勅命
物凄く高い天井一面に厳かな宗教画が描かれ、煌びやかなシャンデリアがいくつも輝いている。中世のヨーロッパを彷彿とさせる荘厳美麗な眺めに、アレスはあっけにとられていた。
上を向きすぎて後ろにそり返りそうになっている彼女の後頭部を、テトがそっと支えて元の位置に戻してくれた。
「すごいすごいすごいすごい…これぞ正に王宮って感じの豪華絢爛さ。こんなところに自分がいるなんて信じられない…」
高揚する気持ちを抑えられず、思わず小声で呟いた。最も混雑している入り口付近にいたため、彼女の呟きは周囲の雑音に掻き消され、その声を拾う者はいなかった。
キョロキョロと周りを見渡したい気持ちを我慢して、テトの腕に支えられながらパーティー会場であるホールの中心部へと向かっていた。
ん…なんかもう既に…
「不躾な視線が多いな。アレス、不快な思いをさせてすまない。今すぐ排除を…」
「なっ!!」
アレスが感じた嫌な視線の多さを、テトの方から言及してきた。相変わらず物騒な物言いのテトに、アレスは焦って彼の腕を引っ張った。
「大丈夫だから、一旦落ち着こう!ほら、こんなに着飾っているから目立つのも無理ないでしょ?」
「アレスのことをそんな不埒な目で見ているとは…許すまじ…」
「いや、これは私じゃなくてテトの見た目の話だから!」
アレスのフォローは完全に逆効果であり、火に油を注いだだけであった。
さすがに王宮内で魔法を暴発させるほど感情的になるテトラスではないが、アレスに視線を向けて来た相手の顔と家名をひたすら脳内に刻み込んでいた。
「ロワール公爵、ご歓談中のところ大変恐れ入ります。タテロット王太子殿下より、控え室に来て欲しいと勅命を賜り、馳せ参じた次第にございます。」
テトが周囲に撒き散らしている殺気を物ともせず、フランタンが声をかけて来た。
丁寧な物腰であったが、『勅命』という言葉を敢えて使い、拒否権が無いことを遠回しに伝えていた。
「拒否する。」
フランタンの方を見向きもせず、テトは秒で断った。不愉快そうな顔をしている。
こうなることを予測していたフランタンは顔色一つ変えていない。
「拒否はダメでしょう!王子様からの命令を断るなんて普通出来ないって!というか、絶対しないから!王子様を怒らせて国外追放とかになったらどうすんのよ…」
「問題ない。そもそも、私は今日アレスとパーティーを楽しむためにここにいるのだ。」
「いや、王子様にご挨拶するためでしょ…招待状に新年のご挨拶って書いてあったじゃん…」
「…見ていない。」
アレスがマズイと思った時には既に遅かった。
フランタンは目の前で繰り広げられているテトとアレスのやり取りに、目を見開いて驚きのあまり硬直していた。
アレスの令嬢らしからぬ振る舞いにも心底驚いたが、それよりも、あのテトラスに対して怯むことも媚びることもなく対等に話していたことに驚愕した。
権力と実力を兼ね備えてあの美丈夫、結婚適齢期の女性がそれを目の前にして取り繕わずにいられることが信じられなかった。
フランタンが目の前の状況を上手く理解できずに思考を停止していると、今度は気を取り直したアレスの方から話しかけて来た。
「先ほどは連れが大変失礼致しましたわ。私達は王太子殿下のご希望に従います。ご案内をお願い出来ますかしら?」
アレスは、テトに対する口調とは打って変わり、フィオナに習った貴族令嬢の微笑みを浮かべて丁寧な口調を心がけた。
「アレス、私は行くなど一言も、」
「だから、これは行かなきゃダメなやつなんだって!とりあえず行けばいいから。顔出したらさっさと戻って来よう。それならいいでしょ?」
「…分かった。」
相変わらず元気のいいアレスは、小声のつもりがフランタンの耳にもバッチリと届いていた。
取り繕っていることを隠そうとしないアレスに、フランタンは笑いが込み上げそうになったが、死ぬ気で飲み込んだ。
「ご快諾頂きありがとうございます。感謝申し上げます。では、ご案内致します。」
思い返すと口元が緩んでしまうため、さっきの会話は聞かなかったことにして脳内から記憶を抹消した。
何食わぬ顔で、二人を控え室まで案内していった。
控え室と呼ぶにはかなり広く、タテロットが座るであろう椅子は一段高い位置に置いてあり、他に座る場所はない。部屋の後方には護衛が数名控えていた。
その部屋にアレス達を通した後、フランタンはすぐに殿下を呼んで参りますと部屋を出て行った。
テトは、床に膝をつき、王太子殿下に挨拶を行う姿勢を作った。隣のアレスも彼に習い、同じように膝をつこうとしたのだが、その前にテトの瞳が一瞬緑色に光った。
ん…??テトが魔法使った??今目が光ったような…いや、さすがにこんな場所で魔法を使うなんて、そんなチャレンジャーなことするわけないか…見張りっぽい護衛もいるわけだし。うん、見間違いだよね。
見間違いと思ったアレスは気にせずそのまま床に膝を付いた。彼女は、自分の周囲の床だけピカピカに磨かれていたことに気付かなかった。




