第4話 猛獣
翌朝、目を覚まして準備を整えてから、冒険者ギルドに向かう。
昨日と同じように準備作業を1時間ほどで終えた後に、暇になったので依頼書の貼られた地図を見ていた。そして、依頼の出ている箇所に危険がないかを精霊を通じて確認してみる。
目を瞑り10分ほど情報を整理した結果、何か異変があることに気づいた。
ロナの森の北西部において、精霊が異常があることを伝えて来ていた。
詳細な調査を依頼してから5分ほどで、調査結果が届けられる。
「あー、これまずいやつだ」
思わず声に出てしまう。
2階に上がり、ギリアスさんに報告する。
「グレッグボアか」
当時このモンスターを倒した冒険者の名前が由来とされるグレッグボア。
獰猛な性格で凶暴。
適正ランクはA。
ロナの森に生息。
それまでは問題ないのだが、
「それが森の奥から出てきたか」
問題は、最奥部である北西部から出てきてしまったこと。
ギリアスさんに聞かれる。
「原因は?」
「原因は不明です。他に同様の個体はいないため、はぐれでたまたま出てきただけではないかと」
「他にもいたらそれこそアウトだ」
少しの思考ののち、ギリアスさんは切り出す。
「グレッグベア討伐完了まで、ロナの森を全域封鎖だ。それとリリ、すまないが倒してきてくれないか」
面倒だけど、少なくとも私が昨日相手にしていたレベルの冒険者では最大でもBランク。確実に死人が出そうだ。Aランク冒険者は出払っていると記録上なっていた。
「それは構いませんけど、受付の交代要員が必要ですよ」
「それなら、ノイルに頼むか。リンディとイースは組ませたくない」
ギルマスの認識でも組ませたくないんだ。
「あの、ノイルさんとは」
「ああ、会ったことがなかったか。受付担当の一人だ。そのうち会う機会もあるだろう」
そんなやりとりの後、ギリアスさんと一階に向かった。
ギリアスさんは、暇そうにしていたリンディさんとカエンさんに話しかける。
「緊急事態だ。ロナの森北西部にグレッグベア出現。ロナの森全域封鎖。リリが討伐に向かう。討伐依頼書の作成および承認を頼む」
驚いた様子のリンディさんとカエンさん。
そして、カエンさんが反応する。
「ギリアス、リリを殺すつもり?」
カエンさんがギリアスさんに殺気の籠った目で睨みつけていた。
すると、ギリアスさんは飄々とした様子で答える。
「そんなわけないだろう。うちの職員だ。適正だと判断しない限り指示は出さない」
「それなら、私も適正だと判断しない限り承認しない。リリはAランク相当には見えない。ギルド登録上あるようにEランクが適当」
「確かにリリ本人はEランク相当だ。だが、リリが操れる力はSランク相当だと判断している」
「その言葉を信用できる根拠がない。私は承認しない」
そんなギリアスさんとカエンさんがバチバチやっているのを無視して、リンディさんは書類を作成していた。
そんなリンディさんにギリアスさんが声をかける。
「書類はできたか?」
「はい、できました。では、リリさん。ここにサインを」
リンディさんに示された依頼書を確認する。
依頼内容および書類に不備はない。
ただ、リンディさんの承認のためのサインの筆跡が少し震えているように見えた。
私は自分のサインを書き込んだ。
リンディさんは私から依頼書を受け取ると、ギリアスさんに渡した。
「はい、ギリアス。依頼書です。ランク適正外の依頼のため、ギルドマスターの承認が必要となります」
「ありがとう。では、ギリアスっと」
ギリアスさんは自分のサインを書き込んだ後、依頼書をリンディさんに手渡す。
リンディさんは私に話しかける。
「それではリリさん。グレッグベアの討伐依頼の受注が承認されました。こちらが控えです。それでは、お帰りをお待ちしています」
「わかりました」
