秘密の授業
「それでは、これより緊急会議を始める」
ヤン・ゴットナイ学園初等部、放課後の空き教室。
そこに、少年の声が静かに落とされる。
常にはない緊張感。
それを感じ取った少年たちは、軽く互いの顔を見合いながら、無言で頷いた。
名門ヤン・ゴットナイ学園。
ここは、ドッカノ王国の王族貴族の中でも、特に優秀な者だけが集まる学園である。
形だけの名門校とは違い、ただ家柄がいいだけでは学園内に足を踏み入れることすらできない。
学力は言わずもがな、体力面、精神面でも秀でており、なおかつ判断力や行動力のある優秀な生徒だけが学園で学ぶことを許される。
学園から能力不足と見做されれば、たとえ王族であっても入学することはできない真の名門校。
それがヤン・ゴットナイ学園だ。
学園のモットーは『紳士淑女たれ』
少しでも紳士淑女らしからぬ行動をした者には、容赦なく厳しい罰が課せられる。
上辺だけではなく、魂の底から高潔な人物を育て上げることが、学園の至上理念なのである。
放課後、空き教室に集まったのは4人の少年たち。
彼らは秘密サロン『ショーヨン』のメンバーだ。
学園内でも特に優秀であり、その情報収集力、決断力、実行力、忍耐力において、彼らの右に出る者はいない。
勿論、中等部や高等部の生徒に比べれば、まだまだという部分も多い。
しかしながら、彼らが初等部でトップの地位にいるのは、間違いのない事実だった。
「皆に急ぎ集まってもらったのは、他でもない」
最初に口を開いたのは、オーゾック・ドッカノ。
ドッカノ王国第3王子だ。
「ふっ……明日の授業のことですね」
ドッカノ王国宰相の息子、ハラ・グローノは銀縁の眼鏡をくいっと押し上げ、ニヤリとした。
「やはり、知っていたか」
王子の言葉を遮った不敬を咎めもせず、オーゾックは同じようにニヤリと笑い返す。
「あはは、殿下とハラは高等部と中等部にお兄さんがいますもんねぇ。僕の身内はさすがに、なーんにも教えてくれなかったんですぅ」
学園長であるショッタ侯爵のひとり息子、アザト・ショッタはわざとらしく肩をすくめてみせる。
「自分の姉上たちも、何も教えてはくれませんでした。男子である自分は知らなくていいことだ、と」
真面目な表情で、ドッカノ王国騎士団長の末子カタ・ブッツーはぽそりと言った。
「ふむ。さすがに全員、明日の特別授業のことは知っていたか」
机の上で手を組み、オーゾックは3人を見回した。
ハラ、アザト、カタも、それぞれ他のメンバーの顔を見る。
彼らのサロン『ショーヨン』が開かれるのは、通常週に1度と決まっていた。
それぞれの立場から集められた情報を元に、学園の生徒たちが快適に過ごせるよう行動するのが彼らの目的だ。
時に、落とし物の持ち主を調べて本人へ返却したり。
時に、学園内に迷い込んできた犬や猫を匿い、甲斐甲斐しく世話をしたり。
時に、某所が全開の男子生徒に「ソーセージ屋が開店準備を始めている」と、暗号文を送ったり。
だがその功績は、一般の生徒に知られることはない。
なぜなら、彼らは誇り高き秘密サロンのメンバーだから。
伊達に「人知れず活躍して学園を支えるヒーローかっこいい」といった理由で集まっているわけではない。
そして今日、オーゾックの呼びかけでサロンメンバーに臨時召集がかけられた。
このようなことは初めてである。
「では私から、改めて説明させてもらおう」
全員が既に知っていることかもしれないが、情報共有は必要だ。
まずはオーゾックの口から、概要が語られる。
「明日の午後、男女別の授業がある。私たち男子は剣術の授業だが……女子の授業内容は不明だ」
ハラ、アザト、カタが無言で頷く。
ここまでは全員が知っていた。
「初等部の最終学年で、女子だけが受ける謎の授業があると噂程度に聞いたことはあったが、どうやら事実のようだな」
「クラスの女子と、中等部のお姉さまたちにそれとなーく話を聞いたんですけどぉ。女子だけの授業があることは確実でも、何をするかまでは聞き出せませんでしたっ」
アザトの主な情報源は、学園内外の女子たちだ。
