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潜入作戦



「兄さま」


「なんだ、弟よ」


 オーゾックは、学園から帰宅した2番目の兄のもとを訪ねていた。

 1番目の兄は高等部で生徒会というサロンを開催しているため、帰宅が遅い。

 そのため、まずはこちらから先に話を聞こうと考えたのだ。


「教えてほしいことがあるのです。明日の……特別授業のことで」


 予想していたのだろうか。

 第2王子は、さして面白くもなさそうに「ふうん」とオーゾックを見下ろした。


「その件は、やめておけと忠告したはずだが? まさか、兄だから聞けば簡単に教えてくれるとでも思ったのか?」

 

「……いえ。兄さまたちだけではなく、どこからも有益な情報は得られませんでした」


「だったら――」


 この話は終わりだ、と続けようとした兄を、オーゾックは遮った。


「ですから、直接その授業を見に行こうかと」


「……はっ! このドッカノ王国の王子ともあろう者が、間諜の真似事をすると?」


 オーゾックは直接見に行くと言ったが、どのように見に行くかは言っていない。

 それでも、オーゾックがこっそり女子たちの授業を見に行こうとしていることは明白だった。

 秘匿されている授業を覗くのに、他に方法はないのだから。


「そうです。徹底的に隠された授業……何もなければそれで構いません。しかしそうでなかった場合、巻き込まれるのはか弱き令嬢たちです。ドッカノ王国の王子として、見過ごすわけにはいかないのです!」


 数秒、兄と弟が真正面から睨み合う。

 先に目を逸らしたのは、兄の方だった。

 

「…………で、本音は?」


「女子だけなんかズルい! いつもいつも先生たちは女子にばっかり優しくして! どうせこっそりお菓子(ワイロ)でも貰ってるんじゃないのか!? 不正を暴いて、私もお菓子を貰ってやる!」


 ぷんすこぷんすこしている弟に、なんとも言い難い微妙な視線をやりながら、兄王子は嘆息した。


「お前も一応、建前くらいは言えるようになったんだな。……仕方ない、何が聞きたいんだ?」


 兄王子が、観念したように言った。

 そのことをオーゾックは不思議に思う。

 いくら兄に促されたからといって、ついうっかり本音をぶつけてしまったのは非常にまずかった。

 まだ子供だといえ王子という立場上、本音を隠して公の立場でいなければならない。

 だというのに、本音を漏らした直後に、なぜ兄は突然意見を翻したのだろう。

 それがわからなかった。

 

 わからなかったが、深く考えることはしなかった。

 自分の欲求や目的のためには、目の前の都合の良いことだけを選び取って、脇目もふらずに進んでいく。

 それが男子というものなのだ。


「兄さまは、どうやって特別授業のことを知ったのですか?」


「そりゃ、父上と兄上にそれとなく唆されてな……あとはお前の想像通りだろう。実を言えば私も忍び込んだのだよ。あの特別授業に」


「な、んと……!」


「今となっては、何故あんなことをしたのかと後悔している。恐らく兄上もだろう。それでもオーゾック、お前も我々と同じことをするつもりなのか?」


「もちろんです!」


 一片の曇もない弟の眼に、兄はある種の戦慄と、盛大な哀れみで目眩がしそうだった。


「そうか。ならば私から1つ助言をしてやろう。潜入調査をするなら、仲間たちはコードネームで呼び合うのが常識だぞ」


「ハッ……! 素晴らしい助言をありがとうございます、兄さま!!」


 ちなみに、第2王子は14歳。

 分別のつく年齢ではあるが、いちばんアレな病が立派にアレする年齢でもあるのだった。






 その夜。

 人払いされた王宮の一室にて、2人の王子が話し合っていた。

 第1王子と第2王子である。

 話の内容は勿論、彼らの弟のこと。


「ではやはり、あの後オーゾックは兄上のところにも行ったのですね」


「ああ。あんなヤル気に満ちた目をするとはな。止めても無駄なことはわかっていたが……」


「止めることなんてできないでしょうに。ま、私たちには、オーゾックのことをとやかく言う資格もありませんからね」


「はあ……そうだな。やれやれ、明日のことを考えると頭が痛いよ」


「ははは。明日は大変な日になりそうですね」


「何を他人事のように言ってるんだ」


「いやだって、私にとっては他人事ですから」


「まったく、お前は……」


 陰鬱そうに溜め息をつく第1王子と、兄を揶揄うように笑った第2王子。

 しかし、この件は決して第2王子にとっても他人事ではないのだと、このときの彼らはまだ知る由もないのであった。




 *****




「さあ、皆様。準備はできたかですわよ!」


「ふふふ。抜かりありませんことですわ」


「わぁ、スカートって結構歩きづらいんだねぇですわぁ」


「…………御意……ですの」


 ヤン・ゴットナイ学園、初等部のとある空き教室。

 昼休みを利用して、4人の令嬢(?)が集まっていた。


 青いドレスの令嬢、オーゾッ子。

 黒いドレスの令嬢、ハラ美。

 黄色いドレスの令嬢、アザ乃。

 緑のドレスの令嬢、カタ代。


 何を隠そう、彼女たちの真の姿は、秘密サロン『ショーヨン』の男子生徒たちなのである!


