マダム・カメリア
二人は、王宮で行われるパーティー用のドレスを仕立てに、街に来ていた。まだ新年休み中であるため、開いている店はなく、人通りも少ない。
そんな中、唯一開いている店があった。
『マダム・カメリア』
店先に吊るされた、銅板で出来た楕円型のプレートに店名が刻まれている。
店の前には珍しい青い薔薇が花壇に植えられ、店の外壁は石造りで出来ている。厚みのある窓ガラスにはレースのカーテンが下がっていて中の様子は伺いにくい。その見た目からして、いかにも高そうな店であった。
「お待ちしておりましたわ。いらっしゃいませ、ロワール様。」
店主と思われる、セレブ感溢れる中年の女性がアレスとテトのことを出迎えてくれた。
銀の刺繍が生地全体に施されたベロア素材の黒のドレスを着ている。胸元には、エメラルドグリーンの宝石がついたブローチが輝いていた。テトの来店に合わせ、彼の色をこっそりと忍ばせていたのだ。
「マダム、先に伝えた通り、急ぎ彼女にドレスを作って欲しい。」
「ええ、もちろんですわ。」
マダムはにっこりと微笑み、アレスのことを上から下まで、不躾にならない程度に眺めると、軽く頷いた。
骨格と肌や髪、瞳の色からアレスに似合うデザインをイメージすることに成功したらしい。
ドレスをオーダーメイドする仕組みをよく分かっていないアレスは、余計なことは口にせず、適当に微笑んでおいた。
この店は、王家御用達として有名であり、貴族達からの人気も高い。テトは、アレスのために公爵家の権力を存分に使って、まだ新年休み中だったこの店を開けさせた。
そんな力技をしてきたにも関わらず、マダムは真底嬉しそうな顔でテト達のことを出迎えてくれた。
アレスは、マダムに連れられ、店内奥にある採寸用の部屋に移動していた。
床全体にふかふかの毛足の長いカーペットが敷かれ、大きな三面鏡が置いてある。鏡から少し離れた場所に、ソファー席があり、テーブルの上にはお茶のセットが用意されていた。
マダムの案内で、まずはソファーに座らされたアレス。目の前でマダムが慣れた手つきで紅茶を淹れてくれた。
「それにしても…まさか、あの坊ちゃんが女性をお連れになるなんて…ふふふ。あら、ごめんなさいね。」
マダムは、昔のことを思い出したのか、優雅に手を口元に添えながら、上品に笑った。
「テトって、女性にモテなかったのでしょうか。あんな顔しているのに?やっぱり性格に難があるのか…」
最後は、ティーカップを手にしたまま停止し、深刻そうに呟いたアレス。
初対面で年上で王家との繋がりも強そうなマダムに、アレスは丁寧な振る舞いを意識していたが、早々に本音が漏れた。
そんなアレスの本音と本気の表情に、マダムは笑いを堪えるのに必死であった。
口元がひくつき、気を紛らわせるためアレスにお代わりを注ごうとティーポットを手にしたが、その手は震えてカタカタと陶器のぶつかる音が響いた。
「そ、、そんなことはございませんわよ。さぁ、身体も温まったでしょうから、採寸を始めましょう。ロワール様が待ちくたびれてしまいますわ。」
笑いたい衝動を抑えながら必死にアルカイックスマイルを作ったマダム。
あ…マダムが噛んだ。
こりゃ絶対に気を遣わせちゃった…余計なことは聞いちゃダメだな。こういうのはやっぱり本人に聞かないと!又聞きは良くないから、あとで本人に尋ねてみよう。
「はい!よろしくお願いします!」
いつものように元気に返事をして勢いよく立ち上がった。そんなアレスの言動に、マダムはまたもや吹き出しそうになっていた。
その後もマダムにとっての試練は続き、仕立てに必要な下準備を全て終えた時には、精神的疲労でかなりグッタリとしていたのだった。
「テトお待たせ!」
「おかえり、アレス。気に入ったものは出来そうか?」
テトは、店内に入ってすぐの場所にある、待ち人用のテーブル席に座っていた。
彼の手には相変わらず、いつもの分厚い魔法関係の書物があった。待ち時間を利用して調べ事をしていたらしい。
「うん!すっごく楽しかった。ドレスってあんな風に作っていくんだね。生地だけで何十種類もあって、それで色も選ぶでしょ?それに、重ねる布やリボン、フリルとか、ほんと色々あるんだね!てっきり、テトが緑一色のドレスを勝手に仕立てているとか思っていたから、自分で色々選べて楽しかった!」
「いや、それは…いや、良かったな。喜んでもらえて私も嬉しく思う。」
「ん?なんで二重否定?結局それって、」
「ロワール様、先日ご要望頂きましたドレス仕上がってますわよ。サイズもぴったりでございましたわ。」
奥から戻ってきたマダムは、テトから依頼のあったというドレスを手にしていた。
それはアレスがイメージしていた、緑一色のそれそのものであった。
「…ありがとう。」
「こちらは、ご試着されますか?採寸した数字と同一でしたので問題ないと思いますが。それと、こちらは数がありますので、公爵家へのお届けで宜しいでしょうか?」
「…頼む。」
「ロワールさん…?」
真っ黒な笑顔を浮かべたアレスは、わざと苗字でテトのことを呼んだ。
怒られる要素しかないテトは、怖くてアレスの方を見れず、閉じた書物をまた開いて続きを読もうとしている。
そんな彼の行動にイラッとアレスは、開きかけた書物をテトの手ごと、力づくで閉じた。
「こらーーーっ!!!少しでも悪いと思ってるなら、まず謝る!逃げるな晒すな!今話すなら、話だけは聞いてあげる。この時を逃したら一生聴いてやらないからね!!」
「申し訳ない…これには深い訳があって…」
「言い訳は良いから、さっさと事実だけ話しなさい!!」
アレスの圧に負けたテトは、この後、勝手に自分の色のドレスを10着も仕立てていた事、ドレスのサイズは使用人から聞いた事、それらについて洗いざらい話す羽目となった。
そんな二人のやり取りにマダムが無反応でいられるわけもなく…耐えきれなくなった彼女は、客である彼らを放置して、店の奥へと逃げ込んでいた。




