魔導隊
フリーデン王国の最西端、魔物の生息地まで僅か数キロのこのモストロ村に、漆黒のマントに身を包んだ数人の男たちがいた。皆同じような黒いブーツを履き、手には短い杖のようなものを手にしている。
彼らは、日の出とともに生い茂る木々を抜け、国境を目指していた。
秋も深まり、もうすぐ初冬を迎えるフリーデン王国だが、モストロ村は王都よりも湿度が高くじめじめとした嫌な暑さが残っていた。
男たちは額に汗を滲ませながらも、一糸乱れぬ動きで歩を進めている。ただし、最後尾を歩く年若い二人を除いて。
「これが、ハァ…、こんなのが、エリートって呼ばれてる魔道隊の俺らがやる仕事かよ、ハァ…」
「そんなこと言ったって、仕方ないだろ。俺らは魔力を持っているだけで使えないんだから。タテロット様やテトラス様とは次元が違うんだよ。それでも、魔力があるってだけで優遇されるんだ。悪くないだろ?」
「それだって、こんな…ハァ…辺境の地を歩かされて…ハァ…俺だって王都を歩いて、可愛い子達にキャーキャー言われたい…」
「お前はもう少し体力をつけろ。こんなんでへばってどうする。」
無駄口を叩きながらも、二人は遅れることなく前の列についていった。
ぬかるんだ道が足元をすべらせ、余計に体力を削っていく。ようやく目的の場所に辿り着いた頃には、全員が肩で息をしていた。
「各員、待機。」
リーダーと思われる男が短く命令をすると、全員の動きがぴたりと止まって、杖を手にしたまま後ろに手を組み、待ての姿勢を取った。カッとブーツの踵を鳴らす音が響いた。
リーダーの男は、国境を示す大きな岩の前に立つと、何もない空間に向かって手をかざし、目を閉じた。全神経を手のひらに集中させている。
「ここまでとは…」
手のひらで感じ取った違和感に顔をしかめた。
結界で守られているはずなのだが、この場所だけ極端に魔力が弱くなっていた。
これでは、魔物が突っ込んできたらひとたまりもない。
魔物は人が持つ魔力を好み、人間ごとその魔力を自分の物にしようと食いかかってくる。
この穴をきっかけに、魔力を持つ人間の多い王都は、すぐに陥落されてしまうだろう。
最悪の状況を想像した男は身震いをした。
「各員、構え。」
状況を確認したリーダーは、自らの杖の先を、先ほど手を当てた場所へ真っ直ぐに向けた。
その方角を確認した他の男たちも同じように杖を構えた。
それぞれの杖の先から針金のような細い一本の線が放出された。それは、彼らの瞳の色と酷似していた。
一人一人から放たれた魔力の線は、途中で交わり一本の線となった。その線が向かう先を確認したリーダーが声を上げた。
「射て!」
その声がした瞬間、男たちの瞳が一斉に輝きを放ち、強く光り輝いた一本の線が何もない空間に打ち込まれた。
目を閉じてしまいそうなほど強い光がぶつかった。何もない空間が波打つようにその光を吸収していく。
「止め!」
リーダーの声で、全員が杖を下ろした。皆顔色が悪く、息を切らしていた。中には座り込む者もいた。
リーダーは顔色も呼吸も変わらず、静かな足取りで魔力を当てた場所に近づき、手を当てた。
皆の魔力を注入した箇所を見て、結界の補強が無事に終わったか確認をしているのだ。
目を閉じ、しばらく何かを探っているような雰囲気を出していたが、何かに気付いたかのように、カッと目を見開き大声を上げた。
「各員、退避っ!!!!」
「!!!」
気付いた時にはもう遅かった。
目にも止まらないスピードで頭の上から巨大な真っ赤に燃える鳥が降ってきた。
燃え上がる翼を持ち、人を丸ごと飲み込めそうなほど大きな口からは火を吹いている。鶏と同じような形をした足は、地面にのめり込んでいた。
初めて目にする人智を超えた異形の姿に、あんなものに敵うはずがないと皆戦意を喪失した。
絶望的な空気に染まる中、リーダーだけが杖を振り翳し、必死に魔力の壁を展開していた。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
『自身の魔力が尽き果てようとも、何としても部下たちの命は守り抜く!』
そんな想いで、声にならない唸り声を上げた。鳥の魔物は、魔力量の高いリーダーに狙いを定めた。
「キエエエエエエエエッ!!」
両翼を振り翳し、熱風とともに火を吹いてきた。目の前に迫る赤い光に、肺が焼けそうなほどの熱に、リーダーは杖を持つ手をだらりと力無く下ろした。
「無念…」
死を覚悟する言葉とともに、目を閉じた。
「展開」
その時、短い男の言葉を合図に、辺り一体が強く輝く緑の光に包まれた。