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妖精に愛された少女の行方は誰も知らない  作者: 宵月碧
春:季節はずれのオンシジューム
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episode.4


 光沢のある飴色をした木製の壁と床。丸太と角材を使用した木の温もりを感じられるガウラの家は、ほとんどの家具がこの家に見合った木造りであり、樹木の香り漂う落ち着ける空間だった。

 ディサのいる部屋はガウラの寝室のようで、ベッド以外には目立った家具は置かれていない。今手にしている器もスプーンも木製で、温かいスープを口に運ぶ度に両親と暮らしていた幼い頃を思い出し、自然と懐かしい気持ちにしてくれる。


「ところで、お前が王都から逃げてきたのはその呪いってのが原因なのか? 祝福を受けた者は教育から衣食住まで、家族含めて良い待遇が受けられると聞いたが……」


 ガウラの言葉に、ディサは咀嚼していた肉をごくりと飲み込んだ。


 数少ない祝福者は、ガウラの言う通り何不自由なく生活を送ることができ、成人すれば王都で能力に見合った職に就くことができる。


 なぜ逃げる必要があるのかと、彼は暗にそう尋ねているのだ。


 ディサは僅かに逡巡したのち、困ったように眉を垂れ下げた。


「その……母に、会いたくて……」


「……母親も王都にいるんじゃないのか?」


「はい……少し前まではそうだったんですけど……今は私が七歳まで暮らしていた町に帰っているんです。私は王都から出ることを許されていなかったので……こっそり、抜け出してきました」


 悪戯をした子どものようにはにかんだ笑みを見せるディサを前に、ガウラは表情を険しくする。何か言いたげに目を細めたあと、短く溜め息を吐き出した。


「いろいろと気になることはあるが……まあ、今は早く怪我を治せ。治るまではここに居ればいい。本来は祭祀(さいし)でもない限り王族だろうと立ち入らない森だからな。身を隠すには充分だろ」


「え……いいんですか……? ありがとうございます。すごく、助かります」


 ガウラの皮肉混じりの言葉を素直に受け止めたディサは、嬉しそうに声を弾ませた。図々しいとガウラに思われたところで、今は身を隠せる場所が必要だった。


「ガウラさん……私、ラグルスという町に行きたいんです。この森を抜けて、町に行くことはできますか?」


「無理だろうな」


 考える素振りも見せず、ガウラはきっぱりと言い切った。


「ラグルスは森を抜ければすぐの町だが、この森は広い。お前が呑気に歩きながら抜けられる森じゃない。それこそ迷って野垂れ死ぬか、獣の餌になるだろうな」


 ぞっとすることを言われ、ディサの顔が青ざめる。狼の餌になりそこなった記憶がよみがえり、ガウラの横で大きな体を伏せてじっとしているアッシュをちらりと見た。


 狼がいるというだけでも危険な森だ。況してやディサは、アッシュの倍以上はある黒い狼とも遭遇している。今無事でいることさえ、奇跡のようなものだった。


 怖い思いをしたとはいえ、ラグルスに行くことを諦められるわけではない。母の元に行くために、必死で王都を抜け出してきたのだ。


「でも……私、どうしてもラグルスに行きたいんです……」


「それなら、おとなしく公道を行くんだな。運が良ければ、見付からずに辿り着けるだろう」


 素っ気ないガウラの言葉が冷たく響き、ディサの気持ちは沈んでいく。彼の言っていることは至極当然のことであり、森を熟知しているからこその発言だと分かる。


 妖精の森と呼ばれるこの森林は、大きな湖を囲むようにして木々が鬱蒼と立ち並ぶ。祖先や神々を祀る祭祀を湖で行うため、王都側から湖まで人が通行できる程度の道があるぐらいで、ほとんど手付かずの神秘の森だ。

 呼び名の通り妖精が棲むと信じられているので、人の立ち入りは禁止されている。ガウラが当然のように森で暮らしているというのは、ディサにとって不思議でしかなかった。


「分かりました……少し、考えてみます」


 ディサが小さく頷くと、満足したようにガウラは立ち上がる。無言のまま一度部屋から出て行き、タオルを手にまたすぐに戻ってきた。ベッド脇のナイトテーブルに置かれていた服の上に、持ってきたタオルを重ねる。


「飯を食い終わったら風呂に入るといい。湯に浸かるのは怪我がもう少し治ってからにしておけよ。そのあと、足の包帯を取り替える」


 ガウラの発した風呂という単語にディサは目を瞬き、隣にあるナイトテーブルにそっと手を伸ばした。ガウラが持ってきたタオルを捲って下に置かれている服を確認すると、どうも自分が着ていたものによく似ている。では、今身に付けている服はなんなのか。


 着ている服に視線を落とし、襟を引っ張って胸元を確認する。ゆとりのあるシャツの下には、ショーツ以外のものは何も身に付けていなかった。


「あ、あの……服……」


「お前の服ならそこに置いてあるだろ。ちゃんと洗って乾かしてある」


「それじゃあ……やっぱり……」


 困惑した様子のディサが襟元を握り締めて顔をあげると、ガウラは気が付いたように「ああ」と呟いた。


「汚れていたからお前の服は俺が着替えさせた。ガキに変な気を起こすなんてことはないから、心配するな」


 ガウラは唇の端を吊り上げてそう言い、呆然としているディサにそれ以上の言葉をかけることなく部屋を後にした。


 ガウラに裸を見られたのだと分かったディサの顔は、みるみるうちに赤く染まっていく。両手で熱くなった頬を覆って床に寝そべるアッシュを見れば、こちらを見上げる青く澄んだ瞳の純粋さに羞恥心が増す。


「うう……恥ずかしい……」


 アッシュの視線を避けるように顔全体を両手で隠すと、ディサの口から小さな呻き声がもれた。



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