励まし
想定外にダミとのお茶時間を過ごしてしまった二人は、もう夕方に近づいていたため、今日は邸に戻ることにした。
ちなみに、アレスの仕事の件は、ダミが別れ際、また改めて手紙で連絡をすると言っていた。
「ねぇ、魔法って何ができるの?」
この国の人達もほとんど魔法を使えないと知り、アレスは魔法の希少性を再認識し、俄然興味を持った。
帰りの馬車の中、向かいに座るテトに、キラキラとした純粋な眼差しを向けた。
「魔法と言っても万能なものではない。」
テトは、自身の手のひらを閉じたり開いたりしながら話を続けた。
「土、水、火、風、この4大元素に干渉することが出来る。」
「な、なんというファンタジー感…!!」
オタクと名乗れるほど詳しくはないが、異世界ものをひと通り読んできたアレスは、その言葉の響きに感激していた。
『魔法』という未知なるものを扱う自分に対して、そういえば、子どもたちにはこんなふうに輝く目で見られていたな…
アレスの素直な反応に、テトは、自分の中にあった良い思い出が心の奥底から蘇ってきた。
「だから水を増やせたの?髪の色は…毛髪に含まれる水分をいじったのかな…?魔法を使うってどんな感じなんだろう…やっぱり疲れる?無限に使えるわけじゃないよね、きっと。毎日特訓とかしてるの?というか、テトってなんの仕事してるの?え…ちゃんと働いる…?」
魔法への憧れが止まらないアレスは、テトへの質問も止まらなかった。
物凄く質問攻めにされているが、嫌な気はしなかった。自分自身に目を向けてくれていることが分かるため、嬉しさが優っていたのだ。ただし、最後の質問を除いて。
「概ねアレスの言った通り…だが、私だってちゃんと働いている。」
「!!!」
『私だってちゃんと働いている』
テトが言ったそのひとことが、アレスの頭の中でコダマした。
「…ごめんなさい。タダ飯食らいは私の方でした…」
うわ…働いていないのは私の方だった…
衣食住、なんならお小遣いすら付いてくる完璧な生活なのに、働いていないって事実に対する焦燥感が半端ないわ。
あんなに仕事を辞めたかったのに、いざ仕事がない状況になるとこんなにも落ち着かないもんなんだ。
いきなりだったからな…
自発的に退職してたらちょっとは違ったかな?
私がいなくても業務は回ってるかな…
皆、元気にしてるかな…
って、まだ2日くらいしか経ってないけど。
…変なの。大して仲良くなかったくせにさ。
「…アレス?大丈夫か?」
「え?」
テトの心配そうな声で現実に連れ戻されたアレス。不安げに揺れる瞳と目が合った。
だが、彼女は、なぜそんなに心配そうな顔を向けてくるのか分からなかった。
「泣きそうな顔をしている。」
「あ…」
その言葉でようやく、アレスは自分が目に涙を溜めていることに気付いた。
基本的にどんなことでも前向きに捉え、小さなことは気にしないアレスは、自分の痛みにひどく鈍感なのだ。
「…ごめん。ちょっと感傷的になってただけ。うん、もう大丈夫。」
自分に言い聞かせるように言うと、心配しなくていいからねと、テトに微笑んだ。
「今回は見逃すが、またそんな顔をしていたら、その要因を取り除くまで付いて回るからな。」
「ははっ。なにその脅しは。そんな励ましってある?」
「だからと言って私の前では隠すなよ。無理はしなくていい。」
「…ありがと。」
軽く笑い飛ばそうとしたアレスの虚勢など、テトにはお見通しであった。
どこまでも優しい彼の言葉に、アレスはじんと胸を熱くしていた。