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【本編完結】異世界転移したので、まずはそれっぽい名前を名乗るところから始めようと思います。  作者: いか人参
本編

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初めてのダンス


会場内に戻るとすぐ、テトは給仕係から飲み物を受け取りアレスに手渡した。オレンジと黄色のグラデーションが美しい、柑橘系のノンアルコールドリンクだ。


小さめのグラスを受け取ると、アレスは一気に飲み干した。緊張と驚きと困惑と、様々な感情が入り乱れ、喉がカラカラに乾いていたのだ。

空になったグラスを当たり前のようにテトが受け取ると、それを給仕係に返却した。



「少しは落ち着いたか?色々と巻き込んでしまってすまなかった。」


場所を移動し、会場の端に置いてある休憩用の椅子にアレスを座らせると、テトは隣に立ったまま心配そうに顔を覗き込んできた。

顔が熱っているアレスのために、右手で冷やした微風を当てている。



「ありがとう。うん、おかげさまでだいぶ落ち着いた。」


テトの手から出力される微風に、アレスは気持ち良さそうに目を細めた。


落ち着いたアレスが辺りを見渡すと、明らかに大物が座りそうな雰囲気の場所に、長蛇の列が出来ていた。


子爵よりも上の家格の者達がタテロットに挨拶をするため待っているのだ。

挨拶をしない者達は、有力貴族への挨拶回りを行っていた。縁家同士の繋ぎの場として活用している者も多くいる。


本来であれば、今宵は、滅多に社交の場に姿を現さないテトと関わる貴重な機会であり、男女問わず多くの人間に囲まれるはずなのたが、アレスのことを気遣わしげに見ているテトの姿に、皆声を掛けられずにいた。

いや、実際は挨拶をしようと近づいてきた者が数名いたのだが、見えない結界に阻まれ、足を進めることが出来ずに断念していた。


テトがアレスとの絶対空間を維持していると、会場内に弦楽器とピアノの演奏が流れ始めた。ダンスが始まる合図だ。



「テト、そういえば、さっき王子殿下が言っていた妹になるってどういう…んっ」


落ち着いてきた頭で、一番に聞こうと思っていたことをようやく口にしたのだが、最後まで言わせてもらえなかった。テトが彼女の唇に人差し指を当て、沈黙を促したからだ。



「その話は、私から改めて話をさせてほしい。秘密にするつもりはないのだが、大事な話だから、きちんと時間を取って話を聞いてもらいたいのだ。」


テトの真摯な声音と真っ直ぐな瞳に、アレスは小さく頷いた。真剣な雰囲気に、とてもじゃないが詮索するような真似は出来なかった。

彼女の反応を見て、テトは安心したように微笑んだ。



「私の我儘に付き合ってくれて感謝する。そして、もう一つお願いがあるのだが、」


テトは不自然なところで言葉を区切ると、アレスの正面に移動して彼女の前に跪いた。片手を胸に当て、何かを希うかのように深く頭を下げた。



「どうか私に、君と一曲踊る誉れ高い役を与えてはくれないだろうか。」


普段よりも少しだけ低い声で言い終えると同時に、テトはアレスに向かって手を差し伸べた。その瞳は熱を帯び、向けられた手には、彼女を欲する気持ちが一心に込められていた。



「ちょっ…」


いきなりのテトの行動に、アレスは気が動転し何を言っていいか分からなくなった。熱が集まる顔を隠すように手で頬を抑えた。


テトは、アレスの慌て振りを気にすることもなく、ひたすら熱い瞳で見つめ続けている。



「私、踊りは全く出来ない、って…」

「問題ない。」


アレスの言葉を了承と受け取ったテトは、彼女の手を取り立ち上がった。その勢いでアレスのことも椅子から立ち上がらせ、支えるように片手で胸に抱き留めた。



「私に身を委ねればいい。」

「わ、分かったっ。」


耳元で聞こえたテトの言葉に、心拍数が上がりっぱなしのアレスは、吐き捨てるように言葉を返した。

そんなアレスのことを愛おしそうに一度ぎゅっと抱きしめると、ダンスフロアまでエスコートしていった。



曲の変わり目に合わせて、フロアの中央に進んで行った二人。

テトはいつになく幸せそうに微笑んでおり、アレスはいつになく緊張で強張った顔をしていた。


真逆の二人だったが、曲が始まり、動き始めた瞬間、アレスの表情は一変した。



「すごっ…」


小さく声を漏らした。



周りから見れば、アレスは優雅で美しいダンスを完璧に踊っているように思えるだろう。それは見惚れてしまうほど流れるような美しい動きであった。


だか、実際は流されていた。


足元の見えないドレスの中、テトは彼女の足を数ミリ浮かせ、上半身は自分の腕の力で支えており、後はもうテトの思うがままであった。


社交界に出ることが無かっただけで、公爵家の厳しい教育を受けており且つ運動神経の良いテトは、無論ダンスにも長けている。アレスの動きを考慮しながら自分のステップを踏むことなど造作でもないのだ。



あっちに行ったりこっちに行ったり、かと思えばくるっと一回転させられたり。自分の意思とは関係なく、予想もしない動きをさせられる。

だが、アレスにとってそれは苦痛では無く、むしろ自身の可能性を広げてもらったようで楽しかった。


テトの腕の中という絶対的な安心感のある中で、羽目を外しているような感覚が心地良くて堪らなかった。




「テト、ダンスってすごく楽しいんだね。羽が生えたみたい!」


顔が近づいたタイミングで、アレスは心底嬉しそうな顔をテトに向けた。



「ああ。私も、踊ることがこんなにも心が弾むものだとは思っていなかった。アレスのおかげだな。」


テトも目を細めて、初めて沸く感情に幸せそうに微笑んだ。


その後、テトは、調子に乗って3回連続で踊り続け、『ロワール公爵とあの女性はどうやら婚約しているらしい』という噂を立ち上げることに成功していた。

もちろんアレスは、3回連続で同じ人とダンスを踊る意味など分かっていなかった。




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