冬の夜
「眠れない…」
襲撃に遭った日の夜、早めにベッドに潜り込んだものの、目が冴えしてしまい一向に眠くなる気配がない。
アレスは、夜風に当たって騒ぐ心を落ち着かせようと、バルコニーに出た。冬の夜は凍えるほど寒く、部屋にあったストールを夜着の上から羽織った。
バルコニーからは、庭園を望むことが出来る。人が歩くのに困らない程度の明かりを放つ魔法ランプが等間隔で設置されている。
漆黒の暗闇の中、ストールの端と端を合わせて握り締め、ぽつぽつと照らすランプの灯りをボーッと眺めていた。
「眠れないのか…?」
「ぎゃあっ!!!」
ボーッとしている時にいきなり話しかけられ、アレスは叫び声を上げた。
勢い余って尻餅をつきそうになったが、テトが彼女の背中を支えてくれていた。
「ちよっと!怖いからいきなり話しかけてこないで!って、テトはどこからやってきたの…?もしかして…」
いきなり現れたテトにクレームを付けながらも、一体どこからやって来たのか気になったアレス。言葉を途中で止め、部屋の方に視線を向けた。
「違う!部屋の中には入っていない。」
「じゃあどうやって…」
「風魔法で飛んできた。」
「え?テトも外にいたの?」
「いや…」
外に出ていなかったテトが、どうして自分がバルコニーに出ていることが分かったのだろうと、アレスは不思議そうに首を傾けた。
そんなアレスに、テトは非常に気まずそうな顔をしながら、黙って彼女の胸元で光る緑色の石を指差した。
「げっ…この発信機、高性能過ぎない??怖いんですけど…」
「あくまでも常識の範囲内で使うつもりだから、そこは安心してほしい。」
そんなことは当たり前だろうと思ったアレスは、呆れて笑い声を上げた。声を出して笑ったせいか、身体が温まったような気がした。
「なんか暖かくなってきた。」
「ここ一体の気温を魔法で上げたからな。こんな寒い夜に外にいてはアレスが風邪を引いてしまう。」
「すご…さすがはテト。私もこんなふうに魔法が使えたらなぁ。」
アレスはぼんやりと暗闇を眺めながら、もしも魔法が使えたら…とキラキラした世界を頭の中で思い描いた。
「私はアレスが魔法を使えなくて良かった。この国では、魔力を持つ者同士は結婚できないからな。だから、一番最初アレスに会った時、君が外から来たと聞いて不安に思ったんだ。」
テトが当たり前のように言った『結婚』の言葉に、アレスは一瞬ドキリとした。
しかし、それよりも、最後の言葉の方が引っかかった。
「ん?外から来た人間のことを不安に感じるの?」
テトと出会ってから、迫害や差別を受けることなく、当たり前のようにこの世界の一員として充実した毎日を送ってきたアレス。
どうにも変えることができない、自分が余所者であるという事実を思い出し、一気に目の前が暗くなった。
これまで出会った人達も、私が別の世界からやってきた人間と知ったら、私のこと避けるかな…今までの関係は無かったことになっちゃうのかな…
その前に、こんな突飛な話、信じてもらえるかどうかも怪しいけど。
それでもやっぱり、今のこの生活を守るためには、これは隠し通さないといけないことなんだろうな。頭おかしいと思われそうだし。
自分が生まれ育った世界の話を誰にもすることが出来ないのは少し悲しいけれど、でもあの時死んだはずの自分がこうやってまだ生きていて、新しい居場所が出来て、友達もいるんだから、これ以上望んだらバチが当たるわな。
「フリーデン王国に隣接している他国は一つもない。大昔は、小国が点在していたらしいが、今はもう魔獣に潰されてしまっで跡形もないはずだ。」
「えっ…??」
「前に、魔物の生息地のど真ん中にこの国があると言っただろう?魔物の住処を通らなければ他の国に行くことは出来ない。普通の人間ではまず無理だ。だから、外から来たと聞いた時、アレスは魔法が使えるのだろうと私は思ったのだ。」
「それってつまり…」
「ああ。アレスがどこか別の異なる場所からこの国に来たことに気付いていた。見慣れない格好だったしな。」
「う、そ………知ってたの?どうして黙っていたの…??そんな得体の知れないやつ、どうして家に入れたの…??どうして……」
「良かれと思って黙っていたのだが、余計に混乱させてしまったな。すまない…」
テトは、横からアレスのことを抱きしめた。小柄な彼女は、彼の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「なんで、なんでテトが謝るんだよ…私が嘘をついていたのに…どうして私なんかのために…」
「気付いていることを勘付かれては、アレスがどこか遠くに行ってしまう気がしてな。これは、君にそばにいて欲しい私が勝手にした自分本位の行動だ。君が気にすることではない。だから何も気にせず、これからも私のそばにいてくれ。私の望みはそれだけだ。」
「本当に…テトはどこまでも私に甘いんだから…」
「惚れた相手には優しくするものだろう?」
「またそんなこと言って!」
自分の腕の中でジタバタするアレスが愛しくて堪らず、テトはぎゅっと抱きしめる力を強めた。彼女のことを丸ごと包み込むように、長身を屈めてアレスの頬に顔を寄せた。
「事実なのだから仕方ない。」
いつもの調子とはまるで違う、初めて聞いたような甘い声だった。
テトのことをずっと頼れる保護者のように感じていたアレス。だが、この時は違った。鼓動が一気に速くなった。
「寒くないとはいえ、夜更かしは身体に障る。そろそろ部屋に戻ろう。」
テトに手を繋がれ、部屋の中に戻って来たアレス。彼は、おやすみとひどく優しい声で一言いうと、アレスの部屋から出て行った。
「余計に眠れないんだけど…」
誰もいない部屋の中、アレスは熱を帯びた頬に手を当て、1人ぼやいていた。




