あっけなくバレました
馬車から降りると、そこは昨日アレスがいた街とは別の場所でだった。
昨日見た屋台が並んだ素朴な街並みを想像していたアレスは、目の前に広がる光景に驚いていた。
足元は石畳になっており、馬車が通れるほど幅の広い道の両側には、レンガで作られた立派な建物が建ち並んでいた。
それは、想像していたよりもずっと、近代的な街並みであった。
「こんなに立派な街があったんだね…私はてっきり昨日の屋台みたいな店で買い物をするのかとばかり…」
馬車から降りて早々、周囲をキョロキョロと見渡しながらアレスは呟いた。ほとんど独り言のような声だったが、テトは丁寧に説明をしてくれた。
「昨日アレスが居た場所は平民が住む街だからな。ここは貴族街と言って、平民が立ち入ることは出来ない。貴族相手の商売のため、価格もそれなりにするが、一級品を扱う店ばかりだ。買い物をするなら、こちらの方が良いだろう。」
「さすがは金持ち様…庶民とは感覚が違うわ…って、じゃあなんで昨日テトは平民の街で倒れてたの?貴族なのに変じゃない??」
誰もが思うであろう疑問に、アレスも難なく考えが至った。
馬車から降りてすぐの場所に立ったまま、不思議そうにテトの顔を眺めている。
気まずさ満載のテトは、アレスの視線からふいっと顔を晒した。それはもう、不自然なほどに。
「ふぅん?これも訳アリだから見逃せってこと?」
「…面目ない。」
物凄く悪いことをしてしまったかのように、弱々しい声で謝罪の言葉を口にすると、腰を折り、深々と頭を下げた。
「いや、別に、」
「きゃああ!!テトラス様よ!」
「まぁ、なんて美麗なお方なのかしら!お噂通り、息を呑む美しさだわ。」
「まぁ、ロワール様がこの街にいらっしゃるだなんて…!」
アレスの声を掻き消すように、甲高い令嬢達の声が次々と聞こえて来た。
皆テトの姿を間近で目にし、滅多に見ることのできない麗しい姿に歓喜していた。
「えっと…」
どことなく申し訳なさそうな顔で、アレスはテトのことをチラッと見上げた。見られたらテトは、何を言われるか大体予想ついていたが、一応聞き返した。
「なんだ?」
「テトラス・ロワールさん?テトの本名普通に聞こえちゃったけど平気…?今すぐ脳内の記憶を抹消した方が良い?」
初対面で隠された本名、なにか大きなワケがあったのだろうと推測ったアレスは、自分に出来る最大の提案をした。
「…問題ない。プロポーズの前には言うつもりだったからな。」
「さいですか…」
結構本気で心配していたアレスは、テトのマイペースな返答に呆れ、もう気にすることはやめようと、そっとため息をついた。
周囲を囲む人の数が段々と増えて来た。
だが、皆一定の距離を保ってキャーキャー騒いでいるだけなので、うるさいだけで実害は出ていない。
「ここに留まるのは危険だな。適当な店に入るか。」
「うん、そうしよ。私もこれ以上ここにいたら、キンキン声で頭がカチ割れそう…」
テトは、頭を抱える仕草をするアレスの背中を優しくさすった。
この時、アレスには見えなかったが、テトは物凄く優しい目で見つめていた。その光景に、観衆から一際大きな、悲鳴とも取れる歓声が上がった。
「え、テトラスじゃん…お前こんなところで何やってんの…?」
一定の距離をものともせず近づいて来た青年は、テトとその隣にいるアレスの顔を交互に見て、驚きの表情を浮かべた。