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第5話 討伐

冒険者パーティのもとに辿り着き、空から地面に降り立つ。


その頃には晴れ渡っていった空に厚い雲が垂れ込んでいた。

頬に冷たいものを感じる。

雨が降り始めていた。


あたりを見ると、3人が血溜まりに沈んでいるのが見える。

服装から2人は男、1人は女のように見える。


それぞれに近づき、しゃがんでから、首に指を当てる。


2人の男はすでに脈はなく、事切れている。

共に胸元に大きな爪痕が見える。

おそらく襲われ、引き裂かれたもののように思える。


2人から少し離れたところにある女のもとに近づく。

うつ伏せになるような形になっており、背中に大きな傷跡が見える。

逃げようとしたところを襲われたのだろうか。

脈を確認すると、ほんの僅かに反応を感じる。

このまま放置すれば、時を待たずに事切れるだろう。


「うまくいくかわからないけど」


うつ伏せになっている女を顔が上になるような形に寝かし直す。

その女の胸元に私の両手をあて、集中する。


冷たい雨に打たれながら、精霊に願う。

この人を癒してほしいと。

この人を救ってほしいと。

この人の傷を塞いでほしいと。


周りから私に集まった光が、私の手を伝って女を包むように流れ込んでいく。

土気色だった女の顔に赤みが戻ってくる。


少しすると光が収まった。

女の傷を確認すると跡もなく塞がっていた。

静かに眠っているように見える。


このままこの人を置いていく訳にもいかないと考えていると、その女は静かに目を開けた。

ゆっくりと上体を起こして、辺りを見ているようだった。


話しかける。


「今どういう状況かわかりますか?」


その声に反応したように私を見つめて、答えた。


「どういう状況って…。そう!アランとジョズは?」


急に慌てたように私に聞いてくる。

さっきの人かな。


「アランさんとジョズさんというのは存じませんが、あそこで亡くなっている2人でしょうか?」

「…え?」


私の指差す方向を見ると、目を見開いて、そして急に立ち上がり駆け寄った。

その人は2人の亡骸まで辿り着くと、静かに泣き出した。


「二人とも私を置いていかないでよ…」


私が救えるのは生きている人だけ。

死んだ人を蘇らせる力は私にはない。

様子を見ていた私は、歯痒い思いに駆られていた。


そんな間にもグレッグベアは待ってくれない。

泣いているその人に話しかける。


「私は冒険者ギルドからグレッグベア討伐に派遣されたギルド職員のリリと言います。私はこれからグレッグベア討伐に向かいます。私が戻ってくるまで、一人でなんとかできますか?」


涙目で赤く腫れた瞳を私に向けて答えてくる。


「Bランクのイア。私一人での帰還は難しいけど、隠れて待つぐらいなら問題ない」


涙声だったが、何かを振り切ったような様子だった。


「それなら、隠れていてください。私の方から探知で見つけますので、合流の心配は必要ないです。2人の冒険者証と他に必要なものがあれば回収をお願いします。血にひかれて獣が近づいてくる可能性が高いので、早めにここから離れてください」

「分かった」


イアが回収を終えたのを見届けた後に、私はその場を立ち去った。

去り際に、後ろからイアが2人に語りかけているのが聞こえた。


「私は行くよ。さよなら。そしてありがとう」



グレッグベアの居場所を確認して、追跡する。

飛行して高速で移動し、数分でその姿を空から確認することができた。


体長5メートルほどの茶色の熊。

とてもとても大きい。

それが悠然と歩いていた。


さて、問題はあれをどうやって倒すか。

周辺探索をしたところ、あと30分ほどで別の冒険者と遭遇する。

早くなんとかしないと、被害が拡大する。

どこかの村や街にたどり着いたら、それこそ最悪。


「試してみるか」


そう呟くと、熊の前に降り立つ。


突然現れた私に熊は警戒して足を止める。


相手が止まったことを確認したのち、手を上に掲げ、精霊に願う。


願うは、何ものも貫く氷の槍。

空中に一本の氷の槍が現れる。

私は上に掲げた手を振り下ろす。


すると、氷の槍が目にも止まらぬ速さで熊に到達する。


熊が反応する前に槍は熊の頭に当たり、その頭に突き立…たなかった。

槍は熊の頭に当たったが、皮に傷ひとつつけることはできずに、砕け散ってしまう。


「まずい」


熊は一瞬怯んだが、その顔は怒りに満ちたようで、私に襲いかかってくる。

数メートルはあった間を一瞬で詰め、鋭い爪を私対して横薙ぎにしてくる。


爪は私の周りにある不可視の壁に当たったため、直撃することは免れたが、私の身体は吹き飛ばされ、私の体躯は宙を舞った。吹き飛ばされた先に木があり、直撃しそうになるが、不可視の壁によって遮られる。だが、衝撃は私に伝わってくる。


