御礼をしてもらおう
「アレス、御礼は何が良い?遠慮せず、好きに言うといい。」
テトと名乗った男は、親しげな表情を浮かべている。
アレスと自己紹介を交わしたことで、どうやら仲良くなったつもりでいるらしい。
「とりあえず、フード被ってもらって良いですか?」
平常心で交渉の場に付きたかったアレスは、歯に衣着せず、結構な勢いで失礼なことを言い放った。
この顔面だと、上手く話せなくるから、一回顔を隠して欲しい…
慣れるまでは、見るたびに目が痛くなりそう。イケメンって、度を越すと武器にもなるんだね…
「…分かった。他には?」
ちょっとだけ動揺しているような、だけど嬉しそうな色のする声音だった。テトは、フードを被り直した。
「とりあえず、今必要なことを全て言っていい?この中で選んで。えっとまずは、今日の寝床と夕飯と明日の朝食でしょ、あとは、数日分の着替えと生活用品、それと働き先。出来れば、住み込みで働けるところがいいな。当面住める場所が必要だから。あと、この国のことを知りたくて…親切な人とか誰か紹介出来たりしない?」
あ・・・
何でも良いなんて言ってくるから、つい自分の欲望を全て曝け出してしまったけど…ペットボトルの水(しかもたったの250ml)に対する対価じゃないわ。自分で言っといてなんだけど、ぼったくり商法半端ない…当たり屋の気分になって来た…
…でも、まいっか。
嫌なことや出来ないことは断られるだけだし。何事も言うだけはタダだもんね!!
「他には?それだけか??」
「は?」
テトは、アレスの言葉を一言一句漏らさないよう、必死にメモを取っていた。どこから取り出したのか、紙とペンを手にしている。
フードに隠された表情は見えないが、彼の声は本気だった。
「いやいやいや、ちょっと待って…それだけって…こんなにふっかけられてテトの感覚おかしくない!?」
「な、名前で呼んでくれた…」
「はい?」
「コホンッ。…何でもない。今のは記憶から消し去ってくれ。アレスが今言ってくれたこと、それら全て叶えよう。君には、返しきれないほどの恩があるのだから。」
「いや、、まぁ、そっちが良いならもう何も言わないけど…後から返せって言われても返せないから。それだけは覚えておいて…いや、さすがにちょっと怖いからそのメモに一筆書いてほしい。」
先ほどまで、顔の見えない自分と堂々と話していた人と同一人物とは思えない弱気な姿に、テトは思わず微笑んだ。
「アレスが安心出来るのなら、そんなもの何枚でも書いてやろう。」
「あ、数はいらないよ。一枚あれば十分だから。」
「…分かった。」
テトは肩を落とした。
自分の気持ちの大きさを伝えたかっただけなのに、アレスからは現実的な答えが返って来てしまったからだ。
気を取り直し、新しいメモ用紙に誓いの文言を書くと、アレスにその紙を手渡した。
「ありがとう。」
「大したことではない。それと…先ほどの水の入っていた入れ物をちょっと貸してもらえるか?」
アレスは、なんで?と思いながらも、これから特大の恩を受ける相手だからと、素直にペットボトルを差し出した。
テトはまたそれを恭しく両手で受け取ると、片手に持ち直した。そして、もう片方の手をペットボトルの上にかざし、何やら聞こえない程度の小ささでぶつぶつ言っている。
言い終えた瞬間、彼の瞳がきらりと緑色の光を放った。
あ、さっき見た綺麗な緑色だ…
「この中の水は飲んでも減らない。飲んだ分は、蓋を閉めると補充されるようにしたから、残りを気にせず飲むといい。」
「え…?」
テトが返してきたペットボトルには、満タンの水が入っていた。
「うそ…なにこれ魔法みたい…すごっ!!」
「アレスは魔法を使えないのかい?」
「そんなの使えないって。テトは使えるんだね。すごい…いくらでも飲める水なんて…ん??え…どうして私に水を要求したの…?その感じなら、水なんていくらでも湧いてくるんでしょ?」
図星であった。
テトなら、水などいくらでも出すことが出来る。水がなくて困るという状況に陥ることなどあり得ないのだ。
「それは、その…ゴニョゴニョ…」
「はぁ…はいはい、訳アリですね。何も聞きませんよ。その代わり、」
「その代わり…?」
「満タンの水を常に持ち運ぶのは重いから、最大量を入れ物の半分にして欲しい。いくら飲んでも減らないのなら、それで足りるでしょ。」
「承知した。」
アレスの我儘でしかない要求にも、テトは反論することなく素直に頷いた。
むしろ、自分の腕の見せ所だと嬉々としていた。
先ほどよりも長く複雑な言葉を呟き、見事ペットボトルの中の水を半量に収めることに成功していた。