彼自身の巧みな話術と交渉術、時には学園長の息子という立場まで使い、中等部や高等部、学外に至るまで幅広い情報網を築き上げている。
それゆえ、今回の案件について有力な情報が得られると期待されたのだが。
そのアザトをもってしても、詳細はわからなかったようだ。
「自分の姉上たちは、そんな授業などないとはぐらかしました。しかし自分がしつこく食い下がると、男子は知らなくていいと言って、頑なに喋ろうとしなかったのです」
カタの姉は、高等部に2人、中等部に1人在席している。
彼が同胞の中で唯一の男であり、姉たちから相当に可愛がられていることは、学園内では有名だ。
その姉たちが、カタにすら秘密にしている。
カタの姉たちは最も有力な情報源とみなされていたが、こちらもアザト同様に何も得られなかったようだ。
「そうそう! 授業があるってことを聞き出すだけでも大変だったんですよぅ。どうも、意図的に隠されているようですねぇ」
情けない顔をしたアザトが、カタを労うようにぽんぽんとその背を叩く。
カタは真面目な顔を崩さなかったが、そのときのことを思い出したのか、ぐったりと疲れたような目をした。
その様子を見るに、女子たちへの聞き取り調査がどれほど大変だったのかが窺い知れる。
では、男子からの情報はといえば。
「俺の調べによると、女子の特別授業のことを知る男子も、僅かながら存在するようです。俺の兄もその1人だったのですが……最後まで口を割りませんでしたね」
「私の兄たちもだ。特別授業のことを匂わせたわりには、肝心なことは何も教えてくださらなかった」
ハラの兄は高等部に在席しており、オーゾックの兄である第1王子とは同級生にあたる。
ちなみに、中等部にいる第2王子は、カタの3番目の姉と同級生である。
そもそも、女子だけの特別授業について最初に話題にしたのは、オーゾックの兄王子たちだった。
兄たちがわざわざこの話題に触れなければ、オーゾックもここまで気にすることはなかっただろう。
『そういえば、オーゾックは初等部の最終学年だったな』
『ああ、ということはそろそろアレがありますね。例の、特別授業』
『特別授業、ですか? どういった授業なのでしょうか?』
『気にするな、オーゾック。アレは、我々男子が首を突っ込んでも、ろくなことはない』
『兄上の仰る通りだ。知りたければ止めはしないが……やめておいた方がいいと思うぞ』
オーゾックは、数日前に兄たちと交わした会話を思い出していた。
兄たちの言葉をそのまま受け取るなら、オーゾックは何も知らない方が良いのだろう。
下手にこそこそ調べて、兄たちの不興をかうこともない。
だが、兄たちはどこか面白そうな顔をしていたのだ。
それは挑発的であり、オーゾックに対して調べられるものなら調べてみろと言わんばかりの顔だった。
そして、それを隠そうともしていない。
これは暗に、特別授業には何か重大な秘密があると言われているのだとオーゾックは受け取った。
兄たちの言葉を聞いて、オーゾックには1つ思い当たることがあった。
出所もわからない、怪談話のような噂。
それが、初等部最終学年で行われる、女子だけの秘密の授業だ。
女子生徒は全員その授業を受けている。
しかし誰も授業については語らない。
教える側の女教師も、授業を受けた女子生徒たちも。
誰ひとり、黙して語らず。
しかしまさか、名門中の名門と誉れ高いヤン・ゴットナイ学園で、そのような――隠蔽されるようなことが、本当に有り得るだろうか。
だからこそ、オーゾックはそれを単なる真偽不明の噂話だとしか考えていなかった。
のだが。
「ふむ、殿下のところもですか。俺も、兄がうっかり口を滑らした……という風を装って、特別授業などと口にしたことに疑問を持ちましてね」
「あ、僕も僕もー! わざわざ父さんが、気になる授業はあるかって聞いてきたんで、何かあるのかなーって気になったんですよぉ」
自然、3人の視線がカタに集まった。
カタは真面目な顔のまま、静かに口を開く。
