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知恵の戦争  作者: カリナ
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シーズン1 第二幕ー荒野を照らせー

第二幕へ入り、三幕へと突入します。今回は、主人公とケイの間で交わされる駆け引きや、主人公の人物像が魅力になっております。二幕が短いのは、単に区切りが良いからです。特に文字数とか、伏線を気にして分けているわけではありません。

――二幕 荒野を照らせ――


 彼との交渉は短時間で終了した。交渉というのは上手い言い回しだと思った。僕を信用できない彼らは、仲間に引き入れるのではなく極力支配下に置いておきたいと考えているようだった。さらには、僕が提出する条件で、僕の目的を探ろうともしていた。結局僕が出した条件が、記憶を取り戻す手伝いをすることだったので、彼らは諦めて、そのことは打ち明けてくれた。外へ出ると既に辺りは暗くなっていた。室内にも一切の明かりが無かった為、目が慣れて、暗闇でも辺りの様子は見えていた。今朝とは異なり、ぼろぼろの布を身に付ける人々がちらほらと見えた。鼻を衝く臭いにも慣れてしまい、陰気臭さも町を歩く人々に紛れてか気にならなくなっていた。気温は低くないと思うが、妙な肌寒さを感じる。


「全員着替えたな」


 金髪の男の指示で、ここの住人に紛れるようにぼろ布を着せられた。解れた布があちこちに刺さって不快だった。やはりここは、身分の低いものが暮らす街のようで、住民は誰もが貧乏だそうだ。服装一つで身分が分かってしまうため予め着替えとバッグを準備していたと言う。丁度四人分だ。


「軍の奴らもここまでは追ってこないだろうが、王に銃を向けた人間を放っておくとは思えない。貧民街と中間街の境は見張られているだろうから注意しろ。女に勝手はさせないようにな」


 金髪の男がヴァンに向けて指示を出す。ヴァンは女と、僕はこの男とそれぞれ二手に分かれて行動するようだ。単語の意味一つ一つまでは解説してくれなかったが、話のついで程度に喋った自分たちの行動理由を聞いて、心底徹底されていると感心した。彼らは僕を攫った後、一味は何班かに分かれて各々のアジトへ向かったと言っていた。班によって定住するアジトは異なるらしく、万が一軍を振り切れなくとも、組織の一部が潰れるだけに留まるようになっていると教えてくれた。


「了解だ。一応、こっちまで捜索の手が及んでいないか観察しておく」


「そうだな。前代未聞の惨事だ。どう動くかわからない。時間の許す限り貧民街の最下層を回るようにするんだ」


「了解」


「よし。少年。女がいる前で詳しい作戦は話せない。いいかい。君の記憶を取り戻すことには協力するが、まずはこっちの問題を片付けてもらう。事が大きくなったのは君の責任でもあるからな」


「理解してるよ」


「行くぞ」


 ヴァンは太陽が沈んだ方角へと進み、僕たちは、先ほど僕が下山してきた方角へと向かう。人がいる場所では怪しまれないように背を曲げてゆったりと歩き、誰もいない所では全力で走るという精神の擦り減る方法で移動する。


「思ったより早い時間だ。ここらで休憩しよう」


 人気のない場所で地面に腰を下ろす。移動中は感じなかった疲労が一度に押し寄せる。気が付けば、息切れは酷く汗も相当なものだった。対して男の呼吸は安定しており、表情からも疲れているようには見えなかった。僕のために休憩していることは明白だった。


「すまない」


「いいさ。君は期待以上の人材だよ。ちゃんと付いて来れている」


 少しの事でも褒めてくれる性格も、あの親友に似ている。


「君はさ…」


 ケイは徐に僕を呼ぶと、再び懐かしむような顔をしながら一呼吸置いた。


「記憶が無いと言うより、何だか…どこか別の場所から来たみたいだ」


 ぎくりとして、まさかと呟いて首を振った。本気で言っているわけでは無さそうだった。だが、内心誰かにこのことを理解してほしいと思っていた。一々言い回しを考えなくても、知らないことは知らないとはっきりと言いたいし、未知の場所で、ガイドが欲しいと考えてしまう。


