乾杯!
アレスは、このままずっとテトの魔法を見ていたかったのだが、寒い寒いと腕をさすりながら騒ぐダミに、渋々室内に戻ることにした。
席に戻ると、テトがアレスのオレンジジュースにほんの少し赤ワインを注いでくれた。それは、冷えた身体を温めるための配慮であった。
「レッドワインクーラーっ!!」
目の前で作られた即席のカクテルに、アレスは瞳を輝かせた。
『赤ワインを飲み終わったグラスに、間違って注いだオレンジジュース』と呼んだ方がしっくりくるほど薄い飲み物であったが、アレスはそれでも構わなかった。
何より、皆と同じものを味わえることが嬉しいのだ。
「どっかの馬鹿にぶち壊しにされたが、気を取り直して…改めて、この出会いに感謝と新しき日々に祝福を…」
「…って、なんでダミが乾杯しようとしてるのよ。ここは、当主様の出番でしょう。」
「…いや、こういうのは」
「ですって、アレスさん。大役が回ってきたわよ。」
ジュリアに微笑みを向けられたアレスは、コホンッとワザとらしく咳払いをして立ち上がった。左手を腰に当て、銀のゴブレットを手にした右手を高々と掲げた。
「来年も再来年もその次の年も…ええと、死ぬまでみんなが笑って楽しく過ごせますように!せーの、乾杯っ!!」
「「「乾杯っ」」」
「ぶはっ!って、そんな乾杯の口上初めて聞いたんだけど。さすがに欲張り過ぎだって!!あははははっ」
「アレスさんらしくて良いでしょ!いつも元気をもらっているんだから。こっちまで笑顔になるわ。」
「ふふふ。私も笑顔のアレスさんが大好きよ。これからも私のお店共々よろしくね。」
「私も笑顔のアレスが…いや、笑顔でも泣き顔でもどんな時でも私のアレスに対する気持ちは変わらない。いつだって何をしていたって、アレスのことを想っている。」
皆、思い思いにアレスに声を掛ける中、一人だけ本気で自分の想いを伝えてくる男がいた。勝手に愛の告白を始めたテトに、案の定、ダミが過剰反応を示した。
「おい、テトラス。」
赤ワインを一気に煽って空にすると、ワザとらしく勢いよくテーブルに置いた。カンッと甲高い音が響く。
ダミの行儀の悪い行いに、すかさずフィオナの鉄拳が横から飛んできてた。
今度は鈍い音が響いていた。
いててと頭をさすりながら涙目になっているダミに、ジュリアは必死に笑いを堪えている。
「騒々しいな。」
「俺はお前に話があるって言ってんだよっ」
「で?」
テトは、騒ぐダミの方を見向きもせず、優雅にゴブレットを傾けて香りを楽しみながら赤ワインを飲んでいる。
余裕綽々のテトに、ダミのボルテージは上がる一方だ。
「お前は!もう少し反応しろよ。俺だけ熱くなって馬鹿みたいじゃねえかっ」
勢いよく立ち上がろうとしたが、フィオナとジュリアの二人に、両側から椅子の脚を抑えられ、それは叶わなかった。
行き場を無くした衝動を発散させるように、ダミはまたワインを煽って飲み干した。
礼節のカケラもなく一気飲みを繰り返すダミに、隣のフィオナは額に手を当て、ため息を吐いている。弟の振る舞いが恥ずかしくて堪らない。
「私が熱くなるのは、アレスに対してだけだ。」
「本当に、口の減らねぇ野郎だなぁ…隙あらば惚気やがって…」
「まあまあ、お二人とも。」
終わりの見えない言い合いに、見かねたジュリアが宥めるように声を掛けた。
それは、幼な子をあやすような穏やかな口調だったが、眉間には皺が寄って顔が引き攣っている。彼女の圧のある笑顔に、テトとダミは大人しく料理を食べ始めた。ワインを煽り過ぎたダミは、既に顔が真っ赤だ。
「相変わらず仲が良いねぇ。」
アレスは二人の方を見向きもせず適当にそんなことを言うと、大きめに切ったステーキを口の中に放り込んだ。口内に溢れる肉の旨みに、目を閉じて幸せそうに微笑んだ。
目の前のご馳走を堪能することに必死で、テトとダミの小競り合いなどアレスの耳には一つも入っていなかった。




