手紙
昨晩夜更かしをしたアレスは、日が昇り切った頃に目を覚ました。新年の始まりに相応しい、よく晴れた気持ちの良い天気であった。
すっかりこの邸での生活に慣れたアレスは、ベルで人を呼び、手早く身支度を整える。支度が整うと、それを察知したテトがいつものようにドアをノックしてくる。
「明けましておめでとう。」
ドアを開けてテトのことを迎え入れたアレスは、前の世界と同じように新年の挨拶をした。が、それは伝わらなかったようで、テトが首を傾げている。
「アケマシテ?それはどういう意味だ?」
いつも無表情に近いテトが珍しく小首を傾げた。キョトンとした顔はいつもよりずっと幼く見え、普段との差にアレスは小さく吹き出した。
「ごめんごめん。伝わらないよね。ええと…新しい年が始まってめでたいな、今年も宜しくくらいの意味かな。そんな気にしなくていいよ。」
アレスは笑いながら顔の前で軽く手を振った。
彼女の言葉はこの国の言葉に自動変換されるが、ここにない言葉は意味を持たないただの音として認識されてしまう。
「アケマシテおめでとう。なるほど、これはいい言葉だな。」
テトは慣れない言葉を口にすると、満足そうに微笑んだ。アレスのことをまた一つ知れたとテトは嬉しそうにしている。
遅い朝食を終えると、もう既に昼過ぎであった。天気が良いとは言え、外は寒く、あと1時間ほどで陽が沈んでしまう。
アレスとテトの二人は、今日は外に出ず、陽の光が入るガラス作りのサロンでのんびりと過ごすことに決めた。
アレスはこの前の雑誌の続きを読み、テトは小難しそうな分厚い魔導書をいくつも広げ、忙しなくペンを走らせている。
あまりに真剣なその様に、アレスは気になってテトの手元をチラリと覗いたが、それはただの記号の羅列にしか見えず、全く理解出来なかった。
ガラス越しに暖かい陽の光が差し込み、同じ空間にいながらも、それぞれの時を過ごす穏やかな時間が流れていた。
「失礼致します。旦那様、王宮から封書が届いております。」
開け放していたドアから、使用人が申し訳なさそうに声を掛けてきた。彼女の手には銀のトレーがあり、その上には王家の紋章が入った真っ白な封書が置かれている。
『王宮』の言葉に、テトの目元がピクついた。嫌な予感を察したらしい。
軽く手を上げ、無意識に火魔法を構築し始めたが、展開する寸前で風魔法に切り替えた。
ふわりと穏やかな風に乗って、トレーの上に乗せてあった封書はテトの手元まで飛んできた。
「すごっ……!!新年早々魔法を目に出来るなんて、こりゃご利益がありそうだ。」
アレスはキラキラとした瞳でテトの手元に飛んできた封書を見つめ、手を合わせて拝み出した。
一方のテトは、封書を開けて二つ折りになっていた便箋を取り出すと、ゆっくりと広げ、中身を目にしたと思った瞬間、便箋を片手でグシャリと握り潰した。
「ちょっとーーー!!!!人様からのお手紙に何してんのっ!!しかも王宮からのやつ!!それはダメでしょう!」
テトの奇行に、アレスは思わず立ち上がり、全力でツッコミを入れてしまった。
「…これは私への嫌がらせだ。」
便箋を握りしめたまま、テトは苦々しく言った。相当に、嫌な内容が書かれていたらしい。
「そんな、嫌がらせなんて…テトの思い込みだよ。王宮からのお手紙でしょ?貸して。私にも見せて。」
早く見せろとテトに詰め寄るアレス。だが、見られたらマズイことでもあるのか、テトは横を向いたまま目を合わせない。拗ねた子どものような態度であった。
「…分かった。じゃあ、それ捨ててくるから貸して。」
アレスの言葉に、テトは素直に握り締めていた紙を差し出した。その瞬間、アレスはしてやったとばかりに勢いよくグシャグシャの紙をひったくった。
「アレスっ!」
取り返そうと手を伸ばしたが、するりとかわされてしまった。アレスは、テトから距離を置くと、奪い取った紙に目を落とした。
「え…何これ、ただのパーティーへの招待状じゃん…」
もっと面白いものかと思ったとでも言いたいげな口調であった。