「本当にそうなら、あんたは信じるのか」


 いつかうっかりと本当のことを喋ってしまいそうだ。


「さあね」


「まあ何にせよ、君たちには教えてもらわないといけないことが山ほどある」


「答えられる限りは」


 案外協力的なのかもしれないと思った。ビジネスで言っているだけかもしれないが、この機に聞けることは聞いておきたい。あくまでも、探りを入れる程度にだが。


「方角を教えてくれ。逃げている最中に逸れて合流地点が分からなければ困る」


「じゃあまずは君の記憶を頼りに、今進行しているなと思っている方角を言ってごらん」


 含みのある言い方だった。知っている通りに答えても良いが、全問正解してしまえば記憶喪失が嘘みたいになってしまう。


「当てずっぽうに言って当たったとしても疑わないさ」


 サイキックかもしれないという疑念はさておき、はぐらかしても前進しないと悟り方角を言う。


「合ってるじゃないか」


「そうか」


 太陽の沈む方角は西で、上る方向は東という概念は、こちらの世界でも共通であるようだ。太陽があり、重力があり、風や土も存在する。方角は人間が考えたものだが、このような自然の摂理は元居た世界と変わりないのかもしれない。


「次の質問は」


 彼はバッグから煙草と思わしきものを取り出して火をつける。先端から火の粉が舞い、一拍おいて深呼吸する。煙草の吸い方そのものだった。


「その前に俺にも一本くれないか」


 彼は迷わずボックスごと放り投げた。受け取ってから気付いたが僕の体は十代前後だ。本当に吸うのか試されている気分だ。しかし、病院に入ってからは唯一の生きがいともいえるこいつを禁止されていたこともあり、吸いたいという欲求が高まる。肺に悪魔が入り込み、全てを吐き出すあの感覚を思い出しながら煙草を眺める。


「ああ。火を渡してなかったな」


 一本取りだそうとするところで手が止まる。煙の悪魔に身を委ねたいという本能が働く反面、僕の理性は頑なに悪魔を拒否する。昔の自分を思い出させ、虚しさに心が支配されていった。


「どうした。吸わないのか」


 婚約者との約束や自分の惨めさがフラッシュバックした。もう何十年も前の出来事がつい先ほどの事のように思い出される。


「いや。やめておく」


「あっそう」

 

 暗闇の中、辺りは静寂に包まれていた。煙草の音だけが聞こえる。同じような僕の人生を思い返すのが辛くなり、静けさを取り払うように質問の続きを始めることにした。


「それで、さっきは軍の女がいるから話せないと言っていたことを聞かせてもらおうか」


 吐き出した煙の跡を目で追いながら答える。


「そうだな。作戦に加わるわけだし簡単に説明しよう」


 彼らの目的は単純に金だった。最近青年を狙った麻薬の売人がおり、そいつから金を巻き上げようという目論見だ。そこで、丁度良い青年を攫う作戦を練り、目星をつけた青年がいたが急遽作戦変更して僕を連れ帰った。当初の予定では、それなりに賢くて家族を人質にとれそうな人間を使うはずだったが、不思議な少年に好奇心をくすぐられたようだ。


 僕を攫った経緯を話したと同時に煙草を吸い終える。売人の詳しい捉え方は移動中に聞かされることとなった。ストレスのかかる移動方法は相変わらずで、その上面倒な説明が加わったせいで、後半は明らかに速度が遅くなっていた。変化のない景色をかれこれ一時間近く見続け、そろそろ体力の限界を感じてきた。一向に前に進んでいないような感覚に僕らのエネルギーが削ぎ落されている。金髪の男も激しく息を切らしており、無限に言葉を発するのではないかと思われた口も酸素を取り込むのに必死なようだった。


「休憩しないか」


「もう見えている。あの看板」


 左斜め前方に看板と呼ぶには相応しくない、垂れ下がった木の板が見えた。石の出っ張りに無理矢理ぶら下げたようなそれには、ナイフとフォークがクロスした絵が描かれていた。


