怪しい男
アレスがジュリアの店で働くようになってからしばらく経ち、季節はすっかり冬となった。
この世界にクリスマスという文化は存在しないものの、年の瀬に一年の感謝の気持ちとして贈り物を贈り合う風習がある。そのため、この店の客足も増えつつあった。
「アンナちゃん、エリカちゃん、いらっしゃっい!前に言ってた新作入ってるよ!試していく?」
「アレスさん!ぜひ、試したいです!それとその…」
「エリカったら、もう、はっきり言いなさいよ!アレスさん、エリカね、この前言っていた人と両思いになったのよ!それで、今日は年の瀬の贈り物を探しに来たの。」
「ちょっと!アンナ!!」
「うっそ!!エリカちゃん、おめでとーーー!!!すごいじゃんっ!!!」
「「アレスさん!声大きいッ!!」」
アレスの声で、店にいる客全員の視線を集めてしまった。
アレスは、ごめんごめんと女学生の二人に謝りながら、他の客達に向かって、何でもないですーとへらへら笑いながら手を振って誤魔化した。
その様子を、ジュリアは微笑ましそうに眺めていた。
客としっかり対話をしながら品を勧める接客スタイルのアレスは、常連客とすぐに打ち解けた。
中には、アンナとエリカのように、アレス目当てで訪れる客も増えている。恋の悩みや友人の話、将来の話など、何でも相談できる相手として女学生達から慕われている。
そんな中、最近ほぼ毎日同じ時間帯にこの店にやってくる男がいた。チラチラとアレスのことを見ているが話しかけてこない様子に、ジュリアは気になっていた。
この国でごく一般的な黒髪の男で、黒縁の眼鏡をかけ、黒の外套を羽織っている。いつも目立たないように商品棚の方を向いているため、はっきりと正面から顔を見たことはないが、この街では見かけたことのない、知らない人物であった。
今日こそは話しかけてやろうと毎度接近を試みるジュリアだったが、後一歩のところでいつも逃げられてしまう。
自分はアレスの身の安全を任されている立場にある。彼女に危険が及ばないよう、客なのか、付き纏いなのか、店主である自分がハッキリさせないと…
そう意気込んでいると、今日もまた例の男が現れた。いつもの外套を羽織るいつもの黒髪。間違いなく、あの男だった。
ジュリアが意を決してカウンターから出ようとすると、ちょうどアレスが商品の会計と包装を頼みにジュリアのところにやってきた。
「ジュリアさん、これの包装とお会計を…って、どうかしましたか??」
入り口側の商品棚の方をガン見し、殺気を飛ばすジュリアに、アレスはキョトンとした顔で尋ねた。いつも上品で穏やかな彼女が殺気立っていることに驚いたのだ。
「あの男…毎日この店にやってくるでしょう?いつもアレスさんのことを見てるのよ。あれはきっと付き纏いだわ。今日こそとっ捕まえてやろうと思ってね。」
腕まくりをして白く細い腕を露わにしたジュリア。気合いを入れて飛び出そうとする彼女を、アレスは腕を掴んで止めさせた。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!ここは私が行きます。実は、心当たりがあるんです…」
「え!?アレスさんの元恋人ってこと??それなら尚更危険だわ。ここは第三者である私が行った方が…」
「大丈夫です!絶対に危害は加えられませんから。ちょっと行ってくるんで、ジュリアさんはお客様の対応をお願いしますっ!!」
アレスはジュリアの制止を振り切り、駆け足であやしい男の元へと向かった。
男のすぐ隣までやって来たが、話しかけることはせず、商品棚の整頓をするフリをするアレス。
自分の背よりも高い位置にある商品に手を伸ばして、隣の男をチラリと見た。
「テト、あれとって。」
「承知した。」
当たり前のように言って来たアレスに、当たり前のように返した男。
商品をアレスに渡してから漸く、自分の出してしまった尻尾に気付いた。
「髪まで染めて姿を変えて、ジュリアさんを怯えさせて、そうまでして私の監視、ですか?」
テトに向かってにっこりと微笑んだアレス。笑顔なのに、器用に眉間に皺を寄せている。こめかみには青筋が浮き出て来そうなほどだ。
「いや、その、これは…アレスのことが心配で…その、つい…」
テトは長身の身を屈め、弁明になっていない弁明を始めた。彼女の正論に、テトが言い返せることなど一つもない。
「そこっ!言い訳しないっ!!!お店に迷惑を掛けた罰として、この店の商品を全て買い上げ…って、そんなことは普通にしちゃいそうだから…えっと…この店を出入り禁止にしますっ!!反論は一切認めません!」
アレスの雷が落ちた。
客の視線が一瞬アレスに集まったが、またいつものことかと皆すぐに興味をなくしていた。
アレスから放たれた、出入り禁止の言葉に、一回り以上小さくなった気がするテトがしょぼくれている。
「…分かった。」
泣きそうな声でなんとか答えたテト。自分が悪いとはいえ、アレスのことを眺めていられる時間が減ってしまうことに悲しさが止まらない。
「最後に一つだけいいか?」
「なに?」
「その服、物凄く良く似合っている。可愛い。」
「…っ!!」
不意打ちの褒め言葉に、思わず頬を赤くしてしまったアレス。先ほどまでの怒りの感情など、あっという間にどこかへ飛んでいってしまった。
気持ちが落ち着くまで、しばらく両頬を手で押さえていた。
そんな二人の様子を、ジュリアは、あらまぁと呟きながらニコニコと眺めていたのだった。




