プロローグ
待ちに待った休日、今日は部屋から一歩も出ないぞと決めていたのに、惰性でスマホを眺めていたら、新刊の発売日の通知が来て、めちゃくちゃ読みたくなってしまった。
30分悩んで、結局アパート正面にあるコンビニに行くことにした。
少し風が冷たくなってきた今日この頃、スウェットにTシャツで出歩くのはちょっと恥ずかしい。
パーカーを羽織ってサンダルを履いて家を出た。
家を出た瞬間、気遣ったようで全く気遣っていないただの部屋着姿だったことに気付いたが、戻って着替えるのも面倒で、結局このまま行くことにした。なのに…
ない…
あんなに頑張って着替えて(パーカーを羽織っただけだけど)気合い入れてコンビニまでやって来たのに、見事に売り切れだった。
他に欲しい物はなかったけど、手ぶらで帰るのも癪だったから、とりあえず500mlミネラルウォーターを1本購入した。
せっかくここまで来たのに
今読みたかったのに
なんで売り切れなんだよ…
ぶつぶつ言いながら部屋まで戻ろうとしたら、悲鳴が聞こえた。慌てて悲鳴がした方向を見ると、道路に向かって飛び出そうとする子どもの姿があった。
危ないっ!!!
視認すると同時に、私の足が動いた。脊髄反射並みの反応速度だった。
最近いつこんな本気ダッシュしたっけ?意外に私足早いんじゃない??こりゃ明日筋肉痛だわ。いや、明後日かも?
なんて呑気に考えてたら、あっという間に子どもに手が届いた。本当は抱き止めて、そのまま回転して勢いを殺すイメージだったんだけど、人間そううまくいくものじゃない。
…あれ?
実際は、子どもを突き飛ばすことで精一杯だった。あれは、ドラマや映画の中での話だったらしい。今ので勉強になったわ。
悲鳴を上げた女性が車に向かって大きく腕を振っているが、道路の真ん中に倒れた私に気づく気配はない。
あ、やば…
これはもうダメだと思った。
減速なしで正面からあの大型車とやり合ったら、助かるわけがない。
ぎゅっとキツく目を閉じた。
30分悩んでよかったな
コンビニに行ってよかったな
君は、私の分も楽しむんだぞ
強い衝撃とともに、意識がブラックアウトした。
「な、何これ…」
我ながらカッコいい人生の幕引きだと思っていたのに、なぜかまた目が開いた。
しかし、目に映るものは、病院の白い天井でも、倒れたコンクリートでも、心配そうに覗き込んでくる親の顔でも無い。
人が行き交う大通りのど真ん中に立っていた。
周りを歩いている人の姿や街並みから、ここが日本でないことが容易に分かる。
外国だとしても、時代がおかしい。
物を売る屋台の周りに電化製品は見当たらない、太陽が沈みかけているのに電灯もない。でも、馬車が走っている。
それは、『レトロ』と呼ぶには、ガチ過ぎる時代設定であった。
「え…これ…まさかの、異世界転移ってやつだったりしないよね…?」
部屋着の上にパーカーを羽織ってサンダルを履いた彼女は、ペットボトルが入ったビニル袋を手に持ち、呆然と立ち尽くした。