魔法使いと魔力使い
今回の晩餐会の主催者でありこの家の当主がいなくなったにも関わらず、この部屋に焦る者など一人もいなかった。
約1名は、邪魔者がいなくなったと、むしろ嬉しそうにしている。
「よし!アレス嬢、煩い奴もいなくなったことだし、せっかくだから俺が赤ワインを注いでやろう。」
ダミは、給仕係からワインボトルを奪うと、アレスの席までやってきた。
「でもさすがに、飲み過ぎると戻って来た時にテトに怒られちゃうんで、このくらいまででお願いします!」
そう言ってゴブレットの外側から手で高さを示してきたが、それは9分目ほどの高さに位置していた。
「え!?そんだけでいいの!!?いやぁ、アレス嬢は謙虚だねぇ。」
悪ノリして来たアレスに、ダミも乗っかってきた。そんな二人の掛け合いに、フィオナとジュリアも声を出して笑っていた。
なごやかな空気に包まれる中、窓の外で何かが一瞬光ったように見えた。
外の異変に真っ先に気づいたのはダミだった。
今の光が僅かに魔力を帯びていたことを瞬時に察知し、それと同時に懐から細い筒形の魔道具を取り出した。
女性陣を背に庇うように、ガラス扉に向かって立ち上がると、手にした魔道具に魔力を通し、防御壁を展開した。
ここまで僅か2秒ほどの早技であった。
魔力はあるが魔法を使えないダミは、魔道具で後ろを守りながら剣で戦うしか術がない。脅威の正体が分からない以上、対策も立てられず、ただ守りに徹することしかできない。その焦りから額に汗が滲んでいる。
先ほどまでの和やかな雰囲気とは打って変わり、臨戦態勢に入ったダミに、皆を巻き込んで張り詰めた緊張感が漂う。
「あれテトの魔法だ。」
「え??」
最も魔力に慣れていないはずなのに、アレスは断言した。そして、ガラス扉から外に向かって行ってしまった。
大切な友人の大切な人を危険に晒すわけにはいかないと、ダミは、フィオナ達に防御壁を展開したまま、予備の魔道具を手にてアレスの後を追いかけた。
光が見えた庭園の方まで行くと、そこにはこの世のものとは思えない光景が広がっていた。あまりに浮世離れした眺めに、アレスは言葉を失った。
いくつもの水の球が浮かんでおり、一つ一つの球の中には炎が閉じ込められ幻想的に火が揺らいでいる。さらに、魔法ランプによって全体的に照らされ、空は夜なのに地上だけ陽の光に照らされているような不思議な空間になっていた。
そして、極限まで冷やされた空気がキラキラと輝き、ダイヤモンドダストのような煌めきを夜空全体に与えている。
魔法によって作り込まれた美しい風景の中心に、外套を羽織った長身の男が佇んでいた。
「テトっ!」
「アレス、こんな夜に外に出ては風邪を引く。」
テトは火魔法を適当に辺りに散らして空気を温めつつ、自分の着ていた外套をアレスの肩にかけた。
「ねぇ、これテトの魔法でしょ?すっごく綺麗!!はぁー。自分の白い息ですら魔法がかけられたみたいに見える。ほんとにすごい…」
白い息をはきながら、アレスは上を向いてぐるぐると周りを見渡した。キラキラと輝く光景をその目に焼き付けようと必死に目を開く。
「おい、お前…いきなり魔法なんて使うなよ!何事かと思ったじゃねえかっ!!こういうことは事前に言え!てか、こんな家の庭で魔法なんて使うなよ!お前捕まるぞ!」
テトの考えなしの行動に、ダミは怨みつらみの籠った声音でキレた。いつも減らず口ばかりの彼だが、今回ばかりは本気で怒っていることが見て分かる。
「すまなかった。」
本気の怒りを感じたテトは、珍しくダミ相手にきちんと謝罪をした。
しかも、軽く頭まで下げるおまけ付きだ。こんな殊勝な態度を取られては、ダミもこれ以上追及することはやりにくい。
何より、キラキラと瞳を輝かせて回転するアレスのことを、テトは誰にも見せたことのない優しい瞳で見つめていたことに、怒る気も失せたのだ。
ダミは、せっかくだから、ジュリア達も呼んでくるわと言って、駆け足で戻っていった。気を利かせて二人きりにしてやったのだ。
「ねぇ、テト。この魔法どうしたの?」
飽きずにクルクル回り続けているアレスは、テトの方を向いたタイミングで尋ねた。
「これは、魔法使いが珍しくなかった時代に、新年を祝うためだけに作られた魔法らしい。意味はないがとにかく美しいと曽祖父の手記に残されていたな。アレスとの思い出になればと思って、試してみたのだ。」
「そんなこと…意味がないわけないよ。私この魔法を見て、ものすごーく幸せな気持ちになったから。人の気持ちを動かせるって、凄いことだよ。テトの魔法は人を幸せにする。」
アレスは嬉しそうにもう一度くるりと回り、テトに花開いたような笑顔を向けた。
「テト、本当にありがとう。私は絶対に今日見た魔法のことを、今日の日のことを忘れない。この世界で初めてちゃんと見た魔法だから。」
「そう言ってもらえて私も嬉しく思うよ。アレス、私のところに来てくれて本当にありがとう。来年も良き一年にしよう。」
二人は、どちらからということもなく、互いに引き寄せられ、一歩近付いた。手を伸ばさなくても触れられる距離に互いの体がある。
そのままゆっくりと更に引き寄せられていく。
「おーい、テトラス!二人を連れてきたよー!」
「!!」」
ダミの声に、アレスとテトは一瞬動きを止めた後、不自然なほどに距離を空けた。
「こらっ!!なんで良いところで声を掛けるのよ!この、愚弟がっ!!」
「ダミアン坊ちゃん、さすがに今のはまずいですわ。人として配慮に欠けます。」
「いやいや、ここはもう邪魔してなんぼでしょ。散々チャンスはくれてやったんだし。」
ダミは、女性二人から責められても全く動じず、いつものようにヘラヘラと笑っていた。