「表向きは食事処だ。貧民街で数少ない娯楽場所だ」


 もう走る必要はないとゆっくり速度を落とす。


「ライトをやるから周囲をよく見ろ」


「最初から渡してくれよ」


「貧民街に光なんて灯らない。不必要に振り回さず、人が通れそうな建物の隙間や曲がり角なんかを調べてくれ」


「歩行者がいたらどうする」


「迷わず捕まえろ。この通りは俺たちの仲間が毎晩張り付いている。仲間以外に夜は誰も通さない。

看板が見える位置から遠ざけるようにしている。どんな手を使ってもだ。意味は分かるな」


 すらすらと野蛮なことを言う。見て呉れは物騒な連中ではなかったが、想像以上に過激な人間と関りを持ってしまったと不安を感じた。


「俺はお前の死角を見ておく。ライトは敵からの的にもなることを覚えておくんだ」


 言われた通りに周囲を見渡す。僅かでも人が隠れられそうな場所を虱潰しにあたる。


「建物の上は見なくていい。ほとんどの家は窓なんてない。洗濯物を干すために壁をぶち破るやつもいるが、夜の間は木かなんかで塞いでいる。変に光を当てて興味をそそらせたくない」


 恐る恐る突き当りの曲がり角を、遠くから照らす。


「角まで行って見てこい」


 危険なことは全て僕任せかと文句を言いたくなるが、仮に敵がいたら隙を生み瞬く間に捉えられるだろう。パレード会場で自身が経験したから分かる。軍がどれほど理不尽か。


「後ろを警戒しておく。ライトを消して左の壁に背を付けろ。合図を出したら右を照らして、誰もいないと思ったらすぐに左を照らせ」


「二人でやったほうが確実じゃないのか」


「お前は発砲されても大丈夫だ。しかし俺は違う。俺が撃たれれば誰がこれから舵を握る。誰がお前の記憶を取り戻すことに協力する。それに最悪の場合、両方から敵が押し寄せ、二人ともお終い。向こうも馬鹿じゃないんだ。君の対策くらい考えているだろう」


 最もの意見だった。やはり慣れている人間に任せるのが得策だと気づく。改めて、自分は仲間ではなく交渉中の相手なのだと理解する。彼以外の人間ならば僕と交渉すらしなかっただろう。あの滅茶苦茶な自己紹介に付き合っていることが不思議なくらいだ。僕の拉致作戦では、彼の捨て身が肝だったはずだ。僕も相応の心構えでなくてはならない。


「よし。カバーを頼む」


 顔を見合わせ、覚悟を確認し合った直後、消灯して左の壁に背を付ける。彼は少し離れて、来た道を照らしながら警戒している。光を放した刹那、捕らえられ理不尽な拷問を受けるのではないかという恐怖が込み上げる。怯える心と決別すべく、大昔のことを思い出す。僕が人を嫌っていた頃、彼のこの言葉を思い返す度に勇気をもらっていた。暫く忘れていた。まだ幼い、金髪の少年が僕に告げた言葉が聞こえる。


————この地球の大半は人の足で踏まれてしまっているらしい。調べればそこがどんな場所なのか説明されている。でもたった一つだけ、身近な所に誰にも踏まれていない未開の地がある。それは親友であるお前も踏み込めない。自分の人生ってやつだ。俺はその荒野を探索する————


 一瞬だけ右側にライトを灯す。一秒も満たないうちに振り返り左側を照らす。


「誰もいない」


 安堵のため息を溢す。体中に冷汗が流れているのと心臓が爆音を鳴らしているのに気付く。自分の行動で己の命を危機にさらすことなど初めてだった。極度の緊張と激しい運動で疲労という疲労が蓄積していた。少しの気の緩みが僕の筋肉を麻痺させる。僕はその場に情けなく座り込み、震える体を丸め込んだ。


「よく頑張った。さあ。背を貸すから中に入ろう。合言葉は二番目の酒場だ」


 冷たい風が吹く夜に、人の温もりが感じられた。久しぶりに人の内側に触れたような気がした。看護師も医者も、義務だから応援をしていた。仕事だから介抱してくれていた。そこに人間味は感じられず、触り心地の悪いロボットと過ごしているような気分だった。彼は厄介の種である僕を支えてアジトへ連れている。立てと言われれば立っていたし、這い蹲ってでも進めと言われればそうしていた。それはきっと彼でも理解していただろう。年齢や仕草は異なれど、昔共に過ごした男にそっくりだった。誰よりも勇敢で優しかった僕の親友の背中を感じた。今僕を背に担ぐ彼を見て考える。中学生のあの夏に幕を閉じた彼の探索は今も尚この場所で続いているのだと。


閲覧ありがとうございました。三幕から、また場面が一気に転換し、キャラも増えていきます。自分的には、世界観説明や、登場キャラについては飽きないように構成しているつもりですが、実際投稿するとなると不安であります。

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