テトの身の上話
テトに話を聞かれてしまったフィオナは、明日から宜しくねとだけアレスに告げ、その場から逃げるように去って行った。
そして今、執務室に残されたアレスとテトの間に、何とも言えない微妙な空気が漂っている。しかも、まだ夕飯には少し早い時間帯であり、ここから逃げるちょうど良い理由がアレスには見当たらない。
この状況、どうしたものかと頭を抱えていると、徐にテトが話し始めた。
「私には、家族はいないも同然で、代わりに幼い頃はレジトリス家の者に世話になっていた。だから、ダミとフィオナとは兄弟のような間柄に等しい。」
「え…」
唐突に始まったテトの身の上話に、アレスは上手く相槌を打つことが出来なかった。
テトは、困惑しているアレスの方を見ることはせず、どこか遠い場所に視線を置いたまま、話を続けた。
「私の母は、末の弟を産んですぐ亡くなった。弟が二人いるが、どちらも既に公爵家を出ており、縁を結んだ相手の家に婿入りをしている。父は、数年前に姿を消したきり、行方知らずのままだ。」
どうしてこんなに広い邸に一人で住んでいるのかと不思議に思っていたアレス。だが、初めて知った彼の現状に驚きつつも、なぜこのタイミングで自分に話す気になったのか、そのことにどうしても意識を持っていかれてしまう。
「それは…大変だったんだね…でも、どうして今この話を私に?」
こんなことは今掛けるべき言葉ではないと頭では分かっていたが、彼女の性分では、黙っていることなど出来るはずもなく、つい聞き返してしまった。
「いやその、なんだ…ついアレスの前でフィオナのことを呼び捨てにしまって…その、勘違いされたら困ると思ってな…」
「は………」
テトは、非常に気まずそうに今度は壁の方を見ながら答えた。
先ほどまでのシリアスな雰囲気はどこへやら、とても利己的な理由だったことに、アレスは拍子抜けした。それは、ぺしゃんと音がしそうなほどであった。
「いや、ダミと家名が同じだから、判別する為に仕方なく名前で呼んでいて…それがそのまま癖になっていているだけで…特に深い今は無く…」
アレスが呆れたものを言えない状況にも気付かず、必死に弁明を続けるテト。
しどろもどろする大の男に、アレスはいい加減イライラしてきた。
「そんなちっさいこと私が気にするわけないでしょ!!名前で呼んだからって一体何さ。名前くらい好きな呼び方で勝手に呼べば良いじゃん。まったくもう…テトは変なところで臆病なんだから。」
「アレス…」
テトは、何故かアレスの言葉に感激していた。嬉しさが込み上げる瞳で彼女のことを熱く見つめている。
彼はアレスの言葉を、『そんな些細なことで貴方のことを嫌いになったりしない』と拡大解釈していたのだ。
「へ…なんかズレてる気が…」
アレスの独り言のようなボヤキは彼の耳には届いていなかった。
テトは、勝手に勘違いをし、アレスの本音を垣間見ることが出来たと思い込んで勝手に喜んでいたのだった。
翌日から、午前中はフィオナにこの国のあれこれを教えてもらう時間となり、午後は邸内にある書庫で習ったことについて調べ物をしたり、庭でお茶を楽しんだり、たまにテトと出掛けたり、自由気ままな令嬢らしい生活を送っていた。
この国に来てようやく日々の生活リズムが整う中、それを大きく変える出来事があった。
それは、アレスが待ちに待った、ダミから届いた手紙がきっかけであった。