「おほほほほ! 完璧な作戦だなですわ!」


「女子の授業に潜入するなら、自ら女子になるのが最適解! ですわね!」


「あははっ、急にとんでもないこと言い出したな〜って思ってたけど、やってみると結構楽しいですねぇですわ〜」


「……くっ…………絶対に自分だと正体がバレてはいかん……ですの!!」


 それぞれのドレスに身を包み、軽く化粧までしている彼らを、誰が男子だと思うだろうか。

 いや、誰が『女装した男子生徒』がいると思うだろうか。

 この由緒正しき名門中の名門、ヤン・ゴットナイ学園の中で。


 こんな作戦、たとえ思いついたとしてもやらないだろう。

 しかしながら彼らは、それを実現してしまう無駄な計画性と行動力が十二分にあったのだ。


「ふふふふ……この作戦、それだけではないのだですのよ」


 青いドレスの令嬢オーゾッ子――実は第3王子のオーゾックだ――が、不敵に笑う。


「なになに? 何があるのですわ?」


 黄色いドレスの令嬢アザ乃――実は(以下略)――が、身を乗り出して尋ねた。


「おやおや、まだこの先があるとはですわ」


「くっ……これ以上、自分は……っ……ですの」


 黒いドレスの令嬢ハラ美――(以下略)――が、銀縁の眼鏡をくいっと押し上げ、緑のドレスの令嬢カタ代(略)が、羞恥に震えて顔を赤らめる。


「どんな完璧な作戦でも、思いがけないアクシデントに見舞われることがあるですわ。だから万が一に備え、作戦遂行中はお互いをコードネームで呼び合うことにするですわ!」


「……コー」

「ドネー」

「ム……!」


 一瞬の間の後、彼らの目元と唇が、にんまりとした笑みを形作る。


「兄さまから授けられた秘策だですわ。潜入するならコードネームは必須だからなですわ」


「なんと素晴らしい策なんだですわ! ならば俺は『虚ろなる狭間(ヴォイド)()手引きする者(フィクサー)』と名乗るとしようですわ!」


「じゃーねー、僕はねー『エターナル・ムーンライト』がいいかなーですわー」


「自分は『暁星幻楼騎士』と……ですの」


「ほほほ……私は『アルティメット・ギャラクティカ・スーパーノヴァ』だ! ですわ!」


 各々、自らが考え出したコードネームを披露する。

 だがそんな中、3つの白けた視線がオーゾックへと集中していた。


「長いですよぉ」


「やはり言いたいだけなのでは」


「えーとえーと……規模が大きい、とは思いますが……」


「な、なんだよっ! いいだろう、コードネームなんだからっ!」


 前々から密かに考えていた最高にカッコイイ名前が思いのほか不評であったことに、オーゾックがジタジタと地団駄を踏む。


「はいはい、そうですねアルティメット・ギャラクティカ・スーパーノヴァ殿下」


「あはっ。略してアーパー殿下でいいんじゃないですか?」


「ア…………………………殿下」


 呆れ顔で投げやりなハラ、にこにこしながら毒を吐くアザト、真面目な顔で脂汗を垂らすカタ。

 それぞれの反応に、オーゾックはがくりと肩を落とした。


「お前ら本当に、私に対する敬意というものがないよな……」






 昼休みも半分ほどを過ぎた頃、騒がしかったサロンはようやっと落ち着きを取り戻した。

  

「最後に情報の擦り合わせをしておこう。特別授業について、新たな情報を得た者はいるか?」


 昨日の今日では、大した情報は得られなかったことだろう。

 しかし、優秀な『ショーヨン』メンバーなら、何かしら新しい情報を持ってきたのではないかと、オーゾックは期待した。


「はいはーい! 僕が聞いた話だと、どうも体が育ちきる前に学ばないといけないことみたいですよぉ」


「自分は、姉たちが話しているのをこっそり聞いたのですが。多少の出血は仕方ない、というようなことを言っていました」


「俺が得た情報によると、痛みや恐怖を感じることもあるのだとか……」


 オーゾックの期待通り、サロンメンバーは次々と新しい情報を披露していく。

 しかし、カタとハラの情報には、メンバー全員が顔色を悪くした。


「そうか……女子たちがどんな授業を受けるのかわからないが……彼女たちには、私たちの知らない苦労があるのだな」


「あのぅ……」


 悲壮な顔をしたメンバーの中、アザトが遠慮がちに手を挙げる。


「これは、言うかどうか迷ったんですけどぉ……」


 全員の視線を受けて、アザトは少し怯んだようだ。

 けれど、意を決したように口を開く。


「あの、詳細はわからないんですけど。特別授業に出た女子たちは、男子のちんちんを触ったりするそうなんですよぅ」


「ちんちん!」


「ちんちん!!」


「ちっ…………!?!?!?」


 オーゾックとハラはガタガタと立ち上がり、カタは目を白黒させて固まった。


「あ、わっ、僕もよくわかんないんですよっ! でも、なんかそういう話もあって……」


 もじもじするアザトや、意識が遠くなっているカタと違い、オーゾックとハラは何かを確信したように頷き合う。


「なるほど。俺と殿下には兄がいるからな。お前たちと違って、わかってしまったかもしれん」


「ハラの言うとおりだ。恐らく女子たちは……男子には聞かせられないえっちな授業を受けている!!」


 力強く言い切ったオーゾックの言葉に、アザトはわざとらしく「えっ、えっ?」とオロオロし、カタは「えっちとは……?」と不思議そうな顔をする。

 これが養殖と天然の違いかと、ハラを妙に納得させながら。


「私とて、詳しくは知らん。だが、大人になるために必要なことらしい」


「男子と女子では少し違うらしいが……そうだな、これはチャンスかもしれないぞ」


 キラリと眼鏡を光らせ、ハラが薄く笑う。


「女子のえっちな話を聞く、またとないチャンスだ!」


 この瞬間、サロンメンバーの心が1つになった。

 特別授業への潜入は、必ず成功させなければならない。

 約1名、イマイチよくわかっていないメンバーを含みつつ。



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