国のために抑え込んだ主君の感情を、臣下である自分が触れるわけにはいかなかった。せめてもの思いで、タテロットの考えを全力で肯定したのだ。自分にはそれくらいしか出来ないと思いながら。
「今から僕が話すことは全て聞かなかったことにしろ。これは命令だ。」
「御意にございます。」
タテロットはすっと息を吸い込むと軽く目を閉じ、意を決したように口を開いた。
「僕もフィオナと踊りたい。彼女に想いを告げたい。彼女だけを愛して彼女だけを妻に迎えたい。あの年齢でまだ独身というのは、自分のことを待っているのかもと都合の良い解釈をしてしまいそうになる。身分差も国のことも自分の役割も何もかも気にせずに、彼女と幸せになりたい。僕は彼女がいい。彼女だけがいい。」
何食わぬ顔で、タテロットは本音をぶちまけた。あまりに明け透けのない言葉に、フランタンは苦笑を漏らしそうになったが、真顔を貫いた。
「今何か聞こえましたか?風の音でしょうか。」
「ああ、今夜は風が強いからな。外の音だろう。」
二人とも視線を合わさず、窓の方に顔を向けた。防音魔法が掛けられているこの部屋は、耳がキンとなるほど静かであった。
「フランタン、今後の国の話だが、以前伝えた通り僕は僕のやり方でこの国を救いたいと思う。そのために、まずは軍事力の強化を行う。魔力を持つ者を各地域から探し出し、王都に集結させろ。年齢は10を超えていれば問題ない。10未満の者は要監視対象として名簿に載せておけ。期間は一ヶ月だ。一般兵の増強も同様に、こちらは13を超えた男子に兵役の義務を与えることにする。魔道具の増産も指示しとけ。今の倍以上は必要になるだろう。」
「畏まりました。」
フランタンは、胸ポケットから取り出した紙に物凄いスピードでペンを走らせ、タテロットの指示を全てメモをした。その横顔に、動揺の色は見られなかった。
タテロットと同じく、感情の消えた仄暗い瞳の中に微かな光を宿している。
「僕の見立てだと、暖かくなる春頃から魔物の動きが活発になるはず。それまでにある程度の準備をしておく必要がある。向こうから攻め入られる前に攻めないと意味がないからな。」
「承知しました。準備期間は四ヶ月と仮定し、その期間内で全ての用意を終えられるよう尽力致します。魔物の動きについては専門家にも調べさせ、報告書を提出するように致します。」
「ああ、頼んだ。時間を掛けては国民の不安を煽ってしまうからな。短期決戦と行こうではないか。テトラスには私から伝えておく。まぁ、反対されると思うけどな。そうは言っても、国王陛下の決定とすれば逆らうことなど出来やしない。せっかくの最大戦力、有効活用させてもらうぞ。」
ーコンコンコンッ
ドアをノックする音が聞こえた。
これはパーティーの終わりを知らせる合図だ。締めの挨拶として、タテロットが口上を述べることになっている。
「タテロット様、お時間のようですので、会場に戻りましょう。」
「ああ、戻ろうか。」
フランタンの言葉に軽く頷くと、タテロットはいつもの微笑みを浮かべた顔に戻っていた。
この国の存続を賭けた闘いに国民を巻き込もうとしていること、国さえ残れば多少の犠牲は厭わないと考えていること、そんな不穏なことは微塵も感じさせない穏やかな表情であった。




