認識の齟齬
「あの、すみません。」
「はい!何でしょうか。」
この日も、いつもと同じようにジュリアの店で働いていたアレス。
客足の減る昼時、声を掛けられてアレスが振り向くと、そこには宝石の付いたネックレスを手にした若い男性が立っていた。
「この宝石の色味なんですけど、恋人の瞳の色かどうか確かめたくて…太陽の下で一度見てみても良いでしょうか。」
襟付きのシャツにジャケットを羽織った身なりの良い男性は、丁寧な物腰で尋ねてきた。
「もちろんです!今日は陽が出ていますから、ちょうど良いですね。一緒に店先に出て見てみましょうか。」
男性のお願いに、アレスは迷うことなく快諾した。
他に客の姿もなかったため、奥に引っ込んでいるジュリアに声を掛けることもなく、アレスは男性と一緒に店先に移動した。
男性はネックレスを手のひらに乗せ、太陽の光に当てた。角度を変えながら熱心にその色味を確認している。
その一生懸命な様子に、恋人と仲が良いんだろうなぁとアレスは、温かい気持ちになっていた。
「ンーーーーッ!!!!」
いきなり背後から体を押さえられ、口を塞がれた。
強い力に身動きが取れないアレスは、目の前にいる男性客に異変を知らせようと、必死に声にならない声を上げた。
男性客は、ようやくアレスの方を振り向いたが、様子がおかしい。
「おい、その女を拘束して馬車に乗せろ。」
男性客の豹変にアレスは言葉を失った。自分のことを拘束している相手とグルだったと知り、絶望で視界が霞む。
「いやしかし、すぐに殺せと指示が…」
「はぁ?どうせ殺すなら、俺が遊んでからでも同じことだろ?それともお前…俺に指図でもするつもりか?随分と偉くなったなぁ?」
狂気じみた声音に、アレスを拘束している男が怯んだ。
指示された通り、アレスの手をロープで縛り、猿ぐつわをした。そのままアレスのことを肩に担ぎ上げ、停めてあった馬車のドアを開け、車内に放り込んだ。
アレスは、車内の硬い床にぶつかる衝撃に備えて、ぎゅっと口と目を閉じて身を固くしたが、いつまで経っても想像した衝撃はやって来なかった。
彼女の胸元で光る緑色の石から、防御魔法が展開されたのだ。
ワケが分からないまま、恐る恐る目を開けると、ドアが閉められた馬車の中、一人きりであった。
薄暗い馬車の中、首元の緑色のネックレスが光を放っているように見える。
「テト…」
見慣れた懐かしい緑色に、思わず泣きそうな声で彼の名を呼んだアレス。
彼なら自分の居場所が分かるはず。いや、こんな店の目と鼻の先では異変に気付かないかも…でもきっと、先に気付いたジュリアさんがテトに伝えてくれるはず。そしたら彼は飛んできてくれるからここまで一瞬で来れる。だから、それまでの辛抱だ。
防御魔法が効いてるみたいだから自分に外傷は与えられないと思う。だから大丈夫。私は最強の魔法使いに守られているんだから。
大丈夫大丈夫、きっと大丈夫…
ガタンッ
アレスが自分自身を奮い立たせていると、乱暴に馬車のドアが開いた。客のフリをしていた男が車内に乗り込んできたのだ。
「死ぬ前に俺と楽しいことが出来てお前は幸せだな。なぁ?」
「…っ!!!」
アレスのことを視線で舐め回し、ニタリと笑う男。猿ぐつわをされているアレスは悲鳴を上げることすら出来ない。恐怖に身を固めることで精一杯だ。
男は、恐怖に怯えるアレスのことを愉快そうに笑い、手を伸ばしてきた。
「ぐはああああああああああっ!!!!!」
だが、男がアレスの身体に触れようとした瞬間、緑色の光とともに男の身体が吹き飛ばされた。狭い馬車の中、背中から内側のドアに勢いよくぶつかり、骨が折れる音と男の悲鳴が響いた。
「!!!!」
「アレスっ!!!!!!!!!!!」
吹き飛ばされて動かない男の姿に呆然としていると、テトの声がした。
彼が助けに来てくれたのだと気付いた瞬間、アレスの猿ぐつわと手枷は外されており、自由になっていた。
「テトっ!!!!」
自分の身体を抱きしめる力強い腕に、アレスは安心感に包まれた。
ほっとして涙が込み上げてくる。
「アレス…アレス…遅くなってすまなかった。怖い思いをさせた。本当にすまない…私のせいだ…」
抱きしめながらアレスの耳元で必死に謝るテト。今にも泣き出しそうなその声に、アレスはもう耐えられなかった。この世界に来てから初めて声を上げて泣いた。
「うああああああん…怖かったよ…」
「すまない、本当にすまない…」
安心させるように、しっかりとアレスの身体を抱きしめながら、必死に謝り続けるテト。彼にしがみ付き、アレスはわんわんと泣き続けた。
「怖かったぁ…人を殺してしまったかと思ったよお…」
「え?」
「テトの魔法強過ぎるんだよ…あれじゃあ、過剰防衛で、私が悪者になっちゃう……あの魔法もう少し弱くして……ほんとに怖かった…」
「それは………すまなかった………」
テトの魔法のおかげで自分に実害がないと安心し切っていたアレスは、相手を殺してしまいそうなことの方が怖かったのだ。
二人が認識のすり合わせをしている間に、駆けつけた衛兵達が男達の身柄を拘束し、あっという間に連行して行った。