「自分は……姉たちから、しばらくサロンには関わるなと言われました。ですから、ここ数日殿下たちがお調べになっていることと関わりがあるのかと、カマをかけたのですが……」
それぞれの話を聞いて、オーゾックは考える。
これは完全に誘導されている、と。
男女別の授業など、これまでにも幾度となくあった。
特に社交やマナーは男女で別々の役割が課せられるため、そういった授業が男女別になることは珍しくない。
女子が何を学んでいるのか気にならないではないが、女子には女子の世界がある。
今まで特に気にすることもなかったし、そもそも大多数の男子生徒は、女子のやることに興味が薄い。
そんなことより、誰が1番早く昼食を食べ終わるか、どれだけ遠くにボールを投げられるか、そういったことの方が余程重大なのである。
第3王子とはいえ、オーゾックとてまだ10歳の少年だ。
クラスの女子が何をしているか考えるよりも、この世で最強のカッコイイ剣の名前を考える方が有意義な時間の使い方だと心得ている。
だが、この特別授業に関してはそうも言っていられない。
隠そうとする女子に対して、何かを知っている男子は、オーゾックたち秘密サロンのメンバーが関わることを望んでいる。
学園長ですらそうなのだ。
事は、オーゾックが考えるよりも遥かに重大なのかもしれない。
オーゾックは、いつの間にか組んでいた手がじっとりと汗まみれになっていることに気付いた。
未知なることに対する恐怖か。
それとも、未知なることに挑む興奮か。
オーゾックは顔を上げ、ハラ、アザト、カタを順番に見やった。
3人とも、心得たとばかりに真っ直ぐオーゾックを見返し、深く頷く。
さすが、名門ヤン・ゴットナイ学園でも特に優秀だと目される者たちだ。
口にせずとも己の意を汲んでくれる。
信頼できる仲間に囲まれ、オーゾックは口端を薄い笑みで軽く持ち上げた。
「殿下、ここはやはり『漆黒の獄炎に赦されし審判』ですよね」
「僕は『トワイライト・ミラージュ』がいいと思いますよぉ」
「自分の考えは『真竜砕牙烈風剣』です」
「………………ちょっと待て、何の話をしている?」
突然3人がわけのわからないことを言い出し、オーゾックの頭上には大量の疑問符が浮かぶ。
訝しげなオーゾックを前にして、銀縁眼鏡をくいっと押し上げたハラが、史上最高のドヤ顔をした。
「当然、この世で最強のカッコイイ剣の名前ですよ!」
「……………………」
一瞬、呆けたオーゾックだったが、みるみるうちに怒気をはらんだ顔になり、荒々しく声をあげた。
「……なっ、何を考えているんだっ!」
ダンッ! と振り上げられた拳が、机に叩きつけられる。
「最強なのは『聖剣・アルティメットジェノサイダー』に決まってるだろうッ!!!」
今度は、オーゾック以外の3人がぽかんとする番だった。
ただ、こちらも呆けたのは一瞬のことで。
ハラとアザトは「やれやれ」とばかりに、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「えー。一国の王子が、ジェノサイダーはどうかと思いますけどぉ」
「聖剣のくせに、ジェノサイダーとはこれ如何に。もしや殿下、ただジェノサイダーと言いたかっただけなのでは?」
「う、うるさいっ! カッコイイだろうが!」
騒ぐサロンメンバーを前に、カタは1度固く目を閉じた。
騎士団長である父の教え『人を諌めるときは、頭ごなしに物申すのではなく、まずは褒めるところから始めよ』との言葉を思い出して。
「自分は……自分は、えーと…………語感はカッコイイと思います! ジェノサイダーはやめるべきですが」
「なんだよっ! いいじゃないかジェノサイダー! なんかカッコイイし! そんなこと言ったら、お前たちの考えた剣の名前だって、おかしな意味じゃないかっ!!」
「む。俺の考えた名前が1番カッコイイというのに、それがわからないとは……」
「僕のが1番でしょ! カッコ良さの中にも美しさがあるんですからねぇ」
「きちんと名前に剣を入れている自分が、1番だと思いますけど……」
この日、会議は紛糾した。