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おんなのことアホどものヒミツ



「さて皆さん、わかりましたか?」


「はいっ!」


 この道一筋30年、ヤン・ゴットナイ学園特別授業の専門教師、ジュウヨ・クゴー・セイス女史の呼びかけに、小さな淑女たちが返事をした。

 彼女たちは一様に、ジュウヨ女史の講義に興奮しているようだ。


「それでは実践に移りましょう。そこの4人、前へ!」


「は、はいぃ……」


 とても楽しそうな女子たちの中に混じり、青い顔をして隅で縮こまっていた4人が指名される。

 オーゾッ子、ハラ美、アザ乃、カタ代の4人だ。


 ジュウヨ女史に促され、恐る恐る前へ出た4人を待っていたのは、とても冷ややかな女子たちの視線だった。


「この学園のモットーは?」


「紳士淑女たれ、です!」


 ジュウヨ女史は、質問に答えた女子生徒に、ニコリと笑顔を返した。


「では、わたくしたち女の秘密の花園に、女装までして忍び込んだ彼らは、紳士でしょうか?」


「紳士ではありません!」


「その通りです。それでは、紳士ではない彼らは、なんでしょう?」


「豚の餌にも劣る、クソ野郎です!」


「よろしい。ではクソ野郎に相応しい対応として、わたくしたちはどうするべきでしょうか?」


「制裁! 制裁! 制裁!」


 女子生徒全員が、声を揃えて高らかに言い募る。


「静粛に!」


 ジュウヨ女史の一言で、女子たちの制裁コールがピタリと止んだ。


「このヤン・ゴットナイ学園に通う貴女たちは、まだ美しい花の蕾。しかしすぐに大輪の花を咲かせるでしょう。……しかし!」


 ビシッと、ジュウヨ女史の鋭い目が、前に立つ4人を睨みつける。

 4人は、今にも泣き出しそうだった。


「残念ながら、彼らのような卑劣なクソ野郎どもは、美しい花を手折ろうと、いつでも舌なめずりしているのです」


 親指を下に向けた女子たちが、ブーブーと口から下品な音を出す。

 とてもではないが、そんな彼女たちの姿は、淑女とも美しいとも言えるものではない。

 しかしながら、この特別授業の間だけは、彼女たちにも淑女の仮面を脱ぎ捨てる許可が与えられているのである。


「美しく咲きなさい。けれど、簡単に手折られないよう棘を磨きなさい。わたくしの授業は、そのためにあるのです」


 女子たちの拍手が鳴り響く。

 今や、彼女らの興奮は最高潮に達していた。


「それでは皆さん、制裁の時間です。彼らはそのために選ばれた生贄……思う存分、わたくしの教えを彼らという教材で実践するのです!」


「ジュウヨ先生! この授業で教わった技は、何を試してもいいのですか!?」


「構いません」


「で、では……その……金的も、いいのですか?」


「思い切りおやりなさい。中途半端に手加減すれば、痛い目を見るのは貴女たちです」


 おおおおお、と女子たちの歓声で空気が震えていた。

 前にいた4人の生徒――驚くなかれ、この4人はなんと、女装した『ショーヨン』メンバー、つまり男子生徒なのだ!――が、一層青くなる。


「なあに、玉は2つもあるんじゃあ。1つくらい無くなっても心配いらんきに」


「目ん玉もいれりゃあ4つじゃけんのう!」


「ガハハ! ちげえねえ! おまんら、ひと思いにやっちゃり!」


「潰せる玉ァ、12個までじゃ! 早いモン勝ちじゃのう!」


「ガッハッハ! おまん、それじゃあ玉1つしか残らんじゃろがい!」


「1つありゃあ十分じゃろ! 豚の餌にもなりゃせんし、要らん要らん!」


 あまり耳馴染みのない、しかし迫力のある言葉を操り、女子たちがオーゾックらに迫ってくる。

 腰を抜かし、逃げることすらできなくなった彼らの脳裏に、昼休みに聞いた単語が浮かび上がった。


 痛み

 恐怖

 多少の出血

 ちんちん


 今更知ったところでどうしようもない。

 何故こんなことをしてしまったのかと後悔しても、もう遅かった。


 恐怖に支配された彼らは、完璧だったはずの潜入がどこでバレたのか、そんなことを考える余裕すらなくなっていた。




 *****




 同時刻。


 ヤン・ゴットナイ学園中等部の、とある教室で。

 午後の授業が始まる鐘の音に混じって、深い溜め息が同時に2つ。

 そのうち1つは、ドッカノ王国第2王子チーニィ・ドッカノが吐き出したものだ。


(許せ、弟よ)


