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妖精に愛された少女の行方は誰も知らない  作者: 宵月碧
春:季節はずれのオンシジューム
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episode.3


「それは妖精の祝福……ってやつか」


 植物に覆われたディサの右手を見て、ガウラは特段驚いた様子もなく僅かに眉だけを動かした。


 随分と昔には妖精と同じように存在していた魔法使いや魔女が人前から姿を消し、神秘的な力をもつ存在は今では祝福者のみと言われている現在。自然崇拝の色濃いこの国にとって、妖精から授かったと信じられている不思議な力は、とても特別で畏怖するものだった。


「祝福者は数人程度しかいない、稀有(けう)な存在だという話だが……超自然的な能力をもつって言うのは本当なんだな」


 ディサに鼻を向けて不思議そうにすんすんと匂いを嗅ぐアッシュの背を撫で、ガウラは「それのどこが呪いなんだ?」と首を傾げた。


「私は、体からあらゆる植物を生やすことができるんです。能力をもつ人で、私のように体に直接影響を与える人はいません」


 ディサはそう言って左手を差し出すと、手のひらから一輪の赤いバラを生み出した。


「幼い頃は力をコントロールできず、体のあちこちに花を咲かせていました」


 淡々とした口調で話すディサの右瞼に大きなユリの花が咲くと、ガウラはほんの一瞬目を見張った。言葉通り何の前触れもなく突然体のあちこちから現われる植物は、まさに神秘の力としか言いようがない。


「毒草でさえ体に生み出すことのできる私を、気味が悪いと……呪いだと言う人も、います……」


 よるべないディサの揺れる瞳が長い睫毛に隠れ、瞼に咲いていたユリの花が、涙のようにひらりひらりと花びらを散らす。手のひらのバラは枯れ、腕に絡み付いていた蔓も、シーツの上に枯れ落ちた。


 妖精と共存するアスタルテアの人々は、妖精を決して“良いもの”として都合よく敬愛しているわけではない。彼ら妖精は恐れるべき存在でもあるということを、充分に理解している。抗うことのできない、自然への恐怖そのもの。

 妖精の祝福は、すべての人にとっての祝福ではないのだと、ディサは身をもって知っている。


 もしガウラがディサの能力を気味が悪いと吐き捨てたところで、それは仕方のないことなのだ。

 ある意味死刑宣告を待つ罪人のような気分で俯いていたディサは、ガウラの吐き出した深い溜め息によって身を竦めた。


「取りあえず、お前の能力が散らかす力に長けてるってことはよく分かった」


 呆れたようなガウラの言葉に、ディサはえ、と思わず顔をあげる。彼の顎で指し示されたベッドシーツに目を向け、自分の周りに散らばる枯れた植物の残骸に愕然とした。


「あ……す、すみませんっ……! すぐに、片付けます……!」


「いや、いい。いちいち気にするな。怪我に障るから、おとなしくしてろ」


 慌てるディサを制してガウラはベッド脇に置いてあるゴミ箱を手にすると、シーツの上の残骸を手で乱雑にかき集めて捨てていく。ディサも手にしている毛布から欠片を落とし、手のひらで寄せ集めて捨てるのを手伝った。


「そういや、腹減ってるだろ。スープぐらいなら食えそうか?」


 ひと通り片付け終わると、ガウラはそう言って立ち上がった。


「え……、はい……。でも、あの、私……」


「なんだ、食えないものでもあるのか。入ってる肉は鹿肉だぞ」


「いえ、それは大丈夫です……けど……その……」


 煮え切らないディサの様子に、元々寄っていたガウラの眉間の皺がますます深くなった。


「お前の能力のことなら、俺もアッシュも興味はない。呪いってのもばかばかしい。人によってはお前の力は便利だろうが、生憎俺は草より肉が好きだ」


 きっぱりと言ってのけたガウラは、目を丸くしているディサを気にする素振りも見せず、ドアの向こうに消えてしまった。会話から食事の気配を感じ取ったのか、アッシュも尻尾を振りながら後を付いていく。


 部屋に一人残されたディサは、ガウラの言葉を反芻するようにゆっくりと瞬きを繰り返した。


「草より……肉……」


 祝福の力になんの興味も感情も示されないことなど、今まで一度もなかった。


 ガウラにとってディサは、特別でも恐れるべき存在でもない。


 それがどうしてこんなにも、心を軽くしてくれるのか。ディサには分からなかった。


 妖精の祝福を授かった者は、王都で様々な教育を受けることができる。もっている能力について学ぶのも、この期間に行われる。

 ディサは実際に見たことのある植物だけでなく、自分の知らない筈の植物も生み出すことができた。そういうものが体から生える時は、大抵無意識であることが多い。


 能力のコントロールを学んでいる時、体中から有毒植物を生やしてしまったことが、ディサの運命を大きく変えた。


 毒はなぜ──彼女の体を蝕むことがないのだろうか。


 ひとつの疑問が、すべての苦痛の始まりだった。



 ◇



 湯気が揺蕩う野菜や肉がたっぷり入ったスープと、ほんのり温かいパン。喉を潤す水がのった木製トレイをガウラに渡され、ディサは控えめに口を開いた。


「あの、ありがとうございます」


「ああ。お前は痩せすぎだから、食えるならしっかり食え。おかわりもある」


 ガウラはぶっきらぼうな態度でスツールに腰を下ろすと、強請るように寄ってきたアッシュへと干し肉を差し出す。鋭い牙で固い肉を嬉しそうに食むアッシュを横目に、ディサはスプーンを手にした。


 どうやらガウラの愛想のない表情や口調は怒っているからではなく、彼にとっての平常らしい。

 食欲をそそる美味しそうなスープの香りに誘われてスプーンを口に運べば、肉の旨味とトマトの仄かな酸味がじんわりと口内に広がり、体の芯が温かくなる。


 最近では何を食べても味を感じられなかったディサは、鼻を抜けるその優しい匂いに泣きたい気持ちが押し寄せ、柔らかく目を細めた。


「美味しいです……とっても……」


 ディサの浮かべた笑みにガウラは「そうか」と短く相槌を打つ。素っ気ない彼の醸し出す空気はどこか穏やかで安心感があり、心を落ち着かせてくれる。


 怖いと思っていた何分か前までが、嘘のように感じられた。



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