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それっぽい名前


「うわあああああっ!!!」


いきなり肩を掴まれた驚きで悲鳴を上げ、次は自分の大きな声に驚いて後ろに倒れそうになった。だが、ふわりと優しい風が吹いて、倒れかけた背中が押し戻され、尻餅をつくことはなかった。



「驚かせてすまない…でも、どうしても助けが必要なんだ…」


男は助けが欲しいと彼女の肩を掴んでまで縋り付いて来た。

フードを目深に被ったままであるため、男の表情を見ることは出来ない。でも、その声音から本当に困っているように見える。




「いや、無理ですって…私こっちに来たばかりだし。私だって、途方に暮れてるんだから。」


「頼む…せめて水を…御礼はいくらでもする。」


先ほどよりも更に必死な声だった。

フードのせいで顔が見えないはずなのに、なぜか一瞬だけ彼の目元が緑色に光ったように思えた。



「なんでも…?」


貴重な水だけど、これ上げたら本当になんでも御礼してくれるのかな…それが本気だったら、めちゃくちゃ破格な交渉なんだけど…

もうあたりは暗いし…これから街の方に戻るのもリスクだよね…この人得体が知れないけど、襲いかかってくるなら、こんな無駄なやり取りしない気がするし、危険ではない…と思う。


ま、得体が知れないのは自分も同じかっ!




「ああ、君が望むことなら何でも。大抵のことは叶えてあげられるはずだ。」


「それなのに、水を欲しがるんですね…」


「・・・」


男は気まずそうに下を向き、黙った。

相変わらず表情は見えないが、なんとなく、やらかしたオーラが出ているように見える。

その姿がしょげているように見えて、段々と可哀想になってきたため、仕方なくペットボトルに入った水を渡すことにした。




「どうぞ。変なものに入ってますけど、中身は普通の水です。あ、ちょっとぬるいかも。」


「ありがとう。」


男は、泣きそうな声で御礼を言うと、恭しく両手で受け取り、ものすごく綺麗な姿勢で一礼をした。



「いや、そんなに感謝されても…ただの水だしな…あ、でもやっぱり半分くらい水を残しておいてほしいかも。私それ以外に何も食糧を持っていなくて…」


「か、間接キス…」


「…そんな邪な気持ちで人からの施しを受けるんですか?」


「申し訳ない…そんな不埒な気持ちは断じてない。つい出来心で口走ってしまっただけだ。他意はない。本当だ。」


「まぁ、良いですけど…」


早口で捲し立てる姿に、きっと本音をついうっかり漏らしてしまったのだろうと思ったが、必死に謝ってきたので、今回は気にしないでおくことにした。


謝罪を受け取ってもらえたことにホッとした男は、蓋の空いたペットボトルの水を飲むため、目深に被っていたフードを外した。その動きに躊躇いはなかった。


露わになった男の顔に、彼女は言葉を失った。


あまりにも整った美麗な顔をしていたからだ。

声の通り、自分と同じくらいか少し上に見える。金色に輝く美しい髪に、エメラルドグリーンのやや切長の瞳、整った鼻筋に薄い唇。物語に出てくる王子様のような風貌であった。



「さすがは異世界…二次元がそのまま三次元に飛び出して来たみたいだ…」


芸術作品を見るかのような瞳で、彼女は目の前で水を飲む男の姿を鑑賞した。

ただ水を飲んでいるだけなのに、切り取って額縁に入れたくなるくらい見惚れる光景であった。




「ありがとう、おかげで生き返った。君は命の恩人だ。」


男の声に覇気が戻った。先ほどとは違い、溌剌とした声であった。

彼が手にしていペットボトルには、きっちりと半分の水が残っている。



「いいえ!私は貴方に水をあげただけだし…しかもケチって半分だけっていうね…ははっ。」


目の前で話している人物が、二次元並みの美しさであることを認知したため、どうしても緊張してぎこちない話し方になってしまう。最後は、よく分からない笑いまで入ってしまった。



「本当にありがとう。私のことはテトと呼んでくれ。いずれ、本名を名乗るが、今はこの名で通させて欲しい。君の名も聞かせてもらえるか?」


「きっと訳アリなんだろうし、無理して名乗らなくて良いですよ。私の名前は、すず…」



ちょっと待って…私の名前、鈴木幸子なんだけど、ぜっんぜん異世界っぽくないわ…


こういう時って、だいたい、美奈とか絵梨花とか、カタカナでもいける可愛い系の名前じゃない??幸子って…サチコ…呼びにくいし、この世界には馴染めなさそうだし…この際、なんかそれっぽい名前に変えようかな。うん、そうしよう。



『鈴木幸子』23年間どうもありがとう。




「私のことは、アレスと呼んで。」


鈴木幸子改め、アレスは、適当に思い付いたそれっぽい名前をカッコつけて名乗った。





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