採用面接
「アレス、おはよう。」
「おはよう、テト?」
いつものように朝アレスの部屋まで迎えに来たテト。
ロワール邸での生活が当たり前になった今でも、テトがこの朝の日課を欠かすことはない。毎朝嬉しそうな顔で迎えに来る。
だが、今日の彼は少し様子が違った。
「ん?テトなんか元気ない??」
ドアを開けて彼の顔を見た瞬間、アレスは違和感に気付いた。どことなく晴れないテトの顔を下から見上げるように覗き込んで様子を伺う。
アレスの視線に動揺したテトは、思わず片足を半歩後ろに下げて上体を少し引いてしまった。
「…朝食の席で話そうと思っていたのだが、ダミから手紙が届いて…アレスに紹介できる仕事が見つかったと…」
仕事が見つかったという大変喜ばしい話であるにも関わらず、テトは、物凄く悪い報せを伝えるかのような重苦しい雰囲気であった。
「え、ほんと!?やったぁっ!!どんな仕事かな?私にも出来るかな…いや、出来なくても出来るようにならないといけないんだけど。新しい職場かぁ…やっぱり初日は緊張するけど、他の人達と仲良く出来るといいなぁ。」
どんな仕事なのか、どんな人と働けるのか、不安を感じながらも新しいことに胸を弾ませるアレス。その表情はどこまでも明るい。
「…本当に働くつもりか?」
なぜかテトの方が不安に押しつぶされそうな顔をしている。
「当たり前でしょ!働かずに生きていけるほど世の中甘くないんだから。」
「足りないものがあるなら私が買い与えるし、自分で選びたいならいくらでも金貨を渡そう。住む場所も邸も気に入らなければ、アレスの好きな場所に好きな間取りの邸と庭を用意しよう。だから働かずとも…」
「貴様、私をダメ人間にするつもりか…まだそこまで腐ってないし。第一、私が大人しく家の中にいられると思う?」
「…それは…無理だな。」
閉じ込めた部屋の中で暴れまくるアレスを想像して、あっけなく陥落したテト。
こうして、テトの抵抗虚しく、アレスが働きに出ることが決まった。
ダミが紹介してくれたのは、貴族街にあるアクセサリー屋だった。
婚姻用ではなく、日々のオシャレやちょっとした恋人への贈り物などに使われる店だ。この国のことに詳しくないアレスのために、ダミは専門知識が無くとも困らない店にしてくれたのだ。
そして、嫉妬深い友のために、想い人のいない男性が訪れないことを条件に店を選定したのだった。
「かっ、かわいいいいいい…!!!」
早速自分が働く予定の店にやってきたアレス。
若い女性が好みそうな華奢なデザインのアクセサリーに思わずテンションが上がる。
「店ごと買い取るか?」
「私の働き先が無くなっちゃうじゃない…」
瞳をキラキラさせてアクセサリーに魅入るアレスに、テトは気軽な口調で言ってきた。これだから金持ちは…と彼の発想にアレスは呆れてため息を吐いた。
その後も、手に取って試し当てしたい気持ちを堪えて、綺麗に飾り付けられているアクセサリーを片っ端からただ眺めるアレス。
ここは、ダミとお茶をしたカフェから近い立地の良い場所にあり、店内は、白とシルバーを基調にした明るく透明感のある内装になっており、若者も入りやすい雰囲気になっている。
また、道路に面した壁は大きなガラス窓になっており、外から中の様子を伺っている者もいる。
アレスがアクセサリーに魅入っていると、カウンターの奥から一人の女性が出て来た。30代くらいの上品な雰囲気を纏った女性だった。
アレスのことを熱心に品を選んでいる客だと勘違いして、にっこりと微笑みかけてきた。
「あの、初めまして!私、ダミ…ダミアンさんからの紹介で参りましたアレスです。素敵なお店で…こちらで働かせてもらえたら嬉しいなって…」
「まぁ、貴女がアレスさんだったのね。私はここの店主でジュリア・フリークスよ。ダミアン坊ちゃんから話は聞いているわ。ちょうど人が辞めたところでね、働き手を探していたのよ。貴女みたいな可愛い子がうちで働いてくれたら私も嬉しいわ。」
「ありがとうございます!お給金分、しっかり働くので宜しくお願いします!テト、仕事決まったよっ!!」
アレスが勢いよく振り返ると少し離れたところに、何とも言えない苦い顔でこちらを見てくるテトの姿があった。
諦めたように息を吐くと、女店主の方に近付いていった。
「ろ、ロワール様…!!?」
ここでようやくテトの存在に気付いたジュリア。ダミからテトのことは何も聞いておらず、突然姿を表した雲の上の存在に、口をパクパクさせ、動悸が止まらない。
「ジュリア・フリークス、貴殿の名に置いて、アレスにとって不利益になることを一切行わないと誓うか?」
過保護っぷりを全開にしたテトは、挨拶もせずに相手に誓いを強要してきた。
ジュリアは、美しいエメラルドグリーンの瞳に魅せられぽーっとしてしまっている。これほどまでに美しい顔を眼前に晒され、まともな判断力を保持できるはずがない。
「こりゃとんでもない悪徳商法だ…」
そんな光景を目の当たりにし、アレスは1人ぼやいていた。
「はい、このジュリア・フリークス、何があってもアレスさんをお守りするとここに誓いますわ。」
「ならいい。では、ここに名を。」
テトから渡された羊皮紙に目を通さないまま、ジュリアは躊躇なくサインをした。
彼女はなぜか、使命感を負った戦士のような横顔をしていた。テトにアレスを託されたことの重みを感じているらしい。
羊皮紙を受け取ったテトの頷きに、ジュリアは、真剣な眼差しで応えていた。
「えっと…これ私の採用面接だよね…?え…テト、過保護過ぎじゃない??」
自分の話であるはずなのに、誓約を交わす二人を眺めることしかできないアレス。蚊帳の外にされた彼女は、不服そうにぼやいていた。




