パーティーの準備
パーティー当日、アレスは使用人の手を借り、朝から支度に追われていた。
ドレスを着て髪をセットして化粧すれば終わりだから、2時間もあれば終わるだろうと思っていたアレス。考えが甘かった。
朝から始まった支度が終わったのはお昼過ぎであった。あと1時間もすれば王宮に向かう時間となる。
「内臓が苦しい…なんなのこれ…パーティーに行くってこんなに大変なの…?毎週夜会に行くとか異世界もので良く読んでたけど、こんなの無理だわ…」
支度を終えたアレスは、ドレスに皺がよるからと背もたれのないスツールに座らされ、口紅を塗り直されていた。
疲労困憊の顔でボヤくアレスに、使用人達は笑いを堪えている。
パーティーのために着飾ることは貴族令嬢の嗜みであり、皆その日のために仕立てた特別なドレスを着ることを楽しみにしているものだ。
それなのに、すでに成人しているアレスがデビュタントを迎える少女達のような不満を言うのでおかしかったらしい。
「アレス様、こちらで全て整いました。ぜひ鏡でご覧になってくださいませ。」
口紅を塗り直した使用人が恭しく礼をして、アレスに鏡を勧めてきた。
勧められるがまま、鏡の前に立ったアレスは自分の姿に驚いた。
スクエアネックのベロア素材で袖がある上半身に、ボリュームのあるサテン生地のスカートのドレスに身を包んだ、貴族令嬢にしか見えない自分が映っていた。
上半身は深緑はマダムに勧められた色だ。スカート部分はシャンパンゴールドで、光沢のある生地が華やかな印象を与えている。
本来なら嫌厭する色味であったが、髪と眉の色を変えた今の彼女はこの色を選んだ。実際それがとても良く似合っていた。
「すご…私じゃないみたい…こんなに大変身出来るなら夜会が楽しくなる気持ちも少し分かるかも。せっかくだし、私も早く誰かに見せたいな!テト、早く来ないかなぁ。」
アレスの独り言に、使用人の一人が目配せをしてテトのことを呼びに部屋を出て行った。
「アレス、迎えに来た。」
「どうぞ。」
普段と異なり気軽に動けないアレスに代わって、使用人がドアを開けて、テトを室内に迎え入れた。
テトは、アレスの姿を目にした瞬間、安堵の息をついた。
「…良かった。」
「へ?なんだその感想。もっと他にないの?ほら、こういう時こそ、貴族らしい美辞麗句を並べるんでしょ。」
「ああ、悪い。」
アレスが選んだドレスをこの時まで確認していなかったテトは、自分の色が使われていなかったらどうしよう、いやそれは別に良いとしても、万が一他の男、例えばタテロットの青なんて使われていたら…と気が気でなかったのだ。
アレスの顔よりも先にドレスの色味をチェックしてしまったため反応が遅れてしまった。
テトは改めて、アレスのことを上から下までじっくりとその目に映した。
テトは普段と違い、金髪の前髪を横に流してセットし、いつものシンプルな装いではなく、シャツの上にシルク素材の銀灰色のベストを身につけ、その上には銀の刺繍の入った濃い緑のフロックコートを着ている。
いつもとは異なり、美しく輝く豪奢な服を纏い、それに負けないほどの輝きを放つテトの麗しい姿に、アレスは一瞬目が眩んだ。
それなのに、テトは宝石のような瞳でアレスのことをじっと見てくるため、心臓が早鐘を打つ。
「アレス、言葉に出来ないほどの美しさだ。どんな言葉を用いても君の美しさを述べることなど出来ないだろう。君はこの世の理に収まらないほど美しく、神の領域に近いその美を私が語るなど烏滸がましいにもほどがある。だがもし、この愚かな自分にアレスの美しさを語る栄誉を頂戴出来るというのであれば、その時には…」
「はい、そこまでっ!」
自分で要求したにも関わらず、テトの美しい顔でそんな言葉を吐き続けられると頭がおかしくなると思ったアレスは、もうこれ以上は言わせまいと、手を上げて言葉を止めさせた。
最後まで言えなかったテトは少し不服そうな顔をしている。
「まだまだ言いたいことがあったのだが…」
「いやもう十分…これ以上言われたらなんか色々恥ずかしくなってくるからやめて…」
横を向いて顔を赤らめたアレスに、テトの顔に笑顔が戻って来た。ドキドキさせることが出来て満足したらしい。
「失礼。」
テトはアレスに声を掛けると、ぐっと彼女に近づいてきた。いきなりの接近にアレスの呼吸が止まりかける。
テトはジャケットの内ポケットから金で出来た細い鎖を取り出すと、アレスの首元に近づけた。その上に手を翳し、魔法を展開する。
それは一瞬の出来事だった。鎖のような見た目をしていたチェーンが、キラキラと輝く金色の細いチェーンに早変わりしていた。
「これって…」
アレスは、あっという間に首元についた金のチェーンの存在を確認するように手で触れた。それはしっかりと緑の石に繋がれていた。
「ああ、その見た目ではドレスに合わないと思ってな。魔力を込めた金の鎖を用意した。これで防御力も倍増することが出来た。」
満足げに微笑み、ついでに自分の瞳と髪の色にすることが出来たとテトは心の中で付け加えた。
「は……これ以上防御力上げてどうすんのよ…今でも十分過ぎるほど殺傷能力があるってのに…」
「私にはアレスの身の安全が一番大事なんだ。」
「身の安全もだけど、社会的な生活の保障もそこに組み込んでほしいわ…」
思わず遠い目をしたアレスは、脱力してソファーにもたれかかった、つもりが今座っているのはスツールだ。
背中からひっくり返りそうになったアレスをテトがさっと腕を伸ばして抱き止めた。アレスはしゃがんだ状態のテトに横抱きをされる形で、彼の腕の中に収まっている。
「やはり、アレスの身の安全が一番心配だ…」
「…お手数をお掛けしました。」
自分のやらかしに、アレスはもう何も言い返すことが出来なかった。彼の腕の中で顔を手で覆い、小さくなっている。
「心配だ。馬車まで私が運ぶ。」
「え、ちょ、ちょっとーーー!!!だ、大丈夫だって!!!」
テトはアレスのことを抱きかかえたまま立ち上がった。彼女の言葉は無視され、そのまま部屋を出て馬車まで運んで行かれてしまった。
「「「行ってらっしゃいませ。」」」
そんな二人の背中に向かって、使用人達はいつもよりも明るい声で主人のことを見送っていた。




