お誘い
「え?」
二人の反応に、キョトンとした顔をしたアレス。どうして二人が固まっているのか皆目見当が付かない。そんなにおかしいことは言ってないぞ?と小首を傾げている。
この貴族社会で働きに出る令嬢などいるわけがなく、どこからどう見ても令嬢にしか見えないアレスの言葉に二人は言葉を失ったのだ。
テトに至っては、自分の元から去るつもりなのかもしれないと悲観して言葉が出なかったのだが。
「ええと…とりあえず買い物しようか?」
自分の発言を軽く流して、アレスは愛想笑いをした。とにかく、この何とも言えない空気をどうにかしようと必死だ。
「いや、その話詳しく聞かせてもらおう。」
アレスの発言を面白がったダミが悪ノリしてきた。
先ほどまでの貴公子の雰囲気は何処へやら、悪いことを企んでいるいたずらっ子のような顔でニヤリと口の端を上げている。
「お前はそうやってすぐ、悪ふざけをして…」
「ねぇ、アレス嬢、俺の話聞きたくない?最近出来たカフェ寄ってこうよ。買い物なんて後でいいじゃん。仕事、探してるんでしょ?」
「はい、行きますっ!」
「仕事」をチラつかされたアレスは、悩む間もなくダミの言葉に飛び付いた。いつも通りの大きな声で返事をするとともに手を挙げて強い意思を示した。
「はははっ!やっぱりこの子面白いわ。テトラス、ちょっと借りるわ〜」
「おい、私も行く。」
アレスとダミを2人きりにさせるはずもなく、テトも一緒について行くことにした。
今はお昼時、ダミに連れられてやってきたカフェには多くの人が並んでいた。
真っ白な二階建ての建物の前には数種類のピンクの花が所狭しと植えられており、女性が好みそうな可愛らしい雰囲気であった。
テトの姿に気付き、列に並んでいる令嬢達が色めき立っている。
「ちょっと待ってて。」
そう言うとダミは、長い列を無視して店内へと入っていった。その後、1〜2分ですぐに戻って来た。
「席取れたから、中に入るか。」
「え??」
ダミに促されるまま、アレス達は列を無視して店内へと入って行った。
入店後、とってもいい笑顔をしたマダムが出迎えてくれた。
一番奥にある個室へと案内された三人。
そこは、外観の可愛らしさの雰囲気はなく、ダークブラウンと床材とライトグレーの壁紙に囲まれたシックなデザインの部屋だった。高級そうな革張りのソファーに、これまた高そうな一枚ガラスの大きなテーブルが置かれている。
テトにエスコートされるまま奥側のソファーに座ったアレスだが、何が何だかわけがわからなかった。
「ねぇ、これ別料金取られたりしない?私お金ないんだけど。」
とりあえず、真っ先にお金の心配をし、隣に座るテトに、口元に手を当てて小声で尋ねた。
心配そうに、ミルクティーブラウンの眉を寄せている。
「安心して良い。ここは全部こいつのおごりだから。」
「いや、お前の方が金待って…」
「ご馳走様ですっ!!」
ダミが文句を言い終える前に、アレスは思い切り頭を下げてお礼の言葉を言った。
下げすぎた頭は、隣のテトにそっと戻されていた。
目の前の二人のやり取りに、ダミはケラケラとおかしそうに笑っていた。
ひとしきり笑った後、三人分の紅茶が運ばれて来たタイミングで、ダミが重々しい雰囲気で話を切り出した。
湯気の立つティーカップを前に軽く手を組み、その上に顎を乗せて真面目な顔を作ったダミ。
「時にアレス嬢、君は仕事を探している、そうだね?」
意味ありげな目でアレスのことをチラリと見て、優雅に紅茶をひと口啜ると、音もなくソーサーの上にカップを戻した。
「はい、仰る通りです。」
真剣な口調のダミにつられ、アレスもごく自然と堅苦しい話し方になっていた。
そんな二人をテトは呆れた顔で眺めながら、紅茶を飲んでいる。
「なら、俺のところに嫁に来ないか。一生食いっぱぐれることはない。悪い話ではないだろう?」
「「ゴホッ!!」」
どこかで聞いたことのある既視感溢れる誘い文句に、たまらず二人は吹き出した。