「うっ…」


背中に強い衝撃を感じ、意識が一瞬飛び、口から吐血する。

朦朧としながらも、精霊に願い、空に退避する。


少し離れたところに降り、自分自身に対して精霊の力を借り、治癒を施す。


「死ぬかと思った…」


自分を治癒しながら考えを巡らす。

私を守った不可視の壁。

あれは、私の願いとは関係なく、私に危機が訪れた時に精霊たちが私を守るために張ってくれるシールドのようなもの。あれがなければ死んでた。


グレッグベアの討伐推奨ランクがAランクである理由。

それは、巨大な体躯に見合わない素早い動きと、何ものも寄せ付けない強靭な皮にあった。


私がすぐに行使でき、最も強力なものが先ほどの氷の槍。

他の術は行使するまでに時間が必要となる。それに、相手が止まっている必要がある。

足止めが必要。

草木や土を精霊の力で操り、熊の足に絡ませて拘束したとしても、おそらくすぐに逃げられてしまう。


「なら、あれかな」


熊の進路を精霊を通じて確認したうえで、少し離れた進路上に飛行で移動して降り立つ。

森の中で少し開けた場所であった。


両手を地面にあて、精霊に願う。


すると私の周り半径5メートルほどが徐々に陥没していく。

周りの土が蠢き、地形が変化していく。

さながら、生き物のように。


10分ほどで深さ10メートル、直径10メートルほどの大穴が出来上がる。

私は今穴の中にいる。

空の淵が丸く切り取られたように見える。


この落とし穴にうまく熊を誘導できればおそらくなんとかなる。

そう思いながら、熊のもとに飛行で向かう。


熊を見つけるとその鼻先を飛行する。

今度は着地せずに飛んだまま。


熊はすぐに気付き、襲ってくる。

私はそれをひらりと躱し、精霊の力で氷の槍を熊に当てる。

攻撃ではなく、挑発のために。


私の攻撃で熊は怒ったようで、私の姿を追ってくる。

私は熊に追いつかれないような距離をとりながら、適度に氷の槍を当てながら逃げる。

そして、穴のところまで誘導する。


穴の近くまで来たところで私は飛行の速度を上げる。

それを追って熊も速度を上げる。


木々が切れたところで後ろを振り返る。

すると、突進してきていた熊の攻撃は宙を切り、その身は穴の底に落下した。


おそらくグレッグベアは放っておくと、穴からよじ登ってくる。

早くしなければ。


私は大穴の縁に降り立ち、精霊に願う。


強き力。

貫く力。

稲妻の力よ。

かのものを打ち倒したまえ。


空の雲が黒くなっていき、辺りが暴風が襲い、打ち付けるような強い雨が降ってくる。

吹き飛ばされそうになりながらも、願い、願い、願い、その力を高めていく。

そして、私は眼下にいる熊に向けて手をかざした。


すると、強い稲妻が空から熊に向けて直撃する。

雷鳴が轟き、あまりの轟音に耳が聞こえなくなり、強い光によって目の前が真っ白になり何も見えなくなる。


しばらくすると、目と耳が回復してくる。

まだ音があまり聞こえないけれど。


穴の下を確認すると、黒焦げになった熊があった。

動きは確認できない。


穴の底に飛行で移動し、熊の状態を確認する。

熊に手をあてて、精霊を通じて状態を確認すると、完全に死んでいるようであった。


「なんとか勝てた」


黒焦げになった熊の隣で座り込み、安堵する。

少し休憩したのち、討伐証明部位である舌と、魔獣のコアであり価値の高い魔核を回収する。


持ってきたナイフに風の精霊の力を纏わせることで強力な刃となったものを用いた。グレッグベアの皮は苦もなく切ることできた。命が絶たれたことで、防御の力が失われたのだろうか。


魔核は直径30cmほどの球体状の紫色のガラス製のようにみえるものであった。

舌は数十cmほどの長さがあった。


舌と魔核を背嚢に詰め込んで、それを背負った。

重い…。後ろに倒れそう。


本来は革や肉にも価値があるが、今回は稲妻で黒焦げになっておりほとんど価値がなくなっていた。そもそも、持っていく手段もない。


熊の亡骸は放置して、私はその場を飛び去った。

上空には先ほどまでと打って変わって、澄み切った青空が広がり、雨が止んでいた。


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