テトの魔法
テトは魔導隊に迫る鳥型の魔獣とそれが纏う炎を視認すると、素早く手のひらに魔力を集中させた。まだ距離があるため、魔力を練り上げることで威力を高め、射程距離を伸長する。
片手は隊員達に向け、もう片方の手は魔獣に向けた。
暴発寸前まで高められた魔力を両の手にそれぞれ宿すと、起動開始の言葉を発した。
「展開」
その瞬間、辺り一面が緑色の強い光に包まれた。右手から放たれた魔力は、隊員達を守る緑色の盾として展開された。
片手で味方を守りつつ、左手の魔力で魔獣が放った炎をより温度の高い青い炎へと変換した。そして、即座に風を操り、炎の威力を増幅させる。
触れた物全てを溶かすほどに威力が増した青白い炎を、テトは魔獣に向かって勢いよく解き放った。彼の手から離れて自由になった青白い炎は、魔獣を包み込み、魔獣が纏う赤い炎諸共焼き尽くしていく。
魔力で硬化した羽すらも焼き尽くす業火、魔獣の断末魔の叫び、盾の中にいても感じる熱波、そして視力を奪われそうなほどの強い光。
緑色の光に守られた魔導隊の隊員たちは、目の前で起きていることを信じられない顔で見ていた。人とは思えない所業を成すテトに、感謝よりも畏怖の念が強く湧いた。
駆除対象を消し炭にした後、魔力反応が消えたことを確認すると、テトは目だけで周りを見渡した。足元には、光を失った魔石の塊が転がっている。
「怪我人は?」
まだ淡く緑色の光を放つテトの瞳に視線を送られ、リーダーの男は一瞬怯んだ。あんな化け物を一瞬で消し炭にした人間を恐ろしく思わないわけがない。
「ロワール様っ!!貴方様のおかげで全員無事にございます。本来ならば我らがお守りすべきところ、誠に申し訳ございません。」
震える声で謝罪の言葉を口にすると、地に膝を突き、深々と頭を下げた。他の隊員たちも、リーダーの男に倣って、同じように頭を下げた。
「無事ならそれでいい。頭を上げろ。」
テトは、片手を上げ、必要以上に礼を取る彼らに、頭を上げるよう指示をした。
「いやぁ、本当に君はバケモノだね。僕の出番が無かったじゃないか。」
「だから残れと言っただろうに…お前に何かあったらこの国はどうなる。」
「どうなるもなにも…その時は、王位継承権第二位の君が王位に付くだけださ。」
テトの魔力を実践で確認したかったタテロットは、周囲の制止を交わし、無理やりついてきたのだった。
本来であれば、国益に直結する貴重な魔法使いの二人を同時に戦いの場へと送ることなどあり得ない。
颯爽と現れた王太子に、魔導隊に緊張が走った。王族と対面することなど、彼らの身分ではまずあり得ない。
歩く行為ですら、威厳のある振る舞いをするタテロットは、鬱蒼とした森林の中にいることが不自然なくらい、輝かしいオーラを放っていた。さすがは生粋の王族である。
魔導隊の隊員たちは、とにかく自分の知る最敬礼の姿勢を取った。
高貴な身分の者に話し掛けることは御法度とされているため、全員口を閉じたまま姿勢を崩さないでいる。
「ああ、ここは非公式の場だから気にしないでくれ。僕のこといない者として扱うように。バレたら色々と面倒だし。」
「いやもうバレてるだろ…」
ヘラヘラと笑う王太子に、テトは呆れる顔を隠さなかった。盛大にため息を吐いた。
「それにしても…一方通行の愛の力でこれほどまでに魔力量が増大するとは…相互になった時の反応が楽しみだ。」
「…煩い。お前も制約を立てたらいいだろう?」
「僕?君みたいに頑固者じゃないからね。柔軟に生きる僕とは相性が悪いんじゃないかな?」
「はっきり、気が多いと言え。」
軽口を叩き合う二人に、魔導隊の彼らはポカンとした顔で見ていた。
容姿の整った身分のある二人が、まるで子どものように気安く言い合う様が信じられなかったのだ。
「偉い人だけど、なんか俺たちと似てない?親近感湧いたんだけど。」
「口を慎め!聞こえたらどうするんだ…!!」
先ほどまでテトたちのことを妬ましく思っていた青年だが、目の前で見る等身大の彼らに親しみを感じていた。
一方、嗜め役の彼の同期は、不敬まっしぐらな発言に冷や汗が止まらなかった。
「俺はもう行く。お前は魔導隊の馬車で一緒に帰るか?」
「冗談を。僕は暇じゃないんだ。君の馬車で宜しく頼むよ。」
「だからなんで来たんだよ…」
テトが乗ってきた馬車は特殊仕様で、風魔法で速度を強化出来る仕組みを持つ。彼にしか扱えない特注品だ。そのおかげで、魔導隊の窮地に間に合わせることが出来たのだ。
夜になる前に戻りたいテトは、後始末をすべて魔導隊に押し付けた。
「ここの結界は補強済みだ。最後に魔力の注入だけ頼む。あと、そこに転がってる魔石も持ち帰るように。魔力を込めれば魔道具に使えるだろう。後は頼んだ。」
「「「はっ!!!」」」
各員同時にブーツの踵を鳴らし、敬礼の姿勢を取った。統率の取れた動きに、感心したテトは目を細めて頷いた。