カエンさんが叫ぶ。
「ギリアスもリンディもおかしい。リンディ、あなたはこれでいいの?」
冷静にリンディさんは答える。
「ギルドマスターの判断です。私はそれを信じます」
肩を震わせていたカエンさんだったが、何かを振り切ったような顔で私に向き合う。
「あなたとはまだ短い付き合いだけど、あなたを大切に思ってる。だから、絶対に生きて帰ってきて。無理だと思ったら逃げて」
「わかりました。生きて帰ります」
その答えを微笑んだような顔で受け止めたカエンさんは、ギリアスさんに振り向く。
「ノイル呼んできて。すぐに」
「ギルドマスターに対する扱いが雑。わかりました。呼んできますよ」
そんなやりとりを後にして、ギルドを出た。
防具や武器を買おうかとも思ったが、Aランク級モンスター対して私が帰るような防具なんて紙切れ同然だろうし、武器はそもそも使えないから買わないことにした。
雑貨屋で背嚢とナイフとゴーグルを買い、薬屋でポーションとマナポーションを買い、食料品店で干し肉とパンと水を調達。
初級冒険者としての最低限のアイテムを揃えた。
その足で、街の入口にやってきた。
我ながら大分無茶してると考えながら。
門で外に出るための審査を受ける。
入る時と違い、待ち時間はほとんどなかった。
担当は初日にあった、門番だった。
向こうも気付いたのか話しかけてきた。
「この前会った娘か。身分証はあるか?」
「はい。どうぞ」
ギルド証を渡す。
「リリ、冒険者、Eランク。冒険者になったのか。それじゃ依頼を受けて、これから仕事か?」
「はい。まあ、冒険者ギルドの受付で働いているので今日の依頼は例外ですね」
「ギルドで働いてるのか。あそこのギルマスは人を使うのが上手いからな。使い潰されるなよ」
「ギリアスさんと知り合いなんですか?」
「腐れ縁みたいなもんだな。俺はルシファだ。よろしくな」
「リリです。よろしくお願いします」
そんなやりとりをしていると伝令の兵が走ってきて、ルシファさんに何かを伝えている。
渋い顔をした後に、私に向き直る。
「ロナの森の封鎖命令だ。グレッグベアが出たらしい。ちなみに、お前さんはどこに行く予定だ?」
「ロナの森ですけど。依頼書ありますよ」
先ほどギルドで受け取った依頼書を渡す。
すると渋い顔がさらに渋い顔になった。
「この嬢ちゃんにグレッグベアの討伐だと。何考えてんだあいつ」
ですよね。
そういう反応になりますよね。
ルシファさんが私に向き直る。
「ギリアスとリンディさんのサインがあり、書類も正式なものである以上、俺はお前を通すしかない。ただ、一つ忠告させてくれ。無理だと思ったらすぐに引き返せ。何が起きてもお前に責任はない」
この人、口は悪い気もするけど、いい人だと思いながら答える。
「ありがとうございます。無理しないようにします」
「よし。それじゃ通っていいぞ」
門を抜けて、歩き出す。
しばらく歩き、周りに人がいなくなったことを確認する。
ゴーグルを身につけてから、意識を集中する。
風の精霊に意志を伝える。
その願いに答えるように、周りの風が強くなり、木々の葉を揺らす。
私の身体を巻き上げるように突風が吹き、身体が空に飛ばされる。
普段空を飛ぶことはしないのだけど、出現場所まで歩いたら1週間はかかりそうだし、私の体力が持たないから。
風を一身に受け、風と一体になったかのように飛んでいく。
グレッグベアの様子と森の様子を、飛んでいる最中に精霊を通じて確認する。
グレッグベアは依然として森の浅いエリアに向けて進行中。
進行先エリアに3名の冒険者のパーティを確認。
グレッグベアと冒険者の遭遇まであと30分ほどの模様。
私の到着予定はあと1時間ほど。
間に合わない。
自分の無力さを感じながらも、先を急いだ。




