家庭教師
朝食が並ぶいつもの広いテーブル、だが、今朝は普段よりも果物の種類が豊富だ。
林檎や葡萄など秋の果物が勢揃いする中、桃色の星状にスライスされたものや薄緑の縞模様のついた実など、王都でも滅多に見かけない果物まで置いてあった。
これらは全て、昨日のアレスの働きで手に入れたものだ。
異世界で初めて自分の力で手に入れた食糧、アレスは感慨深い気持ちで次々と口に放り込んでいった。
「おいしーーーっ!!」
頬に手を当て美味しさを噛み締めるアレスに、テトも自然と笑顔になる。
最初は何処の馬の骨かと疑いの目でアレスのことを見ていた給仕係達も、天真爛漫な彼女の姿に、今は微笑ましい表情を向けていた。
「アレス、遅くなったが、ようやく君の家庭教師が見つかった。明日邸に来ることになってるから、そのつもりで宜しく頼む。」
周知の事実のように話したテト。
だが、肝心の依頼者はそうではなかったらしい。なんのこっちゃと肩につきそうなほど小首を傾げている。
家庭教師、家庭教師、家庭教師…何の話だっけ?学校に行きたいなんてテトに言ったっけ?いや、いい年して学校なんて行きたくないんだけど。
うーん…思い出せないや…
「アレスはの御礼の一つに言っていたであろう?この国のことを知りたいから、誰か人を紹介して欲しいと。家庭教師のことではなかったのか…?」
間違った解釈をしてしまったかもれないと、テトの瞳が不安に揺れる。
あ……そういえば、そんなことを言った気がしなく…もない気がしてきた…
いや、あの時は、皆に追い立てられて路地裏に逃げて何も分からなくて、とにかく怖くって、少しでもこの国の知識や情報が欲しくて…
って、そう思ってたんだけど、この家にすっかり馴染んじゃったな…。あれがたった3日前の出来事とは信じられんわ。
こんなぬるま湯に浸かってていいのかな…いや、居心地良くて新しさもあって飽きずに楽しいんだけど、私は何のためにこの国に呼ばれたんだろう。何か意味があったりするのかな…?
「アレス?」
「あ!ごめんなさい!」
心ここに在らずのアレスに、テトが心配そうに彼女の名を呼んだ。
いっけね…またやっちまった…
定期的に負の感情が沸いてくるな…気を付けないと。この世界に来てしまったことは変えられないんだから、気にしすぎちゃダメなのに。もっと前向きに捉えないと。それに、せっかくのファンタジー、あり得ない世界にいるんだから、存分に満喫しないと損だよね。
「ありがとう、テト。この国について知りたかったから嬉しい。」
アレスは取り繕うように、にっこりと微笑んだ。
翌日、テトが手配した専属家庭教師の来訪の報せを受けたアレスは、パタパタと急ぎ足で彼女の執務室に向かった。そこは、授業を受けるためにテトが新たに用意してくれた部屋だ。
なお、テトは王宮に呼ばれたため、今は不在だ。
どうしてもアレスの授業参観に出たかったテト。諦めきれなかった彼は、なんと、王宮に日程変更を要請するという暴挙に出た。だが、使用人に指示する現場をアレスに目撃され、秒で王宮へと送り出されてしまったのだ。
ーコンコンコンッ
部屋の前についたアレスは、ノックをしてゆっくりとドアを開けた。
部屋の中を覗くと、ソファーの前に、一人の年若い女性が立っていた。茶色の長い髪に、まつ毛の長い茶色の瞳、唇にはしっかりと紅が塗られ、唇の形の良さが際立っていた。高い鼻とシャープな顎が印象的で、可愛い系よりも美人系の顔立ちだ。
「初めまして、アレス様。本日からお世話になります、フィオナ・レジトリスにございます。」
にっこりと令嬢の手本のような整った美しい笑みを浮かべると、しなやかに美しい一礼をした。
「初めまして、アレスです。」
アレスは、最低限の挨拶を返すと、フィオナのことを凝視した。じっと見つめるが、彼女は不快感を出さず、微笑みを絶やさずにいる。
…ん?この人どこかで見たことあるような…何だろう、この既視感…会ったことあるっけ?こんな美人さん、一度見たら忘れなさそうだけど…え、この前果物を売りつけた相手とかじゃ無いよね…???
「ふふふ、弟のダミがお世話になっております。」
「あっ!!!!」
アレスは、思わず大きな声を出した。
今度は崩した笑顔を見せたフィオナ。その人懐っこい眼差しはダミにそっくりであった。




