アレスの1日②
意気揚々と出発したアレスだったが、現在、今にも死にそうな顔をしている。何もない、辛うじて馬車が通れる程度に舗装された道をひたすら歩いていた。
「なんでこんなに遠いんだよ…ハァ、ハァ」
息を切らして歩くアレス。
朝、緩く巻いてもらったお気に入りの髪は、汗でぺたんとしてしまっていた。
中々街並みが見えて来ない現状に、苛立ちが隠せない。
それもそのはず、彼女は馬車で片道15分掛かる道のりを踏破しようとしているのだから。そう簡単に辿り着くわけがない。
馬車の速度から考えるに、邸から街までおよそ10キロの道のりとなる。普通に歩けば2時間以上掛かるだろう。
馬車の中では、風景やテトとのお喋りを楽しんでいたため、アレスの体感としては5分ほどの乗車時間であったのだ。
そんなことなどつゆ知らず、彼女は、秋も深まった今日この頃、額に汗を垂らしながら歩みを進めていた。
「これ、いつまで歩けばいいの…」
弱気になったアレスは、チラリと後ろを振り返ったが、戻るべき場所はもう見えない。ため息を吐き、前に進むことを決めた。
「せめて飲み物くらいあればいいんだけど…テトのペットボトル持ってくればよかった…」
ボヤキながらも歩みを止めないアレス。
歩き続けること1時間弱、ようやく屋台のようなものがポツポツと見えてきた。ここに店を出すものは、馬車に乗る貴族を相手にしている。
馬車が通るたびに手を振って止め、窓から果物や飲み物、菓子などを売り付けていた。
「何売ってるんだろう…」
屋台に気付いたアレスは、ふらりと道の端に寄り、屋台の中を覗いた。
そこには、一口サイズに綺麗に切り分けられたフルーツが並べられていた。さすがは貴族相手の商売、見た目への気遣いが大変素晴らしい。
目の前に並ぶ熟した旬のフルーツ達に、アレスは生唾を飲み込んだ。
うぅ…これ全部今すぐ口に放り込みたい…!!
しかし、所持金ゼロ!!!
お金持ちだった経験はないけど、所持金ゼロで困った記憶もないな…これ、めちゃくちゃひもじいな…
お金はなくても、何か代わるもので代金を支払えたりしないかな…
アレスは胸元で光る緑色の美しい石を手に取り、じっと見つめた。
これ…代金の代わりにならないかな…いや、さすがに上げちゃうのはダメだから、これを担保として一旦しのぎ、後からテトにお金を借りて支払うとか…?ま、どちらにせよ、借金をすることには変わりないんだけどさ…はぁ、悲しい…
でも、帰りのことも考えると、やっぱり水分補給はしときたいよな。街に入ったらもっと物価が上がりそうだし…
うん、仕方ない。命より高いものはないもん。テト、ごめんね。必ず取り戻しに来るから、少しの間だけここで待ってて!!
テトへの懺悔の言葉とともに、首から緑の石を取ろうとしたアレス。だが、魔法でくっ付けられた鎖同士はびくともしなかった。
「は…なんだよこれ。取れない鎖を人様の首につけるとか、これはテトに事情聴取しないと…」
アレスは予想だにしなかった事態に、ふつふつとテトへの怒りが込み上げてきていた。
相手への了承を得ずに永遠のネックレスを付ける方もどうかと思うが、身を案じてプレゼントされたものを金代わりに使おうとする方もどうかしている。
「はぁ…グッバイ、私のフルーツ達…」
中々諦めのつかないアレスは、屋台に並ぶフルーツを物欲しそうな目で見続けた。
シンプルな装いのため、身分の高い者には見えないが、十分にどこかのお嬢様に見えるほどの見た目ではあった。そんな者が、物欲しげに屋台のものを見つめるなど、訳アリにしか見えない。
「あらまぁ、別嬪さんだこと。そんなため息なんてついてどうしたんだい?幸せが逃げちまうよ。」
ははっと快活そうに笑って話しかけてきたのは、40〜50代に見える元気なおばさんであった。屋台の裏から現れ、やや汚れた白のエプロンを身につけている。
「フルーツが逃げちまいました…食べたかったのに手持ちがなくて…」
「なんだい、大した身なりをしているのに金がないのかい?可哀想な子だね。」
「そう、私は可哀想なひもじい子…」
あからさまにしょぼくれるアレスに、おばさんは、一際大きな笑い声を上げた。見た目と中身の差が面白くてたまらなかったらしい。
「ははははっ!なんたって面白い子だね。じゃあ、店番を手伝ってくれたら、ここの果物をやろう。ここは私の店だからね。あんたは別嬪さんだから、良い客寄せになるよ。」
屋台の店主は、茶目っけたっぷりにウインクを飛ばしてきた。アレスのことを相当気に入ったらしい。
「ありがとう!おねえさまっ!!!」
アレスは、目を見開き、輝くような笑顔で御礼を言うと、店主に思い切り抱き付いた。
お嬢様とは思えない大胆な行動に、店主は、またもや声を出して大笑いしていた。