 チーニィは、今頃ひどい目に遭っているだろう弟に、心の奥深くで謝罪していた。


 彼は、正確に知っているのだ。

 今日この時刻、初等部最終学年の特別授業で、何が起こるかを。



 名門ヤン・ゴットナイ学園は、全国から優秀な生徒が集まる学園である。

 その多くは上流貴族の子息令嬢であり、下位の爵位であっても金銭的に余裕のある家の子しかいない。

 それは、幼いうちから教育に金をかけられるような環境でないと、ヤン・ゴットナイ学園に入学するのは難しいからだ。


 ヤン・ゴットナイ学園を卒業できた彼らの将来は、確実な栄光が約束されている。

 しかし一方で、その頭脳や実家の資産に目がくらんだ欲深い人間に狙われやすいという致命的な問題もあった。

 特に女子の場合、力に任せて手篭めにし、言うことを聞かせようという卑劣漢に狙われることが多くあった。


 それを憂慮した学園は、初等部最終学年から女子生徒に向けた護身術の授業を行うことにしたのだ。

 しかし、護身術は座学だけで身に着くものではない。

 実践の必要性に迫られるものの、女子たちに思い切り腕を振るわせてやれそうな暴漢役がなかなか見つからず、授業自体が頓挫する危機に陥った。


 そこに差した一筋の光明が、当時のドッカノ王国王太子、ジッチャ・ドッカノの存在である。


 彼は、女子だけが受ける護身術の授業を、他の何か(えっちな授業)と勘違いし、数名の悪友たちと共に密かに覗きにきたところを見つかった。

 全く紳士ではない行動をしたジッチャたちは、学園から罰を与えられることとなった。

 それは、女子たちが遠慮なく護身術の実践ができるよう、暴漢役をするというものだったのだ。


 後ろめたいことをした自覚のあるジッチャと悪友たちは、以降卒業するまで大人しく暴漢役を務めた。

 遠慮のえの字もなく、嬉々として護身術を試す(暴力をふるう)女子たちのために、どれだけ過酷であろうと一切泣き言は言わなかった。

 更に彼らは、見た目こそか弱く可憐な女子生徒たちの苛烈な内情を知ってしまったが、それを他の男子生徒に漏らすことも決してなかった。

 だって、ものすごく怖かったから。


 それ以来、ヤン・ゴットナイ学園に新たな伝統ができた。


 隠されると暴きたくなる程度に好奇心旺盛で、無謀なことでも臆さずに決断でき、目標に向かってどこまでも突っ走る無駄な行動力を備えている上に、体力があり余っていて、口が堅い。

 そんな優秀な男子生徒(アホども)が、特別授業の暴漢役(スケープゴート)として選ばれるのだ。



 第2王子であるチーニィが何故それを知っているかといえば、彼もまた4年前に選ばれた男子(アホ)だったからである。


 そして、男子(アホ)は同類を呼ぶ。


 生贄となった男子生徒は、次の生贄を選ばなくてはならない。

 今年の生贄として見事選ばれたのが、オーゾックたち『ショーヨン』のメンバーだ。

 当然、推薦者の列にはチーニィの名も並んでいた。



 チーニィは、なんの気なしに窓の外を眺めていた。

 全く授業に身が入らない。

 弟のことを思って。


 あと、隣の席の女子がうるさくて。


 隣の席の女子生徒は、確か騎士団長のところの三女だったと記憶している。

 授業の始まりに、チーニィと共に深い溜め息をついた、もう1人だ。

 

 彼女は先程から、カタカタカタカタと机にペンをぶつけていて、喧しいことこの上ない。

 不規則なリズムで鳴らされる音は、決して大きくないのにチーニィの心をザラつかせる何かをはらんでいた。


 そろそろ注意した方がいいだろうか。

 チーニィがそう思って、ペンの音に意識を向けた瞬間。

 ふと、あることに気がついた。


『ダイニ オウジ コロス』


 これは、ドッカノ王国騎士団が、有事の際に味方に送る信号だ。

 彼女の父は王国騎士団長、騎士団の信号を知っていても不思議はない。


 それにしても、殺すとはまた物騒な。


 チーニィは、彼女の方に顔を向けないようにしながら、同じようにペンで机を叩き出した。


『ナゼ』


『オマエ ワタクシ オトウト イケニエ シタ』


 そういえば、騎士団長の末子はオーゾックと同じサロンメンバーだったか。

 チーニィは、再びペンで机を叩く。


『ワタシ オトウト イケニエ イッショ』


『ダマレ ダイサン オウジ イケニエ ドウデモイイ ワタクシ オトウト ブジ ナイトキ オマエ コロス』


『シカタナイ タショウ ケガ ユルセ』


『ウルサイ ダマレ オトウト ブジ デモ オマエ タマ ツブス』


『ヤメロ』


『ホウカゴ ネエサン タチ クル シマイ サンニン ダイニ オウジ ボコル』


 チーニィは、思わず持っていたペンを取り落とした。

 大変なことを思い出してしまったからだ。

 騎士団長の3人姉妹は、末の弟をそれはもう大事に大事に甘やかしているという、有名な話を。


 そして彼女の姉たちが、高等部の護身術の授業でトップの成績だということを。




 *****




 更に同時刻。

 ヤン・ゴットナイ学園高等部、某所にて。


「ぐわあああっ! ギブギブギブギブ!」


「ああ、なんて可哀想なわたくしのカタ。あの子も今頃、こんな恐ろしい目にあっているのね……」


 ドッカノ王国第1王子、アンチャーン・ドッカノが悲鳴をあげながらバンバン腕を叩いても、背後を抑えた美しい令嬢のスリーパーホールドが緩むことはない。

 それどころか、彼女の腕にはまだまだ力が込められていく。


「うふふ、わたくしの可愛い弟を推薦してくれてありがとう。ええと……そうだわ、✝混沌の堕天使✝さん」


「ぐはっ!!」


 自身が10歳の頃に考えたコードネームではあるが、この歳になって同級生の女子から呼ばれるのは、致命的なダメージだ。


「もうやめてくれ! それ以上やったら、✝混沌の堕天使✝が死んでしまう!」


「いや、まずその名前で呼ぶのをやめてくれ……」


 助けを請うかと思いきや、更なるダメージを与えてきた宰相グローノ公爵の長男のおかげで、✝混沌の堕天使✝は瀕死の重症を負った。


「あら、では深淵より昏き(アビス・)幻影(ファントム)さんが代わってくださるのかしら?」


「ぐふっ!!」


 同じく、黒歴史によるダメージを受けた深淵より昏き(アビス・)幻影(ファントム)が、血を吐いた。


 彼らもまた、初等部のときに選ばれた生贄だ。

 そしてその役目は、高等部になってもまだ続いている。



 初等部で必須だった護身術の授業は、中等部では正規のカリキュラムに入っていない。

 中等部の女子生徒は、護身術に興味がある者だけが個人的に鍛錬を続けることになっている。

 そして高等部になると、全学年縦割りの選択授業として護身術の授業は復活し、中等部でひたすら技を磨き力をつけた彼女たちが、再び華々しく活躍することとなるのだ。


 まだ体が成長しきる前、初等部の幼い少女たちならば、確かに護身術と呼べる程度のものだった。

 だが成長して、しなやかな筋肉とバネを手に入れた高等部の彼女たちのそれは、既に完成されたものになっている。

 もはや格闘術と言い換えても良いだろう。


 選択によっては、派生授業の暗殺術をとる生徒もいるようだが、さすがにそちらの相手は生贄男子(バカども)には務まらない。

 しかし、初等部の特別授業で女子生徒たちの秘密を知ってしまった彼らは、高等部になっても生贄のままなのだ。



「ふふふ。ご安心なさいな✝混沌の堕天使✝さん。あなたはわたくしの婚約者。いずれはこの国の王、そしてわたくしの夫となる身。ですから……きっちり玉ァ1つは残しといてやるけぇのう!」


 後ろから羽交い締めにされたまま、✝混沌の堕天使✝は気を失いたいと切に願う。

 それが許されぬ自身の打たれ強さを、心底恨みながら。


「お姉さま〜、準備はよろしくて?」


 何故か聳え立つコーナーポストの最上段に、女子生徒の1人が乗っている。

 彼女は、✝混沌の堕天使✝を羽交い締めにしている女子生徒の妹だ。


 ドッカノ王国騎士団長の三姉妹、その長女と次女は、リングの上で生贄男子(バカども)を相手に派手に暴れ回って(タッグマッチをして)いた。


「よろしくてよ! そのままブチかましておしまいなさい!」


「いくぞぉぉあぁぁぁ! 弟の仇ィィィィィ!!」


 雄叫びと共に、深淵より昏き(アビス・)幻影(ファントム)に雪崩式パイルドライバーがキレイにキマった。

 脳天から叩きつけられ、白目を剥いて泡を吹いている。

 あれはもう駄目だろう。


 強烈な一撃を喰らって意識を手放した朋友に羨ましさを感じながら、✝混沌の堕天使✝はどんよりとコーナーポストを仰ぎ見る。

 再び、女子生徒が最上段に駆け上がった。

 さっきまで✝混沌の堕天使✝を羽交い締めにしていた、ブッツー騎士団長の長女だ。


 拘束は解かれたが、もう避けるだけの体力が残っていない。


(この一撃で終わればいいのだが……)


「さあ、大技行きますわよ〜! みなさま応援のカウントをお願いいたしますわ〜! 10・9・8・7・6……」


 煽られて、観客となっている女子生徒たちは熱烈な「殺せ!」コールを、リング上に転がっている生贄へと浴びせかける。


 覚悟を決めて、✝混沌の堕天使✝は腹に力を入れた。

 5秒後にやってくる、華麗なムーンサルトプレスの衝撃に備えるために。





いつまでたっても、小学生男子の心意気は忘れたくないものです。

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